第29話 光

 


――公園での茜の姿が、目に焼き付いて離れない。



別にアイドルになりたいわけじゃない。なのになぜ......頭の中をあの光景ばかりが巡るんだ。


自然と探して見始めたダンスの基礎動画。

ベッドの中、スマホを眺め俺は呟く。


「なんで上手くできないんだろう」


ただ真似をするだけ。この動きをトレースして、この通りに動くだけなのに。

やってみるとどうにも上手くいかない。なぜだ......?

どうみても簡単そうで、すぐにできそうなのに。


ベッドから出て試しにステップを踏んでみる。が、あの体育館のときのようにぎこちない。


「......ダメだな」


ボフッとベッドに尻をつき項垂れた。


いや、別に......そうだよ。最悪、神力でなんとかすれば。


だって茜はおそらく自力でなんとかするだろうし。


根拠はないけど、多分。茜はなんとかできる気がする。


(.....いや、そもそも神力なんかつかったらあいつの望むものは手に入らないんだった)


しかしその時、ふと思った。


あの動き、マジでなんとかなるのか?公園で見た時は多少マシになっていたけど、人前で踊れるレベルでは無かった。


なのになんで俺はいま茜ならなんとかできると感じたんだ......?


――ギシッ


俺は再び立ち上がる。


自分でもよくわからないものに突き動かされ、またぎこちないステップを踏んだ。



◇◆◇◆



「おはよーございます」


「え......ああ、おはよぅ......って、うおおお!?」


朝、アッティの声がし、そちらに顔を向けると彼女の顔があった。


「ちょ!なんで俺の部屋に!?」


至近距離のアッティ。彼女はにやりと笑いこういった。


「お寝坊さんですね、響くん」


「え!?」


言われて時計を見る。そこで初めていつも起きている時間から一時間も経っていることに気づいた。


「やばい!!ち、遅刻」


「大丈夫ですよ、今日はお休みなので」


「え?」


「ほら、今日は祝日なのです」


「あ......そ、そっか」


よくよく思い出してみる。確かにそんな記憶がぼんやりとある。


「悪い、朝食.....今作るから」


「わーい!ありがとうございます!」


にこにこと笑いながらベッドを飛び降りる。それに続き俺も起き上がった。


「あれ......身体が痛え」


「ん?もしかして筋肉痛ですか」


「マジで?いくらケンカしても筋肉痛なんてなったこと無かったのに」


「それはそうでしょう。だって使ってる筋肉も違うでしょうし」


「......そうか」


「それに体だって男とは違うんです。感覚の違いもあるでしょうしね」


「感覚の違いか」


「ところで今日の朝はなんですか」


「ピザトースト」


「うっへい!やったぁ!サラミたくさん乗せてくださいねえ!!」


「あいあい。アッティ、まじでピザトースト好きだよな」


「好き!大好き!好きすぎて抱かれたいまであるッ!!」


「......何いってんだこいつ」


「こないだみた少女漫画の名台詞ですよ」


「嫌な名台詞だな」


女神がどんどん人間界に染まっていく。良くも悪くも。


そんなこんなで朝食を用意し、それを済ませる。メニューはサラダとコンポタとピザトースト。

あいも変わらず幸せそうに頬張るアッティ。その顔をみているとつくり手としても気分が良い。


(そういえばアッティ、嫌いな食べ物とかあるのか?)


ふと気になり俺はアッティに聞いた。


「アッティ、なんか苦手な食べ物あるの?」


「む?苦手な食べ物......」


アッティのほっぺについたピザソースを俺はティッシュで拭き取る。赤ちゃんかよ。


「うーん。ないですねえ......今のところ思い当たりません」


「そうか」


なんでも美味しく食べるはずだ。たまたま俺の作る料理に口に合わないものがなかっただけで、これから嫌いな食べ物は出てくるかもな。


「ですが好きな食べ物はありますよ!」


お、今聞こうと思ってた。ひょっとしてあれかな、こないだクラスの人と行っていたパフェとかか?家でも作れるかなぁ。後でYooTubeで調べてみよう。

そんな事を考えていると、アッティはこう答えた。


「好きな食べ物は、響くんの作ってくれたもの全部です!」


にんまりと幸せそうに笑う。頬についた赤いソース。


(......え?)


どストレートにぶつけられた言葉。


ひとつ遅れて、嬉しさと恥ずかしさがこみ上げてきた。


え、えーと......これは、なんて返すのが正解なんだ?わからん。


「.....あ、え。そっか......ありがとう」


自分の顔が急速に赤くなっていくのを感じる。い、いかん。


「あ、アッティ、またソースついてるぞ」


照れ隠しにまたソースを拭いてやる。面と向かってこういう事を言われるのは得意じゃない。


「あ、そーっすか」


「え、うざ」


「えへへへ」


いやなんで嬉しそうなん?


「ところで今日はどうするんだ」


「あ、私はちょっと出かける予定があって」


ああ、だから珍しく早起きだったのか。早くないけど。


「そっか、気をつけてな」


「あい!夜までにはもどりますので」


「うん。夕食は?」


「よろしくお願いします」


「あいよ。何かリクエストあるか?」


「カレーとか食べたいかもですね」


「カレーねえ。辛さは?」


「あーまーくーちぃー!!」


「わかった」


カレー粉はあるけど、じゃがいもと人参が無い。後で買ってこないとな。


「ごちそーさまでしたぁ!」


食べ終わった食器を流しへ持って行くアッティ。今ではこうして自主的に片付けてくれるようになったが、最初は放置して部屋戻ってゲームしてたからな。成長してくれて嬉しい。

思えばあれが初めての大喧嘩だったな。


「アッティ、洗い物は俺がやっとく。出かける準備でもしろよ」


「え、いいんですか?」


「いいよ。置いといて」


「ありがとうございます!」


食器を水に浸し、アッティは自室へと消えていく。


(さて、俺は今日は何をするかな)


窓から差す陽の光に目を細めながら、俺は珈琲を呷った。



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