第2話 一歩前進
俺、佐藤響は昔から勘違いされやすいタチだった。ツンとつり上がった生まれながらの目つきの悪さ。口下手で不器用な振る舞いに、気の利かない言動。
人相の方は生まれ持った物なのでどうにもならないとして、性格の方は何度も直そうと思った。けれど俺という不器用な人間にはそれがどうにも難しかったようで、幼稚園、小学校、そして高校に至る今までおおよそまわりに友達と呼べる人間はできなかった。
たった一人を除いては。
高校一年の同級生、
茜は家が隣同士の幼馴染で、幼稚園以前からの付き合いだった。親同士の親交もあり、物心のつく頃から側に居たのでまるで兄妹のような存在に思っていた。朝の苦手な俺を毎朝迎えにきてくれたり、勉強をみてくれたりとこれまで色々助けられたり......他にも色々、数え切れないくらい。
不器用な俺とは正反対で、異性が苦手で人見知りなところと運動音痴な事以外はなんでも器用にこなせる優等生。
たった一人。そんな茜が側に居てくれていたから、俺は不器用ながらもグレたりせず道を踏み外さないで来れたんだ。
だから誓った。俺は茜を生涯をかけて守ろうと。
「......なるほどなるほど、つまり響くんは幼馴染の茜ちゃんの事が大切で、彼女に近づいてくる男よけになっていたのね。頭を撫でて彼氏の振りしてみたり、ナンパ野郎に睨みを効かせたりと......ホントに不器用ですねえ。まあ、茜ちゃん美人さんだから気持ちはわかりますけど。というか、いっそホントの彼氏にでもなっちゃえば良かったのに!って、無理かぁ〜!あっはっはw」
女神はモニターに映る俺の過去を観ながら笑った。心内を見透かすような物言いに苛つき頬がひくひくと引き攣る。
「いやあの、何笑っちゃってるの?てか、なんで当然のように俺の過去の見ちゃってるの?」
「はっはっは......はぁ、だ、駄目だぁ!マジで人違いじゃんかぁ!!何度調査しなおしてもトラックに轢かれたのこの子じゃないよ〜!!」
笑っていたかと思えば号泣しだした。こいつ......あまりにも情緒不安定すぎる。それにしてもこの女神、人違いで異世界転生寸前まで進めるとか相当なポンコツだろ。こいつこの担当にしたやつ誰だよ。責任者呼んでこいよ。
「ど、どうしよう、ねえ響くん、どうしよう!これヤバいって!天界の偉い人にバレたら私、謹慎どころじゃすまないんですけどおおお!!」
「いや知らねえし!お前こそ俺をどうにかしろよ!まず男の身体に戻しやがれ!」
「ええーっ、それはもう良いでしょ!せっかく可愛くなったんだからさぁ!知ってる?戻すのにもかなりの神力を使うんだよ!?」
「知らねえよ!!いいから戻せっつーの!!」
人間界に戻してもらうのは当然だとして、こんな別人の姿で戻ったら響としては生きていけない。家族にも茜にもどう説明したらいいかわからないし、なによりこれじゃあもう茜を守ってやれない。
その時、白い部屋が一変する。辺りは暗くなりモニターや鏡が一瞬にして消失、まるで宇宙空間のような場所に変わった。
「なんだ!?」
あわてて周囲を見渡す俺。女神は頭を抱えてうずくまり震えているので気がついていないようだった。この女神散々遊び散らかして志望校落ちた時の姉貴にそっくりだな。そんな彼女の可哀想な姿で俺は思わず冷静さを取り戻した。
『佐藤、響さん』
頭の中に響いてくる声。それは先程まで喋っていたこの女神の声色ではなく、別の女性の声だった。姿は見えないが、どこからか声が聞こえる。
「えっと、あんたは?」
『あ、失礼しました。私はそこに蹲っている女神、アトゥリエーティの後輩にあたるプリアルタという女神です』
「あ、この女神アトゥリエーティって名前なんだ」
『......名前も名乗ってなかったんですか、先輩』
はあ、とひとつため息をつくプリアルタさん。この後輩女神のアトゥリエーティに対する反応でなんとなく察する。ああ、やっぱりポンコツなのか、と。
しかしながらこの一連の流れと女体化した身体で察する。おそらくこいつらがマジモンの女神であることと、そして元の世界へと帰るには女神になんとかしてもらわなければならないことを。
「えっと、プリアルタさん」
『はい?』
「これってこのアトゥリエーティさんの手違い......ミスって事でいいんですよね?」
『そうですね。あなたには申し訳ないことをしてしまいました。どうお詫びをしたものか......先輩にかわって謝罪いたします。申し訳ありませんでした』
「え、あ、いや......やったのはこのアトゥリエーティだし」
アトゥリエーティとは真逆の誠意ある言動に俺は動揺する。よし、この後輩女神はまともそうだな。つーかいつまで蹲ってんだこのポンコツ女神は。
『とりあえずは、そうですね。このままここに居続けると色々とまずいので人間界へと転送いたしますね』
「え、そうなんですか?」
『はい。ここは様々な世界へ繋がる狭間にある部屋なんです。このままここにいれば魂と肉体の結びつきが失われ、戻れなくなるんですよ』
「え!?」
『なのでとりあえず元の世界にお戻しします。後ほど先輩の処遇等が決まり次第ご連絡さしあげますね。時間が無いので、すみませんもう送ります』
「あ、ああ、わかった......ちゃんと現世へ帰れるなら問題ない」
元の肉体に戻るって事は、男に戻れるって事だよな。プリアルタさんの話であればこの女の姿は魂なわけだし......ならもう何も問題は無いか。つーか、それならもう今後関わらないでほしいまである。
「!」
手足が透け始めた。感覚も無くなっていく。意識が遠くなり始めた。遠くで何かが聞こえる。
――あの......これって、秘密にしていただくわけには......。
――先輩、このやらかしは流石に無理です。
――ひぃいん。そこをなんとかぁ〜!
さようならポンコツ女神、アトゥリエーティ。無事に元の世界に戻れるから感じるの事かもしれないが、この非日常体験はちょっと楽しかったぜ。まあ、あとはせいぜい頑張ってくれ。情状酌量の余地があることを祈ってる。
なにも見えない暗い闇、音もなく感覚もない。しかし、ゆっくりと聴覚が戻り鳥の声が聞こえた。瞼にあたる日光を感じ薄く目を開く。いつもの俺の部屋、代わり映えの無いベージュ色の天井が見えた。
「......ふぅ」
ため息が一つ漏れる。あれは夢だったのだろうか。いや夢に違いない。女神に異世界へ送られそうになるなんて、漫画みたいな展開。
俺は体を起こし、大きく欠伸をする。変な夢をみたせいでまだ眠気が残っている。体も妙にだるく頭も重たい。肩でも凝ってるのかな?そう思い首を回してみると違和感がした。
「......ん?」
ふと視界に入った長髪。違和感の正体はそれだった。陽の光を弾くキューティクル、艷やかで美しい黒髪を手に取りぼんやりと眺める。
......すげえ綺麗な髪だな。
「って、これ俺の髪か?......え?」
独り言を呟いた瞬間、誰かの声が聞こえた。凛とした透明感のある細い声。部屋に誰かいるのかと思い、きょろきょろとあたりを見回す。が、誰もいない。嫌な予感がする。
さらさらと身体に掛かる髪を両手で触ってみる。やはりこれは俺の髪で間違いない。一晩でこんなに伸びたのか......まあ、成長期だから。
俺はTシャツの膨らみを見ないようにし、ベッドから脚をだし腰掛ける。ぽたりと太ももに汗が滴り落ちた。
真っ白いすべすべの長い脚。えーっと......俺の脛毛は一本残らず夜逃げしちまったのかな?
「いやいやいやいやいや」
俺は首を全力で横に振る。昨晩の夢であろう記憶を吹き飛ばすべく、首が千切れんばかりに。
見ないように意識していた胸の膨らみ。高校生男子であれば誰もが憧れるような、たわわなバストがそこにあるというのに全然嬉しくない。
「......嘘だろ、だってお前......え?女の身体になったのって魂だけじゃ......なんで身体まで」
その時、ふと女神アトゥリエーティの姿が脳裏に過った。
(だ、だめだ)
泣きそうになりながら俺は洗面所へ向かうべく立ち上がる。足取りはおぼつかない。けれど、確かめねば。
いつまでもこうして現実逃避なんかしていられない。だって昨日情けないポンコツ女神の姿を目の当たりにしたから。「ああはなりたくない」という僅かなプライドが俺を奮い立たせた。
ありがとう、アトゥリエーティ。
――俺は一歩、前へ踏み出した。
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