第17話 制止


――あろうことか、雅紀は頭突きを失敗したらしい。


口と口同士がぶつかる寸前に俺は手を滑り込ませ、雅紀の口をおさえていた。あぶねー、男同士のキスなんて誰がみてえんだよ......てか、珍しいな。雅紀が狙いをそらすなんて。


「――あぶねえな......!」


ぐい、と雅紀の口をおさえていた手を奴はよけた。


「お前、反射神経いいな?」


雅紀が少し驚いたようにニヤリと笑う。


「お前、なめてんのか」


そう返すと雅紀は目を丸くした。そこで気がつく。自分が今、男の姿じゃないということに。

つい前のノリで返しちまった......そりゃ驚くか。


「く、くくく......」


なんか笑ってんすけど。


「お前、面白いな」


「はぁ?」


「響のヤローに似てやがる。あ、男のな」


ドキリと心音が鳴る。もしかして、バレてる......?いや、んなわけねー。普通に考えて。


「ま、とりあえずこのへんにしといてやるよ。響」


「俺は響じゃねえ」


「?、お前響って名前じゃねえのか?」


「え.....あ、いや!響だった!」


くそ紛らわしいな!!ややこしい!!下手に別の名前をつけるよりボロがでないかと思って同姓同名にしたけど、なれるまでに時間かかるなこりゃ。......また雅紀が笑ってるし。


「ま、お前とは今度ゆっくりな」


え、嫌なんですけど。この体じゃ流石にお前に勝てないだろうし.......と、そんな事を考えていると雅紀が俺のクラスの扉を開いた。


(え?)


突然の先輩の来訪にどよめく。扉が開けっ放しだったため、廊下のこの位置からも教室内の様子がみえている。

雅紀ははっきりとした目的があったらしく、その歩みには迷いがない。やがて、ある生徒の元へたどり着く。


「よお、大宮茜。最近、響のヤロー来てねえんだって?」


ここから見ていてもわかる。雅紀に見下され、相対する茜の表情が青ざめている事に。茜は男が苦手だ。俺はそのことを雅紀に言って近づくなと何度も警告してきた。


(あいつ......!)


「......あ、あの」


怯えきっている茜。それをみて助けようと雅紀に声をかけるクラスメイト達だったが、睨みをきかされ口を閉じる。

だがそれは無理もない。相手は不良だ。下手に関わって機嫌を損ねれば面倒になりかねない。


俺は茜を助けるために教室へ入ろうとする。その時、俺に告白してきた男子生徒が「だ、だめだよ」と俺を止めた。


「佐藤さん、あの人のこと知らないの?」


影から告白を観ていた見守り隊の男子達も寄ってくる。


「あの人はね、超大金持ちあの鳳翔院グループの息子なんだよ......!」


「しかも、ケンカが鬼のように強くて、気に入らないやつを徹底的に叩きのめす事で有名!」


「三日前には近くの不良高校生を十人まとめてボッコボコにしたとかって噂もある!」


「あ、あまり関わるのはやめたほうがいいよ!君の事が大切だから言ってるんだ」


怯えきっているこいつらの表情からも見て取れる。この学校における雅紀の力の強大さが。

男の時は気にも留めてなかったが、あいつはただの不良いじょうに恐怖の対象として認識されているようだった。


「......い、いや、やめてください......!」


茜のか細い声が教室に響く。見れば彼女は手首を掴まれ、連れて行かれそうになっていた。


「ほ、鳳翔院さん、やめてください!」


「嫌がってるじゃないですか」


クラスメイト達も必死に抗議する。が、雅紀は意に介さない。


「こいよ」


手首を掴む雅紀。茜は引きずられるようにあっという間に廊下に連れ出された。


「雅紀」


「......あ?」


俺は雅紀の手首を掴み、立ち去ろうとする奴を止めた。


「嫌がってるだろ。手、はなせよ」


ギャラリーと化した周囲の生徒達がその光景に目を丸くした。今日転入してきた女子生徒が不良につっかかっている、その異様な光景に。

「殺されるぞあれ」「うわぁ」「佐藤さんがヤバい」「だ、誰か先生呼べよ」「鳳翔院さんに睨まれたくねえよ」

ひそひそと聞こえてくる声。


雅紀が「はあ」と溜め息をついて俺に向き直った。


「あのなぁ......だから、お前はまた今度だって言ってんだろーが。手、はなせ」


睨みつけてくる雅紀。後ろでガタガタと震えている男どもが、小さく震えた声で忠告してくる「や、やめたほうがいいよ」「先輩だし」「危ないよ」と。


雅紀が威圧するように言った。


「今なら許してやる。早くはなせ」


「は?......お前、なにさまだよ」


驚いたようにキョトンとする雅紀。


「ああ、そうか......そうだな、新参者のお前に一度だけ教えといてやる。俺は鳳翔院雅紀。この学校の絶対的存在だ。俺が黒と言えば白い物も黒になるのさ。つまり俺が決めたことは絶対なんだよ。そんで、大宮茜こいつは今日から俺の女になった」


雅紀が俺を睨みつけながら告げた。


「大宮茜は、俺のモノだ」


――ふと、茜と目があった。


泣きそうな顔で、首を横にふる彼女。


おそらく関わるな、って事なんだろう。怖くて仕方ないはずなのに俺の事を心配してくれている。


「......さ、佐藤さん......私は、大丈夫だから」


心配させまいと浮かべた笑みは引きつっている。


「大丈夫だとよ。ほら、いい加減はなせよ」


苛ついた口調で雅紀が言う。


だが俺ははなさない。


「!、......てめえ」


より強く雅紀の手首を握り、俺は睨みつけた。


「茜がお前のモノ?ちげえよ」


僅かに歪む雅紀の表情。


俺は奴へと告げる。



「茜は俺のだ......お前が手をはなせ」



雅紀の手の力が僅かに緩んだ。


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