第7話 ズレ


「ようやく見つけました」


背後の白髪少女は一言、そういった。どことなく心底安堵したかのような声色。俺は振り返り彼女を見る。

白く長い髪。サファイアブルーの瞳は潤んでいて、キラキラと輝いている。本当に綺麗な子だな.....まるで天使のように愛らしく、女神のように美しい。


「えっと、見つけた?」


「ええ、ようやく......!」


「誰を?」


「いやあなたを!ここにはあなた以外いないじゃないですかっ」


「そりゃそうだけど、え?君、どっかで会った?」


「はぁ!?いやいや、とぼけないでくださいよ!せっかく助けようと思って遥々ここまで来たのに!!」


「ま、マジでなにを言ってるのかわかんねーんだが!?」


「はっ!!」


口に手を当て彼女はくりくりの碧い目を見開いた。


「ど、どうした」


「あ、いえ、失礼。そーかそーか、姿が違うから。人は魂を知覚することができないんでした」


「魂?さっきから何言って......」


彼女は俺の言葉を遮るかのように、背伸びをし耳元へ顔を寄せる。そして衝撃の言葉が放たれた。


「私は、女神アトゥリエーティです」


「は、アトゥリエーティ!?」


アトゥリエーティ!?あのポンコツ女神か!

いや、な、なんで......こんなとこに!?


「はい!そーです!この前にお会いした時より私の姿が幼くなってしまっているのは、あなたの件で罰を受け力を没収されたからなのです。どーですか?この姿の私も可愛らしくて良いでしょ?......いやぁ、あの時は、ひゃあっ!?」


俺は即座に彼女を抱きつき拘束した。

そうか、確かにどこかで聞いたような声色だと思った。


「ここで会ったが昨日ぶり!会いたかったぜえ!逃さねえぞ、てめえ......!!」


「まってまてまて、響くん!落ち着こう、一旦落ち着こうよ!てかお◯ぱいの圧力やば!?でかすぎんこれ!?」


「おめーがつけたモンだろーが!!」


「あわわ、そーでした!!キャラクリでどーせでけー乳が好きなんだろwって感じで膨らましたんだった!!」


「こいつ!マジでふざけやがっ――」


――ポーン、とエレベーターが停止する。


ウイーンと開く扉。


抱きしめ合う女が二人。


乗ろうとしていた一人のおじさん。


その場の全ての時間が止まった。


――ウイーン、ガコン。


閉まるエレベーターが再び上昇しだした。おじさんをあの階へ取り残したまま。


「ちょ、な、何してるんですか!おじさん乗れなかったじゃないですか!」


「く、悪いことしたな......いや!元はと言えばお前のせいだろーが!!さっさと体を戻しやがれ!!」


「だからぁ!助けにきたっつーとろーに!!いいから離せこの脳筋がぁー!!」


「逃げんなよ!?ぜったいに逃げんなよ!?」


「逃げねーよ!!うるせーな!!はよ離せや!!」


「んだてめえ!お前に前科があることを忘れてんじゃねえぞ!!」


「ぐぬう、それは.....それは、わかってますってばぁ」


よほど今の一言が効いたのか、急激に大人しくなったアトゥリエーティ。

俺は拘束を解き、ちょうどエレベーターの扉が開いたのでそこで降りるよう彼女に促した。


降りたところに一階のような休憩所があったので、そこで話をするとに。

しおらしくしているアトゥリエーティ。少女の姿だということもあり、激しく馬騰してしまった事に妙な罪悪感をおぼえる。中身が何百年生きた女神なのかは知らんが、やはり小さな子がしょんぼりしている姿というのは良心が痛む。


ま、飲み物でもおごってやるか。


「......飲み物、なにか飲むか?」


「あ、じゃあドクペと緑茶で」


「......」


......二本、だと?


さも当然かのように飲み物二本を要求してくる女神。もしも女神に二つ名というものがあるならば、こいつは間違いなく強欲の名を冠しているであろう。おそるべし、強欲の女神アトゥリエーティ。

しかし、聞いた手前断ることもできずに俺はドクペとお茶を自販機で購入。


「はい」


「わー!ありがとう!」


満面の笑みで二本受け取る強欲の女神。ドクペの栓をねじあけごくごくと飲み始めた。


「んぐんぐ、むぶっ!?」


ご満悦な表情で飲んでいた強欲。しかし突然目を見開いてもがき苦しみだした。


「ど、どうした!?」


「かっ、こほっ......しゅ、しゅわしゅわが、喉が、いてえ」


「お前、炭酸ダメだったのかよ」


「初めて、飲んだから......くはっ、うう。残り、飲んでえ」


殆ど減ってないドクペを受け取る。これ、飲んで良いのか?女神の口付きの飲み物とか飲んで大丈夫?捕まらない?見た目中学生なんだけど、ヤバない?


って、こんなポンコツ女神の飲みかけでドキドキするんじゃねえ俺の心臓ッ!


「つーか、なんでドクペ飲もうと思ったんだよ」


「え、だってほら、人間界のゲームでありますよね、白衣きた人がドクペ飲むの。あれってどんな味なのかなってずっと憧れていたんですよぅ」


「ああ、なるほど......」


そういやこいつ、初めてあったときからオタクっぽかったもんなぁ。ラノベとかなんとかの知識で俺をTSさせるくらいだし。って、そうだよ、そうそう。俺の体を戻させるんだった。


「でも、あれですね」


「ん?」


「炭酸は痛くてあれでしたが、味は良かったです!えへへー夢がひとつ叶っちゃいました!」


――まるで映画のワンシーンのような綺麗な笑顔。わずかに肩から流れ落ちた白髪の束も、ドクペで少し濡れた口元も女神であるからか、どこか神秘的でいて美しい。


......ああ、そうか。こいつ人間界に来たことがなかったのか。飲み物をドクペとお茶二本要求したのも、どっちも飲んでみたかっただけで。


ま、そんなの関係ないんですけどね。


「それはそうとして、はやく俺を男に戻せよ」


「この流れで!?」


目を丸くして芸人のようなリアクションをする女神。俺はポケットティッシュを手渡しながらジト目で睨む。


「そりゃそうだろ。明日から学校もあるし、このままこの姿じゃ家にだって居られなくなる。こっちは一刻を争う状況なんだよ」


「あ、はい。そうですよね。まあ、なので私が天界から降ろされたわけなんですよ。てか、いやぁマジで響くん胸でけえーな......それ固定資産税かかってます?」


「かかってねーよ!すぐ話を逸らすな!」


「ひいっ!怖いからその顔やめて!!可愛くなったとはいえ、睨まれると怖すぎますぅ!!目つき鋭すぎぃ!!」


「え、ああ、すまん......」


「えっとですね、響くんを男に戻すには転生に伴って加入したTSプランを解除せねばなりません」


「加入したじゃなくて、させられたな」


「うはーっ、こまけー......あ、まってごめんなさい。ひぃっ、その顔やめて!」


「それで?」


「は、はい、それでなんですが、そのプランを解除するには解除料が発生するんですね」


「え、金かかるのか!?」


「ですです。といっても天界での通貨のようなモノですが」


「天界での通貨のようなモノ?」


「はい!その名も神の力と書いて『神力』です!」


「ふぅん?」


「この神力を使ってあなたのTSプランを解除することになります。ただ一つ問題がありまして」


「問題?」


「肝心のこの神力を私は持ち合わせてないんですよね」


「は?じゃあどーするんだよ」


「そう、それで私が降りてきたわけなのです。神力というのは実は人間界で稼ぐ事ができるので、だから......」


「ふぅん。そっか、じゃあ頑張って」


「えええっ!!?」


「うおっ、びっくりした。急に大声あげんなよ」


「響くんも稼ぐんですよ!」


「は......?なんで俺が!?」


「だって、響くんが元に戻るための神力なんですよ?」


「あのなぁ、それはお前が勝手に俺をそのTSプランに加入させたからだろーが!完全に被害者なんだよこっちは!ならお前が稼ぐのが筋ってもんだろ」


「ちょっと!さっきからなんなんですか!お前お前ってお前呼ばわりしないでくださいよ!私にはアトゥリエーティって名前があるんです!ちゃんと名前で呼んで!!」


「あーそれは悪かった。でも、長えんだよ、お前の名前......」


「じゃあ可愛らしくアッティでも可です!ほら、呼んでみて」


輝く碧い瞳でこちらを見てくる。顔をずずいと近づけられ、思わず勢いを削がれた。


「......アッティ」


「えへへ、ありがとう」


にこっと満足気に微笑む。


(.....可愛い)


つーか、アッティはころころと話があちこちに行くな。幼い子供のように自分本意の会話になりがちで、ふとした事に興味が湧くとすぐにそちらへ意識が行ってしまう......もしかして女神だからか?


「でも、そう......そうですよね。わかりました」


「?、何が?」


「私がやらかしたことなんだもん。私が全て稼ぐべきですよね」


おお、ついにこの女神にもやらかしたことへの責任感が芽生えたのか?


「ちょーっと時間はかかるかもしれないけど、待っててくださいね」


「ああ、ありがとう」


「いいえ。では改めて.....響くん。私のミスで迷惑をおかけしてしまい......すみませんでした」


彼女は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げる。


「いや男に戻れるなら良いさ。......それで、どのくらで戻れそうだ?」


ちょーっとってどのくらいだろう。まあ、最悪一週間くらいなら姉貴の友達として家には居られるだろうけど。多分三日とかかな?


「えーと、早くて十八年くらいですかね......あ、嘘!頑張るから十二年!!」



んんんん、ん......ちょーっと?




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