第10話 茜
――カラーン、カラーン。鐘の音がエオン内に鳴り響く。
「!」「おお?」
これはエオンの一階広場にある時計と連動している鐘で、九時、十二時、十五時、十八時に鳴る。
もう十二時か......急がないと。
「じゃあ、後で連絡するから」
「え?」
「え?ってなんだよ」
「いや、だって私サポートで来てるんですけど」
「その話は後でって言ってるだろ。時間が無いんだよ」
「そうですか。ふむ......ちなみにこれからどちらへ?」
「服買いに行こうかと思ってるよ」
散髪はもう後回しだ。この窮屈な胸をどうにかしないと苦しくて仕方ねえからな。あとこのワンピースも目立ってるから何か地味めなのを買いたい。
「あの、それお一人で大丈夫ですか?」
「え?」
「いえ、響くん元が男の子なのでそういうお店心細いかなって。あと選び方とかもわかるのかなと......あ、でもでも、響くんも男の子ですもんね。女性の下着や服の事なんて研究済みで熟知しているから大丈夫って事ですか」
「いや勝手に俺を変態に位置づけるな」
「違うんですか?」
「違わい」
こいつ俺をなんだと思ってんだよ。まあ女神だから仕方ないのかもな。人の常識を知らないのだろう。
だが、これは好機。さっきサポートが云々と言っていたな?
「えっと、もしかしてあれか?服選び手伝ってくれるのか?」
「それは勿論お望みであれば!響くんを助けるために人間界に私は来たんですから!」
とーん、と無い胸を張り叩くアッティ。ううむ、正直これは嬉しいな。今ならアッティが神に見える。まあ神なんですがね。
しかしこれならスムーズに難易度の高い下着選びとかが済む。ありがたやありがたや。俺はアッティに対して手を合わせ拝んだ。
「おお、どーしたんですか。やっと私の有り難みに気がついたんです?」
「ああ、いやマジで助かるわ」
「ふふん、ならば一階にあった大判焼きのこしあんをこの偉大なる女神に一個捧げなさい」
「調子にのるな」
「む〜!」
口を尖らせるアッティ。冷静に考えたら俺が女性物の服買わされるのってこいつが元凶なんだが。なんで拝んでんだ俺は。
拾う神あれば捨てる神ありって言葉があるけど、拾うも捨てるもそもそもこいつが居なけりゃこんな目に俺はあって無いんだよなぁ。
「な、なんですか?」
「いや、なにも」
「なんで急にスン......としたんですか!?なんでそんな冷たい目をしてるんですか!?」
「服、買いに行くぞポンコッティ」
「はあ!?おまっ、ふざけ......」
「あ、悪い。行くぞポンコツ」
「一文字も名前の欠片がねえ!!」
「ツがあるじゃん」
「ああ、そっかアトゥリエーティだから......って、いやねーじゃねえかコラァ!!?」
やべえ面白い。この女神からかうの面白い。......じゃねえ!はやく服かわねーと!こいつと遊んでたら時間がいくらあっても足りないぞ!
「わかったすまんアッティ!大判焼き後で買ってやるから機嫌なおせ」
その言葉を聞いたアッティ。怒りの表情が吹き飛び満面の笑顔に変わった。
「わあー!!やったー!!」
ちょろすぎる!ちょろすぎて心配になってくるぞこれは!信じられるか?愛嬌のあるアホ面してるだろ......こいつ女神なんだぜ?
そんなご機嫌な女神様を引き連れ女性物の洋服コーナーへと歩き始める。
「ところで響くん」
「ん?おしっこか?」
「......はぁ?」
若干殺意のある眼差しに俺は焦る。顔が赤いし、流石にいまのはマズったか。いや、ホントにトイレかと思ったんだもん!
「わ、悪い......で、なに?」
「いえ、なんか一階が騒がしいなって思って」
「ああ、今日はアイドルがトークショーとミニラブを開催してるんだよ。ちょうど十二時から......ほら」
俺は一階の広場が見えるところに移動し指差す。
「おお、あれが......人がわらわらと虫けらのように。流石は地球の害虫」
......。え、なんかすげえ事いわなかった?この女神。
「女性のアイドルグループですか」
今日のイベントの為につくられた専用ステージ。その上ではアイドル三人が椅子に座って司会に進行され質問に答えている。
ステージの周囲には多くのファンが所狭しと集まり、アイドルの言葉に耳を傾けている。......まあ、本当はあの客席に俺も居るはずだったんだが。
「ふぅむ、確かに可愛らしいアイドルですね。けど、私や響くんの方が可愛くないですか」
「いやアイドルってのは可愛いってだけじゃつとまらない。人に愛される愛嬌、魅力的な歌声、惹きつけるダンス、笑顔を生むトーク力、様々な武器を駆使していかなければいかに可愛くてもすぐに淘汰されるんだ」
「あー、アイドルもたくさんいますしねえ。てか、詳しいですね?」
「......茜が言ってた」
「茜さん?って、ああ響くんの」
ホント茜には悪いことしたな。今日のこのイベント、すげー楽しみにしてたのに。
あいつも一人で来られれば良いんだが、それは無理だろうな。
なんせあいつは男嫌いだし人混みが苦手だから......こんな場所には。
(だから、はやく元の姿に戻らないと)
「あれ?あそこ......ねえ響くん、あそこに茜さんいません?」
「え?んなわけ」
アッティが指をさした先。ステージよりかなり後方の場所に見覚えのある姿があった。
(......え、嘘だろ)
そこには明らかに挙動不審で怯えるような一人の女性が。亜麻色のショートボブ、黒縁メガネ。
「あ、茜......!」
その瞬間、俺は一階へと走り出していた。
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