第12話 変化



茜の夢は「アイドル」だった。


小さな頃から動画でネットアイドルを観ていた彼女。可愛い衣装、迫力のあるダンス、響き渡る歌声。

その全てに魅了され、小学校ではアイドルヲタクとなる。そしてやがては自身もそうなりたいと憧れ、可愛い服を身に纏い歌を歌いダンスを踊った。

茜は運動音痴だったが、それもまた愛着のわくひとつの要因として機能する。愛嬌、容姿、性格。


天真爛漫、純真無垢で美少女。クラスの男子がそんな茜を好きになるのは必然だった。


そう、必然......それにより茜が男が苦手になってしまったあの事件もまた、必然だった。


だから、茜には俺が必然なんだ。



「うはー!すごいですね!!生で見るアイドルのライブってこんなに迫力があるものなんですね!!歌もお上手でしたし!!」


興奮気味のアッティが茜に話しかける。すると茜はそれが嬉しかったのか笑顔で「でしょでしょ!!」とテンション高めに返す。


「アイドルってすごいんですよ!」


中学、高校と茜の性格は暗くなった。というより、必要以上に目立つことに危機感を抱いた彼女がそういう風に周囲へ印象付け始めた感じだ。


だが、生来の顔の良さと地毛である明るい髪色。その魅力によって、いくら大人しくしようも周囲の男連中を引き寄せてしまう。......そう、俺は茜にとっての防波堤だ。茜が普通に暮らしていくための。



「ところで、茜さんてすっごくお綺麗ですね?」


「へっ!?」


眠たそうなジト目がギョッと開き、茜の体が仰け反る。


「茜さんはアイドルにご興味はないんですか?あ、見る方ではなく、やる方ですよ」


「アイドル......」


暗くなる茜の表情。一気に熱を失うように先程までの明るい表情が消えていく。


「アッティ!」


「うおお、びっくりした......なんですか急に!」


「なんですかじゃねーよ!お前こそ急に何を言ってるんだ」


「え、だって茜ちゃん可愛いし」


いや、それはそーだけどそーじゃなくてだね。ある種トラウマなんだよ、それは。

くそ、茜の前でどうこいつに説明したものか......そう頭を悩ませていると茜が口を開いた。


「私、アイドルやってみたいですよ」


「おお!」「え.....?」


アイドルをやってみたいって、言ったのか?今。


「じゃあやりましょう!そのルックスであればすぐに人気がでますよ!」


ノリノリのアッティが絶妙にうっとおしく感じる。なにも知らないクセに軽々しくと......けど、どうしてだ。アイドルなんて目立つことをすればまた、怖い思いをすることになるんだぞ。


「アイドルはやりたい。でも......私、問題があって」


「問題、ですか?」


「私、ちょっとした男性恐怖症なんです」


茜が言う。するとさすがのアッティも口を閉じ彼女の言葉に耳を傾けた。


「さっき、佐藤さんと同じ名前の知り合いがいるといったじゃないですか......私はずっとその人に守られてきたんです。なのに、夢とはいえ、アイドルなんてより男性の目を引くことをするなんて、呆れられちゃうかなって......ずっと思っていて」


(......始めて、はっきりと聞いた)


ずっと、俺に気を遣っていたってことなのか。


俺は、そんなことで呆れなんかしやしない。いや、むしろ......。


そうか、ずっとアイドルやりたかったんだ。俺はそれに気づけなかった。それどころか、彼女の身の安全ばかりを考えていて、本人の気持ちを考えずに酷いことを言い続けてしまっていた。


『アイドルはやっぱり推すもんだよな』『遠くから観ているのが一番』


そうやって夢から遠ざけて、無意識に茜の本当の気持ちから目を逸らすように。


でも、違ったんだ。


「ホントはね、今日はその知り合いとこのライブを観にくる予定だったんだ。それで......言うつもりだったの。私はやっぱりアイドルしたいって......諦められないって」


茜はこちらをみた。潤んだ瞳が俺を映す。


「でも、来られなかった.......今までずっと一緒に来てくれていたのに、今日は。勿論、偶然かもしれないけど......でも、もしかしたら響くんは察していたのかも。私がアイドルを諦められないってこと......だから」


「そんな事はない」


そう口をついてでた俺の言葉に自分で驚く。


「......佐藤さん?」


けど、今の俺がどういったところで彼女を勇気づけられる事はできない。どうすれば、いい?

後に続く言葉を何も思いつかないまま、俺は俯く。しかし、その時アッティが口を開いた。


「茜ちゃん、この後その佐藤響くんに電話すればいいんじゃないですか?」


「え?」


「鉄は熱いうちに叩けってね。知ってます?」


「ま、まあ」


「いま、あなたの心は熱されています。あのアイドルのライブを観て、心に灯った火により熱い熱い熱が。ならば今がその時です。その心のままに佐藤響くんに、その熱意を以て伝えてみましょうよ......大切なんでしょう?アイドルも佐藤響くんも。その熱があれば、きっと想いは伝わりますよ」


アッティのその言葉に茜は頷く。


「行きましょう、響くん」


「え、ああ......」


アッティが微笑み俺の手を取る。


「あ、あの!」


茜が立ち去ろうとする俺とアッティを呼び止めた。


「ありがとう、佐藤さんアッティさん!私、お二人からも、勇気を貰いました。なんだか......まるで、神様が背中を押してくれてるみたい」


アッティは微笑みこう返した。


「せやで」



◇◆◇◆



場所を移動し、依然俺の手を引いて歩くアッティ。


「お、おい、まてまて......茜をあそこにおいとくわけには」


「なぜですか?」


「いやあいつは男が苦手で」


「ですがあの子は一人で来たんです。一人でも帰れるでしょう」


「いや、そういう問題じゃ」


「あーっ、もう!ほんとに過保護ですね、響くんは!!」


ぐっ、と言葉が詰まる感触。それを感じていなかったわけじゃない......でも、認めたくなかった。だって、あいつにとっての俺の意味が消えてしまうと怖かったから。


アッティはやれやれと言った感じでこちらをみて微笑んだ。


「響くんにはそんなことよりやるべきことがあるでしょう」


「やるべきこと......?」


「これから電話かかってきますよ。茜ちゃんから」


「あ」


そうだ......って、いやマズいぞ。俺は今女で声が全く違う!


「しかし、今の響くんは女性です。声色は天界と地獄ほど違いますよね」


「そうだよ、どうすれば......」


「そういえば、響くんさっき迷子の男の子を助けていませんでしたか?」


「え、見てたのか」


「はい!響くんがエオンに来てからずっと見てましたからね」


「ドヤってんじゃねえ」


ふんす!と腰に手を当て鼻息を荒げる。


「それがどうしたんだよ」


その時、俺のスマホが震えた。着信。相手は勿論、茜である。


「......ヤバい」


「男の子を助けたとき、あなたは信仰心を得ている。それはもうすでに私が神力として変換してあります」


「いや、それがどうしたんだよ!」


焦る俺。アッティは極めて冷静に告げた。



「その神力を使い一時的に響くんの姿を戻しましょう」




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