第5話 子供


そんなこんなで選んでもらったワンピースを着て家を出てきた。下着はとりあえず姉貴のをつけてはいるがわりとキツい。あ、いや姉貴の下着だから精神的にキツいとかじゃなくて、物理的なやつね。これ新品だし。


『で、でけえ......ぱっと見私よりあるかもとは思ってたけど、あるなぁ〜こりゃ。ま、とりあえず下着は私のつけてきな。無いよりはマシっつーことで。あっはっは』と姉貴は笑っていたが俺は一ミリも笑えなかった。だって女物の下着なんて買える気しないし。


ちなみに姉貴曰く俺の胸の大きさはGくらいらしい。でけー。いや、胸が重たいなんて、姉貴が言ってるのを半信半疑で聞いた事があったけど......まさかこうして身を以て実感することになるとは。マジで重くてキツくて痛え。早く何とかしたい。


それにしても、歩くのがしんどいな。女体化して体力も無くなったように感じる。日光で温められたアスファルトからの熱気も相まって体力をぐんぐん削られていくし。


てか、このひらひらのワンピース。普通に恥ずかしくて仕方ねえんだが。スカートとか初めて履いたが、足元の無防備感がヤバいなこれ。簡単に捲れそうだし捲れたら終わるだろ......世の女性達はなぜこんな防御力の低いリスキーな洋服を着る事ができるんだよ。


確かに可愛いけどさぁ......。


(......またか)


前方から向かってくる二人組の若い男。すげー視線を感じる。横を通り過ぎる時もこちらを見ながらひそひそと何かを話していてちょっと気持ちが悪い。


(さっきからなんなんだ......もしかしてケンカ売られてる?でも不良には見えなかったし)


男女問わず、すれ違う人々がめっちゃガン飛ばしてくる。不良とかならわかるんだが、若い中学生の女の子やサラリーマンの男、真面目そうな学生さんまで誰も彼もが見てくるので不気味な怖さがある。


(......なんなんだ、くそ)


そうして茹だるような暑さの中、やっとたどり着いたエオン。自動ドアを越えると、灼熱の野外とは対照的にクーラーの効いた涼しい天国が存在した。


(なんという現代のオアシス。生き返る〜)


俺は道中謎の視線による恐怖体験がありながらも、無事に辿り着けた事にホッとする。スマホで時間を確認すると美容室の予約した時間までまだ三十分くらいあることに気がつく。

とりあえず喉が乾いた。飲み物でも飲まないと脱水症状で倒れかねんぞ、これは。


ふと顔を上げると前に居たおじさんと目があった。あわてたように視線を逸らし足早に立ち去るおじさん。


(いや、あのおじさんだけじゃねえ......)


人の多さで感じづらくなっただけで、色んな人がここまでの道中のように俺を見ている事に気がついた。


......あまり揉め事は起こしたくないからな。ここは耐えて、とにかく用事を終わらせる事に集中したほうが良い。


(とりあえず水分補給しないと)


気を取り直して自販機のある休憩所へと俺は向かう。そこはテーブルが六つとそれぞれに三つずつの椅子、それを囲うように二人用のベンチが四つが設置されていた。その背後には観葉植物があり、一つのエリアが形成されている。


(良かった人があまり居ない。ここで時間つぶしとくか)


自販機に金を入れ、ボタンを押す。取り出し口にガコンと落とされた緑茶。俺はそれを手に取りベンチへ座る。そして何気なしにスマホを取り出し起動する。

特になにをするわけでも無く、これは現代人によくある手癖のようなものだ。ちょっとした時間で無意味にスマホをいじってしまう。


(......ん?)


お茶を開けるためにスマホを太ももに乗せる。そして飲み口のキャップを開けようとしたとき、突然隣に誰かが座ってきた。


思わずびくりと体が跳ねる。その拍子にスマホを床に落としてしまったが、俺は隣に座ってきた謎の人物に釘付けだった。


その謎の人物は、にこにこと微笑む小さな男の子だった。見た感じ、おそらく小学校低学年くらいだろう。子供は別に嫌いでもないが、突然となりに座られると困惑してしまう。


しかも辺りを見る限り空いてる席ばかりで、特別ここに座る必要も無い。なのになぜここに座ったのか。


男の子はにこにこと可愛らしい笑みを浮かべなぜかご機嫌でこちらを見ている。


視線が交わるも一言も発さずに、俺の顔を見つめてくる男の子。なんなんだ、これは。


(.....スマホ拾わんと)


手を伸ばそうとする俺。すると男の子が椅子から飛び降り颯爽とスマホを広い差し出してきた。


「はい!」


にこにことしながら男の子はスマホを手渡してくれた。


「えっと、ありがとう」


「ううん、どういたしまして!」


満面の笑みでそういうと男の子は再び俺の隣に座り直す。え......マジでなんだろう?この子はいったいなにが目的なんだ?てか、この子のお母さんとか、お父さんは?もしかしてこの子迷子だったりする?


ふと気がつくと再びこちらへと、視線が送られている。じーっと。


(ぐっ、いったいこの眼差しは俺に何を期待して......)


その時、そうか!と気がついた。


おそらく、この子は喉が乾いている.....だからお茶を持っている俺の側を離れないってことか?


ここからは想像だが、迷子になって親を探している内に喉が乾いてしまった......そこにたまたまお茶を買っている俺を発見、らっきー!スマホも拾ってやった事だしそのお茶僕にちょーだい?ってことなのか?


「......お茶、飲む?」


俺はキャップを開けたお茶を差し出してみる。すると男の子はパアッと一際明るい笑みを浮かべ、首を振った。


「ううん、大丈夫!」


横に......横に振って、違う違うと否定された。いやお茶いらないのかよ!なら今のはどういう笑みだったんだよ!


くそ、飲み物ほしかったんじゃねーのか......じゃあなんなんだ?もしかして親を一緒に探してって事なのか?けど、そんな時間俺にはもうないぞ。ううむ、けど放置は絶対にできねえし。どーすっかなぁ。


「お姉さん!」


「お姉さん......?」


あ、ああ、俺の事か......!


男の子の一言により自分が今、女であることを思い出す。


「どうしたの?」


もしかしてやっぱり迷子か?一緒に親を探して欲しいって言われんのかな。


「お姉さんって、もしかしてアイドルなの?」


「......へ?」


俺の頭のブレーカーが落ち、思考が停止する。男の子の突然の発言に俺は困惑し、妙な声が出てしまった。俺は誤魔化すように、お茶を一口飲む。


(お茶うめー......ふう。さてと)


「今、あ、アイドルって言った......?」


一応聞き返してみた。聞き間違えって線もあるし。質問がよく分からなかったとは言え、スルーするのはよくない。わからなければ聞く、これ大事ね。


すると男の子が答えた。


「うん!お姉さんって、すっごく髪長いし、すっごくきれいだから、テレビから出てきたアイドルなのかなって思ったんだぁ!ちがう?」


なんか、妙に顔が熱い.....あれ、エオンのクーラー止まった?

なにこれ子供に辱められてるんだけど。こういう時ってどうすればいいの......ねえ、姉貴。子供の扱い方を教えてくれ。




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