第4話 覚悟
「......あ、あなた、それ響から聞いたの?」
姉貴が震える声で聞いてくる。ここまで来たら無理やりにでも俺が女になったという事実を理解し飲み込んでもらうしかない。何故なら、俺が響でないというならそれはもう俺は姉貴にとって不法侵入したただの犯罪者でしかないんだから。
だがしかし。きっかけは掴んだ......あとは手繰り寄せるまで。
「いや、違うんだ。冷静に聞いてくれ......信じられないかもしれないが、俺が響なんだ」
「あなたが響......私の記憶が正しければ響は弟であって妹ではなかったけれど」
「ああ、そう。元は男だった......でもなんか知らないけど起きたらこうなってたんだよ」
「あ、ありえねー......」
怪訝な表情で俺をじろじろとみてくる。くそ、怪しんでるな。けれど通報せずに対話を試みているのは、俺を響かもしれないという可能性を感じているから。つまり、さっきの神の一手が効いている......ならば、そこを詰めれば勝機が見えるのでは。
「でもさ、姉貴のあの日のおねしょは俺と姉貴しかしらないだろ」
「ちょ、や、やめてよ」
「『中1にもなっておねしょとか嫌あああーっ!?響ぃ!おねーちゃんどうしよう!?うわああん!!』って号泣してて、俺が『可哀想だから小学生の俺がおねしょしたことにしようか?』って持ちかけたんだよね。けどそんな善意で申し出た相手に、一応とか言って口外しないって誓約書を書くようお願いしてきたよな、姉貴」
「は、は、恥ずかしくて死ねる!!小学生に誓約書かかせるとかやばすぎる!!」
お前がやったんだろ。
「でもこれでわかってくれたよな?」
「えー......でも性別が変わるなんて、そう簡単に信じられないんだけど。それだったら、響がその秘密を友達にバラしててそれを聞いて知っているって方がまだ現実的なんだけど」
ごもっともだ。逆の立場でもそう思うよ。一夜にして姉貴が兄貴になっていたら俺だって疑う。どれだけ確かな証拠を突きつけられたとしても、そんな超常現象あるわけがないと困惑する。
しかしその時、ふと姉貴が顔を上げこう言った。
「ん?いやそれは現実的じゃないか。そもそも響に友達がいるのがあり得んかったわ......うわぁ、て事は、あなたホントに響なんだ!?」
暗雲が晴れたかのような姉貴の清々しい顔。どうやら俺の疑惑は完全に払拭されたようだった。昨日の女神の件から色々理不尽な目にあってきたが今ほど泣きたくなった事は無い。えっと......人の心とかないんか?
俺は無言で頷いた。
「え、なんで涙目?ああ、不安だったのか。そりゃそうだ、殆ど別人になっちゃってるしなぁ。おねーちゃんはともかくお父さんとお母さんは信じてくれないかもねえ」
姉貴は落とした木刀を拾いながらそう言った。まあ普通は信じられないよな。言ったところで頭のおかしな奴認定されて終了だったろう。
姉貴にはなんとか秘密の質問方式で信じて貰えたけど、これは幸運だったに過ぎない。本来そうはならないだろうからな。
「とりあえずさ、髪を切ろうと思うんだ」
「髪を?どうして?」
「できるだけ元の状態に戻そうかなって。なるべく元の自分に近づけた方が良いと思ったんだが......」
「いやいやいや、元の響に近づけたとしてもその顔と体型じゃどうにもならないでしょう」
「じゃあどうすればいいんだよ。このままじゃ俺、この家にいられないんだけど」
「うーん。そうだねえ、まあ当面はおねーちゃんの友達って感じで家に居ても良いんじゃない?それで誤魔化そうよ」
「姉貴の友達?」
「そうそう。大学の友達って事で。まあ、そうなったら私の部屋に寝たりすることになるだろうけど、それなら家に居ても問題ないでしょ?響は誰か友達の家に泊まりに行ってるって事にしといてさ......どう?」
「姉貴!!それでお願いします!!」
確かにそうだ。それが最善の策かもしれない。なんて頼れる姉貴なんだ!いつもはベタベタしてくるしお風呂覗こうとするしうざってえ奴だなぁと思っていたけど、初めて姉貴がいてくれて良かったって思った。
「よしよし」
撫で撫でと頭をなでてくる姉貴。いつもなら払い除けてヤメロと冷たく言い放つのだが、今は奴の機嫌を損ねるわけにはいかない。なぜなら今の俺の味方は姉貴一人だけなのだから。
ってか、なんか謎の心地よさが......不安が和らいだせいか、姉貴が味方になってくれたからなのか、俺の頭を撫でる姉貴の柔らかい手が心地よく安心感がある。頭を撫でられる猫や犬ってこんな気持ちなのかな、と微睡んでしまう。
「さて、とりあえず響は髪切ってきたら?そんだけ伸びてたら重たいでしょ」
「ふぇ、あ......うん」
姉貴の声で現実に引き戻される。やべえ、姉貴の手で気持ちよくなってるとかキモいんだが......!あぶねー。
「あ、でもあんまり短くしないほうが良いかもね」
「なんで?」
「せっかく女の子になったんだから、女の子じゃないと楽しめない髪型にしたほうが良いでしょ。セミロングくらいにしときなよ」
「ええっ。楽しんでるのは姉貴じゃ......」
「はっはっは、バレたかね。ま、でも協力の対価って事でね?」
バチコーンとウィンクを決める姉貴。協力する対価ねえ。まあ、それくらいは良いか。これから世話になるわけだし。
「あ、てーか私これからバイトだからさ、帰るまで適当に時間潰しててよ。終わったら連絡いれるからどっかで待ち合わせしよう......とりあえず私の服着て家出ようか」
「あ、うん。わかった」
「髪はどこで切るの?」
「え、適当なとこで......」
「私がいつも利用してる美容室あるからそこ行きなよ。予約しといてあげる」
「あ、姉貴!!お願いします!!」
「おう、任せな!」
なんて頼り甲斐がある姉なんだよ。これがおねしょで泣きベソかいてた姉貴だってのか。時間の流れってーのは人を成長させるもんだなぁ。
それから姉貴の部屋へ移動した俺は服を選んでもらう事に。久しぶりに入った姉貴の部屋は以前のピンクのパステルカラーを基調とした明るめな色合いからかわり、青の落ち着いた感じになっていた。どこか大人っぽくなった印象。
入って左手にPZ4のゲーム機が繋がっているテレビ。真ん中に木目柄の四角い小さなテーブル。参考書とノートPCが置かれている。右奥の窓横にはベッドがあり、枕元には誰かが写った写真立てが置かれていた。遠くてわからないが......彼氏か?
他にはギターが二つ立てかけられていて、そういや姉貴バンドしてたなぁ......たしかギターボーカルだっけ?とぼんやり思い出していた。
「ほら、なにぼーっとしてんの。はいんな」
「うおっ」
どん、と背中を押され部屋へ入る。姉貴は右手前のクローゼットから洋服を吟味し始める。
その時、クローゼットとは反対に置かれている大きな鏡を見つけた。そこにはTシャツに短パンの俺が映っている。
(......うーむ)
全体的に目を引くビジュアル。しかし中でも特に目立っているのはこの大きな胸だろう。身長の割にあり過ぎる。これって何カップあるんだ?
「よし、そんじゃ響。これ着てみ」
姉貴が手渡してきた青色のワンピース。スカートにフリルがついていて可愛らしい。
「こ、これを?」
「うん。......あ、つーか響、下着ないよね。ブラとか。どーしよ」
「しっ、下着!?」
「うおっ、なんだよ急に......必要だろ、下着」
「い、いや、それはなんというか男としてさ......ちょっと受け入れがたいというか、抵抗が」
俺は身体は女だが、心は男だ。それを身に着けてしまうともう後戻りができないような、一線を越えてしまう.....そんな気がする。
「響、ジャンプしてごらん」
「え?」
「はい、ジャンプ!ぴょんぴょんぴょん!」
姉貴に言われるがまま俺はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。ゆさゆさと揺れる胸。
「!?、痛ぁーっ!!?」
「な?要るだろ?」
「......はい」
俺は一線を越える決心がついた。
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