第26話 完璧な存在


風呂上がり。リビングでゴーッとドライヤーをかけられる俺。まるで洗われたての犬のようにお座りさせられて、されるがまま髪を乾かされる。


暇なのでぼーっとついていたテレビを眺めていると、アイドルがライブをやっていた。


「あ、あれってこの間エオンにきていた人達ですよね」


「え、まじで?」


アッティに言われ、よくよく見てみるとホントにあの時のアイドルだった。


「あれ?」


画面の中で踊り歌う三人組の女性。なぜかあの時、エオンでみたライブよりも目を引く。


「どうしたんですか、響くん?あ、ドライヤー交代してください」


「あ、うん」


ドライヤーを手渡されアッティの濡れた髪に風をあてる。


「いや、この間エオンで見た時よりダンスにキレがあるなって」


「ほほう、キレですか」


僅かに小さな変化なのかもしれない。けれど注目してみれば以前とは違い、手の指先がしっかりと伸びていたり、勢いの殺し方が上手くなっているのか体のブレが少なかったり......ひとつひとつの動きが洗練されているように感じた。


「頑張ったんですかね」


「頑張った?」


「ほら、人間って頑張って練習すると上達するでしょう。努力したんじゃないですか」


努力......あの人達も、多くの時間を浪費して。もしかしたら無駄になるかもしれないそれに多くの時間を、どれだけかけたのだろう。


「すげえな」


「ですねえ。まあ、私には理解できませんが」


唐突にでたアッティの言葉。俺は既視感を覚え、彼女をみた。


「理解できない?」


「あ、気分を害してしまったのならすみません。別に変な意味で言ったわけでなく......ほら、私女神でしょう?女神というのは与えられる身体能力は最初から決められていて、それは努力ではどうにもならないんですよ」


「そうなのか」


「ですです。容姿はともかく、能力値に関しては完璧につくられていて、努力などでは基本変動しないのです。だから、ちょっと羨ましいなぁって」


俺は不思議に思った。完璧につくられた完全な存在。いまは神力が抜かれていて弱体化しているとはいえ、それでもおそらく基本的な身体能力は人よりも上だ。


そんな彼女が不完全な人間のどこに惹かれると言うんだ?


「なんで羨ましいの?最初から完璧ならそれがいいだろ。あのアイドル達も成功したから良いけど、努力してもあそこにたどり着けなかった可能性はふつーにあるだろ?そうなれば単純に時間の無駄だろ......人の命は時間制限がある。そんな博打を打つ人の気がしれないよ、俺は」


――いくら時間をかけ、努力してもたどり着けない事はある。


「まあ、要するに。だから、完璧な存在である女神が羨むとこなんて一つもないって事だ」


「いえいえ、だからですよ」


「え?」


「だから人は本気になれるんです」


「......!」


「女神の私達とは違い、人間の命には限りがある。だからこそ人は本気で己のすべてを懸けてそこに辿り着こうと必死に努力する......だから、あの人達は己の限界をこえられる可能性があるんですよ」


限りがあるから......可能性がある。


「それにほら、人は夜空の星をみて美しいと想いを馳せるでしょう?私はそれと人の生き様は同じに見えます......努力している人間の輝きは美しく魅力を感じます」


(......!)


確かにそうかもしれない。このアイドル達が俺の目を引いたのは、ただ単にダンスの完成度が高かったからじゃない。ひたむきな努力の結果、それが現れた......努力の痕跡を垣間見たからなのかもしれない。


やっても無駄かもしれない、けれどどうしてもたどり着きたい場所。その夢を求め焦がれる想いが、暗い空の星のように人を輝かせる。


(......俺も、努力すれば......)



――もしかしたら......あんな風に輝けるのか?



「心配してるんですか?」


「え?」


「大丈夫。茜ちゃんは必ず立派なアイドルになれますよ。あの歌声は大きな武器にもなりますし、すごく努力してるんだなって感じるので.....今でもキラキラと輝いて見えますしね」


......茜は既に輝いている。


「......まあ、そうだな。あとは俺達がどれだけ協力できるか、脚を引っ張らないでやれるか、か」


「ちょっと響くん!私は脚なんて引っ張りませんよ。私は人を超える存在、女神様なんですよ?」


「ああ、そうか」


となるとあとは俺次第か。


「歌、ちゃんと神力でなんとかなるんだよな?」


乾かし終わった白髪を俺は撫でて整える。


「もちろんです!けど言った通り、神力は相応に消費されますので注意が必要ですが」


「わかってる。しかし、本番ぶっつけで使うの少し怖いな。一度どこかで試してみるか。今持ってる神力でたりるか?」


「今響くんの持っている神力Pは476900P......あと200000Pは必要ですね。つまり足りません!」


「てことは600000Pって事か。そんなに必要なのか、音感をつけるのに」


「ですねえ。ライブの時間まるまる神力強化するとなればこのくらいは必要かと」


かなりのコスパの悪さだな。けど、茜のライブを失敗させるわけにはいかない。これは必要なことなんだ。

その想いを後押しするようにアッティが言った。


「まあ、我々が地道に活動していけば数日後に試せるくらいには貯まるかと。信仰心は感謝や祈りなどの思いの強さで得られる量が決まる......茜ちゃんは響くんにとても感謝しているので、それくらいは貯まるかなって」


「そっか、なるほど」


感謝や祈り、か。今の話を聞いた限りだとコスパ最悪だなんてことはなさそうだ。


「だからそんなに不安にならないでください。響くん。せっかくやるんですから、響くんも楽しんでいきましょうよ!」


楽しむ......俺がアイドルを?難しい話だな。あくまで俺にとってのアイドルは茜の夢、俺が男に戻るための手段でしかない。


(......だが、それをわざわざここで口にしてモチベをさげなくても良いよな)


アッティの嬉しそうな顔。テレビのアイドルライブを眺めている。天界ではこうして誰かと共になにかをするなんて事、中々無いのかもしれない。

女神は完璧で完全な存在だと言ってたしな。だいたいの事は一人で全て済ませるのだろう。


だからこそ、アッティもこのスクールアイドルという活動が楽しくて仕方ないんだろうな。


それはそうと。さっきから妙なひっかかりを覚える。これはいったい......はっ!




このポンコツ女神、これだけドジなのに完璧で完全な存在なの!?



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