第9話 例え


「いやほら、響くんと私ビジュアルめちゃくちゃ良いじゃないですか!これ活かしてYootuberとかやれば秒でサクッと信仰心を稼げちゃうと思うんですよね!」


目をキラッキラさせながらアッティが言う。その姿は好奇心旺盛な少女そのもので、とても長い間存在している女神には見えない。生まれてどのくらい経つのかもしらんけど。


「いや、そんな甘くないだろ。ビジュアルって......ネットに顔晒すって割と危険だぞ」


「そうなんですか?」


「そうだよ。デジタルタトゥーになりかねないしな」


「デジタルタトゥー?ちょっとまってください」


キュっとお茶のペットに蓋をし、テーブルへ置いたアッティ。あいた両手を差し出すようにすると、ヴンという音と共に本が現れた。何も無い場所から突然、ハードカバーの白い小説が。


「......え?なにそれ」


俺は指をさし聞くと、アッティは本を開きながら答える。


「これは天界での私の端末です。人間界でいうところのパッドみたいなものですね......おっ、これこれぃ♪」


開いた本は確かにパッドと同じように、画面が現れていてアッティはページをめくるのではなくその画面を指で触れ操作していた。なるほど、単純に本の形をした端末なのか。


そして彼女が幾度かのページ捲りとタップを終えた先、開いていた場所は。


『巡る蜘蛛の巣と秘密の肉体〜逃さねえよ、お前の身体は僕だけのもの〜』


そうタイトルが書かれた漫画のようだった。表紙にはメガネをかけた暗そうな男の子と筋肉質な不良の男の子が絡み合うように描かれている。あれ?これ姉貴のベッド下にあったやつに似てる......。


「え?なにこれ」


「私の好きなBL本、つまりは参考書です」


「......え」


まって、なんで急にこんな公共の場でBL本読み出したの?捕まりたいの?そんな俺の心の声と戸惑いをよそにアッティはスイスイとページをさらに捲る。あと少しで過激なシーンへと突入する寸前、ぴたりとアッティの指が止まる。


「ここだ!」


彼女の指差したページには、不良に壁ドンされたメガネ男子のコマがあった。


『まさかお前がアイドルグループ、ナイトメアドリーマーズのメンバーだったとはな』


不良がそういうとメガネ男子は顔を逸らし、『なんのこと?』ととぼける。メガネはダウナーな雰囲気。しかし、不良男子は追撃する。スマホを操作し、動画サイトにあったナイトメアドリーマーズのダンスシーンを見せた。


『ほら、こいつ。こいつの首にある三つのホクロは......』


グイッと不良男子がメガネ男子の首元を開きあけた。するとそこには動画と全く同じ、三つのホクロだったのだ。


『偶然だ、離せ』


『強情だな......だが、お前はもう俺の巣の中だ。迷い込み白い糸に一度でも触れたら、逃げられない。知ってるだろ』


ここで過去に行われた◯◯◯シーンが脳裏に過るメガネ男子。ゴクリと喉が鳴る。


『来い。動画のコイツとお前が同じやつだとじっくり調べて証明してやる』


手首を掴まれひっぱられるメガネ男子。


「こういう事ですか?響くん」


「うーん、まあ概ねそんな感じ......てか、やめろやめろ、もうページ進めるのやめろ。あとわざわざ俺が見やすいように見開いてこっちに向けなくていい」


子供が見ちゃったらどうすんだよ!いや大人に見られてもヤバいわ!通報されたら公然猥褻罪で捕まりかねんぞ!こいつには人間界での常識を教え込まねばならんな......!


「ちなみにこのメガネくんと不良くんはですね、このあと◯◯◯するんですが、その行為を動画に撮っていて後に流出するんですよ。ちなみにこれ不良くんがメガネくんに食べられちゃうんですけどね。途中まで不良くんが攻めメガネくん受けの雰囲気から逆転していく流れが素晴らしいんです」


「いやそれだよそれ!!」


それこそがデジタルタトゥーのわかりやすい例だろ!


「あ、ですよね!やっぱり不良くん✕メガネくんが良いですよね!!いやあ、響くんとは気が合うなぁ〜!!嬉しい♡」


「ちげーよ!!そっちの話じゃねえよ!!」


「はえ?」


アホ面すら可愛いのが余計に腹立つなこいつ。


「つまりその話みたいに動画やらがネット上にあがっちまうともう消せなくなって人生終わるんだよ」


目を見開くアッティ。


「なっ」


「だから地道にやってくしか」


「いや終わってないですよ!!人生、終わってない!!!むしろこの二人は始まったんです!!これによりそれを目の当たりにした全ての人から認知され多くの人から祝福され二人は暗く深い捨てられた孤児同士だったという過去を乗り越え、互いを思う故にすれ違い傷つけあったその傷跡にすらも愛を感じるほどに深く深く、底なし沼のような愛へと潜り始めるんです......つまり、不良くんがメガネくんの三つのホクロをあの動画で発見できなければ二人は出会うことすらなく、あ、でもこれには諸説あってじつは不良くんはメガネくんをさがしているときに他にもそうじゃないかと勘付くシーンがあるのですが。えっとですね、例えばなんですが、駅前で偶然すれ違ったメガネくんの匂いに反応したり、歩き方の癖でメガネくんじゃないか?と幼い彼の姿が脳裏を過ったり、でもでも私的には動画流出が決め手だったと思うんですよね。というか、あれは読者を絶望に叩き落とし、すぐにそれが二人の愛情の深さを再確認させる重要な名シーンだったとわかったので二人が手を取り合い淡く白い雪の降る、恋人だらけの街の中、ライブ会場へと駆け出した一コマではもう涙が溢れて先が読めなくなったんですよね。あ、ちなみにその時にメガネくんが不良くんの首に巻いてあげた赤いマフラー!!あれは孤児院時代にメガネくんが忘れないでねって不良くんにプレゼントしてあげた物で、それがまたエモい!!ちなみにちなみに、そのマフラーのサイズが子供時代に渡したにもかかわらず大人サイズの物だったのですが、それは大きくなってもそのマフラーを使い続けて僕を忘れないでねっていうメガネくんからのメッセージだったんです!!どーっすか、このエモの無◯◯処!?びっくりでしょ!?だからもう感情の昂ぶりがおさまり次のページを捲るのに私三時間も書かっちゃって!ぷっ、三時間ですよ!?この私、あの高貴で偉大なる高位の女神であるアトゥリエーティともあろう者が!三時間も手が震えて感動のあまりページが捲れないとか!!......いえ、あれはもう感動という普遍的な表現ではおさまりきりませんね!ちなみにとあるヲタク仲間は次のページはおろか次のコマに進むのにすら三日かかったとか!わかります、ええ、わかりますとも!私も必死に抗わなければ三日間感涙を流し続け、部屋に引きこもったでしょう!けれど二人の未来が、見たかった!!幸福という光の中で舞い踊るあの二人がっ!!そして迎えた二人きりの世界では白く純白のベッドのシーツを体に羽織り巻いてまるでドレス姿のようなメガネくんに片膝ついて左手の薬指にキスし、舌を這わせていくあの超絶神的展開は脳裏に焼き付いて離れません!!いえ、離しませんよ、私は!!メガネくんのナイトとして生涯守り抜くと誓う不良くんの真剣な眼差し、そのシーンにおける気合の入った作画は全てのファンを魅了し、それと同時に「でもベッド上ではそのナイトはメガネくんに攻められて喜んじゃうんですよね、わかります」と察してしまうことで更に高まっちゃうんですよね!!でもでも、ここから更に展開が神がかってくるんですが、まさかのベッドの下で◯◯◯し始めるんですよ!!なんでそこ!?って戸惑うと思うんですが、けどファンなら皆気がつくんですよ!!それは一番最初の話、一巻の38P四コマ目のセリフ......「孤児院でよく二人で過ごしたね。暗いベッド下。そこで、二人はまるで暗闇の蜘蛛のように身を潜めた」そう!!二人にとっては大切な居場所なのです!!だからこそ、そこで行う◯◯◯は特別な◯◯◯であり、最高の盛り上がりと尊さを感じられる◯◯◯になったのです!!そして、更には――」


「まって!!ストップストップ!!わ、わかった落ち着け!!声でけえよ!!◯◯◯って連呼するな!!」


「ちなみにメガネくんと不良くんには名前はありません!」


「いや聞いてねえよ!!止まって!?」


「なんならオススメBLをご紹介しましょうか?」


「マジで止まって!!?」


な、なんだこの熱量......はやく話を戻さないと、時間が無限に持ってかれるぞこれ!アッティの目がヤバい!!

つーか、なんだかんだこっちの時間もヤバくないか?


「アッティ、すまん今日はちょっと時間が無い。この話は後日ゆっくり頼む」


「わかりました!!神作、厳選しておきますね!!」


「そっちじゃねえよ!!」


とりあえず連絡先交換した。


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