第11話 ライブ


一階広場、ステージからかなり後方の自販機側。上からみた場所から動いてなくてすぐに茜を見つけることができた。


「茜!」


俺がそう呼びかけると彼女はビクリと体を震わせこちらに顔を向けた。


ふんわりとしたボブカット。光に照らされ亜麻色の髪が輝く。黒縁の眼鏡、トロンとしたジト目、今の俺と同じくらいの身長だが程よく肉付きがいい太ももと胸......そして、厚くぷっくりとした唇と左下のホクロの色気が凄まじい。本当に高校生かよって感じだ。こんなこと本人には言えないが。


カーキカラーのシャツと背中に小さい茶色のリュック、黒色のスカート、ベージュの可愛らしいブーツ。


ああ、やっぱり今日もめちゃくちゃ可愛い.......。


俺は首を振る。


(まてまてまて!違うだろ、今はんなこと考えてる場合じゃない!!)


その時、茜が口を開いた。


「あ、あの......どうかされたんですか?どうして私の名前が」


「あ」


ハッとする俺。そうだ、俺は今男じゃない。別人の女になっているんだ。茜からしたら知らない奴に何故か名前を知られていて、そんな不審者から急に声をかけられたっていうかなり怖い状況なのでは......!?


「え、えっと......、金ねえなぁ?確かここらへんで落としたような......き、きのせいかなぁ」


あ、無理やり誤魔化そうとしてどんどんやべえ方向に。なんという多重事故。


キョロキョロと辺りを見回しと惚ける俺。これは通報してもいいレベルの不審者だろ。やっちまった......くそ。


隣にいるアッティはニヤニヤとした顔で明らかに面白がっている。女神というより性悪な魔王って顔してる。


そんな慌てる俺の心を知ってか知らずか、茜はじーっとこちらを見ていた。しかし、妙なことにそれまでこ怯えていた表情が和らぎ、不思議そうな顔でこちらの様子を伺っていた。


「えっと、お金落としたの気の所為でした。ごめんなさい、びっくりさせちゃって」


「あ、いえ。それなら良かったです。......あの」


戸惑った表情の茜。少し顔が赤く、落ち着きがない。どうした......この人混みで気分が悪くなったのか?いや、もしかして俺が不審で怖いだけ?


(......まあ、怪しい奴に見えるよなぁ)


やらかしたぁ、とヘコむ俺。しかし茜が俺にかけた言葉は意外なものだった。


「失礼ですが、あなたのお名前は?」


「え?」


......名前?


「お、俺の?」


「......俺?」


「あ、いや、私の?」


こくこくと頷く茜。名前......響って言ったらまずいよな。ん?いや別にまずくはないのか?同じ名前の人だっていくらでもいるし。(※テンパってて正常な判断ができていません)


「えっと、私は佐藤響って名前」


「え!?佐藤、響さん......」


心臓がバクバク言い始めた。茜の反応が今まで見たこともないようなオーバーリアクションだったからだ。


「すごい、すごいです!私の知り合いと同じ......同姓同名です!」


テンションがあがっているのか強張った表情が解け、笑みがこぼれる。知り合いという言葉にちょっとモヤッとしたが、俺はこれ幸いと会話を進めた。


「えっと、君の名前は?」


「あ、スミマセン、私は大宮おおみや あかねと言います。さっきあかねって言っていたから、てっきり私が呼ばれたのかと思って......勘違いして焦っちゃちゃいました、あはは」


俺が同性だからなのだろうか。これほどリラックスして話をする茜を俺は今まで見たことがなかった。


「そっか。今日はこのアイドルのイベントを観に?」


「ですです。私、アイドルが大好きで......」


そう言った彼女の表情に僅かな陰りが見えた。


「どうかした?」


「あ、いえ。今日は本当は私一人でくる予定ではなくて......さっき言った佐藤さんと同姓同名の知り合いとくる予定だったんです」


「そうなんだ」


「一緒に来たかったなぁって、ちょっと寂しくなっちゃいました、えへへ」


どんな表情でも絵になる。茜は、綺麗だ。そこのステージに立つアイドルよりも、誰よりも。けど、それでも......。


「ところで、茜ちゃん」


今まで大人しくしていたポンコツ女神アッティが沈黙を破る。俺は背筋に嫌な予感がした。


「あ、はい」


「あ、私はアッティと言うものなんですけど」


「アッティさん!なんでしょう」


「その同姓同名の人は男の子ですか?」


「あ、そうですよ。男の子」


「どんな男の子なんですか?」


「えっと、その人は私の幼馴染なんですよ」


「ほお、幼馴染!カッコいいですか?」


「え!?」


「単刀直入にお聞きしますが、好き?」


「「えええっ!!?」」


俺と茜の声が重なった。


な、なにをいってるんだこいつ......早く何とかしないと!マズい事になるぞ、主に俺の心が!!


茜は顔を更に赤らめ視線が泳ぐ。


「......それは、幼馴染で......小さな頃から仲も良かったし」


「そうですか、で?好きなんですか?あ、ちなみにこの好きって言うのは異性としてですよ」


「な、えっ、それは......えっと、なんていうか」


茜は多分、俺の事を異性としては見ていない。見ていたらきっと他の男に対する様に近づいてくる事もしないはずだ。多分、お兄ちゃんだとか、弟だとか、そういう兄妹に対する愛情的な意味合いの好き、なんだと思う。


「アッティ」


「む?」


「ほら、そろそろライブが始まるぞ」


俺はアッティの話題をそらす。


「おお!ホントだ!」


ステージ上にあった椅子が撤去され、広々としたそこには三人のアイドルが立っていた。

アッティは良くも悪くも好奇心旺盛だからな。こうして他にそらしてしまえば話題が断ち切れる......そしてすぐ忘れるだろ。ポンだし。


茜もステージへと注目し、やがて爆音で音楽が鳴りだした。エオン全体が揺れているかのようなビリビリとした音。よくよく見てみると少し奥の方でバンドが生演奏していた。


(すげー。録音ながしてるんじゃねえのか......迫力やべえ)


アイドル達が高らかに歌い出した。日々の練習で磨き上げたそのスキルを魅せつけるような情熱的なダンスと、魂を吐き出すような歌声。客の声援と交わりエオンの建物内に響き渡る。


ライブを眺める茜の瞳には、それがどう映っているのだろうか。


(......憧れか、諦めか)




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