第18話 喧嘩


「お前......」


驚いた表情の雅紀。俺の顔をじっと見つめ、奴は何かを考えていた。俺は開放された茜をみてホッとする。


「......佐藤響......俺は、忠告はしたからな?」


「!」


雅紀は俺の掴む手を振り解く。そして素早く俺に掴みかかろうと手を伸ばしてきた。

しかし俺は紙一重で躱し、距離をとる。


すると雅紀は「くくく」と笑いながら、ゆっくりと距離を詰めてくる。


(これで茜から完全に離した......でもこの女の体で雅紀にどうやって勝つ?)


筋力も体重も俺より遥かにある。反射神経は前の俺と変わりないように感じるけど、殴ってもダメージは無いだろうな。

関節キメるのだってミスれば一瞬でマウントとられるだろーし。


「!!」


――ビュ、と再び掴みかかろうと手を伸ばす雅紀。狙いは手首。さっきから何度も狙ってきてるから比較的容易に対処できる。連続でくる雅紀の手を何度も払い除け身を躱す。


(この力強さ、やっぱり掴まれたらそれで勝負が決まる.....!)


ケンカに置いて、男と女じゃ根本的に肉体のスペックが違いすぎる。


(掴まれればアウト、掴まれればアウト......)


雅紀の攻撃スピードが段々と増していく。


「佐藤くん!!」


茜の声が耳に届いた。それが何を意味するのか、いままでの攻撃速度よりも遥かに速い掴みかかりだった。いつのまにか掴まれたブラウスの襟、押し倒そうと体重をかけようと全身してくる奴の雅紀の姿で理解する。


(やば)


更にその瞬間、片足を払われ俺は体勢を崩す。


いや、崩された.....そう思った。


「――なっ、耐えただと!?」


残る片足を軸に、雅紀の腕を抱き込むように回転。奴の突進の勢いを利用。雅紀の大きな身体は宙を舞った。


「ぐはっ!!!」


ドォーンと廊下の床に背中から叩きつけられた雅紀。一本背負が決まり、仰向けで転がっていた。その表情は何が起きたのか理解できなかったのかただただ呆気に取られ、俺の顔を見上げていた。


「......ま、マジか、あの状態で......強え......!!」


いつもならあそこまで体勢を崩されたら、あとは倒れ込むしかなく寝技で戦う流れだった。けれど、おそらくこの身体はバランス感覚が高いのだろう、あの状態からでも投技に持ち込めた。


(この体でも戦い方次第では勝てるのか......)


倒されていた雅紀が起き上がり俺に聞いた。


「......お前、なんでそこまでして大宮茜を庇うんだ」


雅紀の顔からさっきまでの好戦的な笑みが消えている事に気がつく。俺は答えた。


「茜には夢がある。お前に構ってる暇はねえ」


あの日、聞いた茜の夢。それを叶えるために、余計な事に関わっている時間は彼女には無い。


「夢、か......」


茜の方へ顔を向けた雅紀。何かを思案しているようで、視線を俺へと戻した。


「なるほど。......一つだけ聞かせろ。さっきお前は茜は俺のだって言ってたよな?」


(......あ、うぅむ)


勢いで口走った一言。やっぱりそれ言及されるよな。でもその意図はここまでの流れで茜に伝わっているだろう。


この体でどこまでやれるかはわからねえけど、でも元の体に戻るまで俺が茜を守る。


「ああ、茜は俺のだ。だから、もう近づくな」


雅紀はひとつ頷く。


「そうか。今度からはお前が......なら問題はねえ」


雅紀は俺の横を通り過ぎ、茜の元へ。


「無理矢理ひっぱったりして悪かった」


頭を下げ、そのまま廊下の向こうへと雅紀は消えていった。


(......なんとかなったか)


ふう、と俺は息を吐いた。


しかし、不思議だった。雅紀はチャラそうにみえて割と硬派な男だ。普段、今回みたいに女子を無理矢理つれだすなんてするような奴じゃないイメージだったんだが。

もしかして本気で茜の事が好きだったのか?それとも......いなくなった俺のかわりに茜を守ろうとした?


不良はイメージが大事だからな。強引に茜を連れ出すしかなかったのかもしれない。


(......今度あいつに会ったら聞いてみるか)


「す、すごい」


「え?」


波のようにお仕掛けてくるクラスメイト。隣の教室から観ていた連中もいるのか、人だかりができていた。


「あの鳳翔院先輩をぶん投げた!!」


「すげええ!!」


「佐藤さん何者なの!?」


「休学してる佐藤くんと同じ名前だからってケンカも同じく強いのかよ!?」


「カッコいいー!!」


「うわぁ、惚れたわ」


「ば、化物や......」


「あの人ケンカが強い事で有名なのに!!」


「佐藤さんヤバ」


「身のこなしが達人じゃん!!」


「アクション映画観てるみたいだったわ」


なれない称賛の声や奇異の目で戸惑う。


「あ、あはは......偶然、脚がひっかかって」


下手すぎる言い訳。人の群れの中にいるアッティが「ぷぷぷっ」と笑っている姿がみえた。いや、観てないで助けてほしかったんだがと思ったが今の彼女にはケンカを止めるような力は無い。

女神の力は天界での処罰でほとんど没収され、今は見た目通りの普通の少女でしかない。


そして流れるように授業、昼休み、午後からの授業が問題なく終わり放課後になった。

成り行きで仕方が無かったとはいえ、初日からケンカをしてしまったのが反省点だな。けど良くも悪くも誰も先生を呼びに行けなかったから、このケンカした事実は無かった事として転入初日を終えた。


「いやあ、やっぱり人間界は楽しいですね」


ご機嫌なアッティと共に廊下を歩く。ちやほやされてよほど嬉しかったのだろう。


「それは良かったな......あのさ、ところで聞きたいんだけど」


「ん?なんですか」


「午前中のケンカの件は......あれは、信仰心もしかしてマイナスされ」


にこりと笑うアッティ。


「勿論、マイナスですよ」


なんでそんないい笑顔で?


「けど、それは茜ちゃんを助けるためでしたからね。プラマイゼロくらいですね」


「あ、そう」


今日に至るまでアッティとは様々な事があった。その過程で俺が蓄えられた信仰心から生み出された神力は280000P。

俺が男へと戻るのに必要なのは863400000P。


やってみてわかった事なのだが、信仰心アップバフがかかっていてもこれを稼ぐのはかなり難しかった。

簡単に高ポイントを得られはするのだが、ちょっとした事で簡単に高ポイントを失ってしまう。


(マジでちゃんと男に戻れるんだろうか)


てか、やっぱり視線がすごいな。アッティと並んで歩いているから尚更なのだろう。

前によく姉貴が男からの視線がわかるって言ってたが、あれはマジだ。決して姉貴の自意識過剰な妄想では無かったのだと今ではわかる。


「あ、いた」


「!、佐藤さん」


探していた茜を玄関で見つけた。玄関の掃除当番だったらしく、一生懸命雑巾で下駄箱を拭いていた。



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