第14話 変質者
「こ、ここです警備員さん!この個室に全裸の男が......!」
一瞬であった。掃除のおばさんが消えてから戻ってくるまで一分もかかっていなかったように思う。そこらへんに偶然警備員さんがいたのかもしれない。
コンコン、と鳴らされた扉。そして数秒の猶予もなく扉は開かれた。
そこには警備員のお兄さんと扉を開き固まる掃除のおばさんが――。
「あ、あれ?......さっきここに、全裸の男が」
そう、だがしかし、すでに俺の身体は女性へと戻っていた。
「えっと、すみません。あなたはずっとこちらの個室をお使いに?」
警備員さんが戸惑いながらも聞いてきた。
「あ、はい。いました」
「そ、そんなはず......私この目で見た、ここには確かに全裸の男が」
「しかし、この方がずっとここにいたと」
困惑する掃除のおばさん。よし、この場はなんとかおばさんの勘違いで乗り切れそうだな。俺は胸をなでおろす。
「そ、それじゃあ私はこれで」
「.....あ、は、はい。すみませんでした」
警備員さんがぺこりと頭を下げた。おばさんは「おかしいわね」と不思議そうな顔で俺が入っていた個室を覗いていた。
その隣の個室からアッティが出てきた。
二人でトイレの横、子供服売り場の前を歩く。
「いやぁ、危なかったですね!」
「マジで焦った......」
「あはは、そりゃ女子トイレで男が通話してたら警備員さん呼ばれますよね!」
呼ばれますよね!(^^)じゃねえよ。まあ、とはいえ他にいい場所も無かったしな。
「でも、ちゃんと茜と話せて良かったよ。ありがとう」
「いえいえ。まあ、私にお礼をいうのも違う気がしますが。これって響くんが稼いだ神力ですし」
「でも俺を元に戻せたのはアッティの力だろ」
「それは気にしなくていいです。そもそも響くんのサポートが私の仕事なので。これはお仕事。だから気にしなくて大丈夫ですよ」
いや、それでもだ。こんな事にならなかったら、俺はずっと茜のアイドルをやりたいという気持ちに気がつけなかった。
今日も仮にあのアイドルのライブに茜と二人で来ていたとしても、茜は言い出せなかっただろう。
それか、俺がまた話を逸らしてそれから目を背けようとしたか。
いずれにせよ、アッティがいなければこの結果にはならなかった気がする。
「ふふん、響くん」
「ん?」
「大判焼き、くれるんでしたよねぇ?」
にたりと笑うアッティ。
「ああ、もちろんだ」
俺とアッティは一階にある大判焼きの店へ向かって歩き出した。
「あ、ちなみにさっき女子トイレに侵入+清掃員の方に迷惑をかけたので信仰心がマイナスされました、ということだけ伝えときます」
「え!?」
「約30000Pマイナスです」
「......は?」
◇◆◇◆
私、大宮茜は公園の椅子で呆然としていた。
(あれって、エオンでかかってる放送だったよね)
幼馴染である佐藤響くん。今日は彼とエオンで行われるアイドルのイベントに来る予定だった。けれど、急用ができたらしく響くんは来なかった。
なのに、なんで......。
確かにさっき電話したときエオンの放送が聞こえた。響くんは今、エオンにいる?もしかして用事が済んだから来てくれたのかな。
でもさっきから響くんの電話にかけてるのに全然繋がらない。
なにか変な事に巻き込まれてる......?
(響くん、不良さんだからなぁ......大丈夫かな)
響くんは、いわゆる不良とよばれる人だ。でもそれには理由がある。
彼は正義感が強い。それ故に、例えばコンビニにたむろう不良さんと揉めたり、弱いものいじめをしている人をみかけたら積極的に止めにいく。
だからそれがケンカに発展し、不良のレッテルを貼られるようになった。
しかも響くんはケンカがかなり強い。どれくらい強いかというと、不良漫画の主人公なの?ってくらい強い。
だからわりと響くんは不良さんに狙われたりする。町外からも腕試しにくる不良さんもたまにいて、ケンカして仲良くなったりしている。
(友達いないっていうけど、仲良くなった不良さんは友達では......?と聞いたことがあるけど否定された)
と、まあそんな響くんだから、変な事件に巻き込まれがちなのだ。だから今回もなにかそういう事に巻き込まれたんじゃないかって......しかも、これまで私との約束は必ず守ってくれていたのに、今日は来なかった。それもありなおさら心配になっている。
(ただの、ふつうの急用ならいいんだけど......大丈夫かな)
と、その時。響くんからメッセージがきた。
『さっきは急に通話を切って悪い。アイドル活動、応援してるから』
よかった。無事みたい。不良さんに奇襲されたのかと思ったけど、大丈夫らしい。
『ありがとう。また後で通話できる?』
改めて話をしたい。
『悪い。ちょっと詳しくは言えないんだが、しばらく通話は出来ない。あと学校も休学するから会えなくなる』
.......え?
『海外にボランティアへ行くんだ。姉貴の友達がそういう事をしているみたいで、それについていく。だから通話も忙しくて出来なくなる』
『急すぎない?』
『悪い。でも一年くらいで帰って来るから』
一年も居ないの......?
『冗談?』
『いやガチで』
突然の事で私は焦る。今まで側にいてくれた人が急に居なくなる。不安と寂しさが溢れ出した。
『そんなの勝手だよ。なんで早く言ってくれなかったの』
『すまん』
八つ当たりだ。急にアイドルやりたいとか、勝手なのは私の方なのに。
『ホントに一年で戻って来るの?』
『ああ、約束する』
『わかった、行ってらっしゃい。気をつけてね』
『うん。茜』
『なに?』
『アイドル頑張れよ』
『ありがとう』
昔から、ずっと側に居た。だからわかる。これは、響くんの本心だ。
でも、ボランティアの話は多分......嘘だ。
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