鬼※3
「うまく逃げられたみたいだね」
後ろを見ると歩の姿もなくなっているのを見て
次の瞬間には晴を真正面から見つめる。
からかうように晴は言う。
「追わなくていいのかな?」
「まあ、あちらはあちらで任せるさ」
そう言って西園寺は懐から銃を取り出して晴に突きつけた。
逃さないというように照準を定める。
「消えている間に考える時間も準備する時間もあったのはよかったよ。さあ、お前がどんなつもりなのか聞かせてもらおうか」
ふふ、と晴は笑う。
「探偵の推理は聞かせてもらえないの?」
「道理の通らないことには道理の通らないことをだよ。お前に人の世の理は通じない。……鬼と人はいっしょにいるべきではない」
そう言って凪いだ目で西園寺は言った。
「美鳥晴。お前は人間じゃないんだろ」
肯定も否定もせず。
暗い目でただ晴は銃を下ろした。
「そこまでわかっているんだ。こんなものは必要ないよ。二人きりで話をしようか」
西園寺も銃を下ろす。
向き合ってただ見つめあった。
世界でただ二人きりのように。
晴は己の胸に手を当てて言う。
「仰る通り、私は人じゃない。私は魔の血族に属するものだよ。正確には人外の父が人間の女を
そう言って、嗤う。
どこか儚くも狂おしい魔性の笑みで。
「ちなみに
その名を口にした時わずかに瞳が揺れたが、一瞬で貼りつけたような笑みに戻る。
「私は妖怪を使役して人に憑かせることが出来る。……人間とは愚かで堕落するものだからね。簡単に道を踏み外すんだよ」
軽蔑した目で言う。
「……そうして次々に人を殺したのか。自分は手を汚さず」
犬神、
「そうだね。でも、貴方も似たようなものだよ」
その言葉に西園寺は疑問の言葉を口にする。
「僕とお前が?」
「そう。……人間を飼いはじめたって聞いたよ」
西園寺は黙って聞いている。
「
クク、と喉の奥で晴は笑った。
笑みを消して見下すように言う。
「人と犬は友だちになれないんだよ」
冷たい目で淡々と。
「鬼と人もね。簡単なこと。使役するものとされるものだから。
憐れむように、蔑むように見つめて。
それから目元を緩めた。
「私が何をしたいか聞きたかったんだよね」
聖母の慈しみと毒婦の邪悪。
両方を内包した笑みを西園寺に向けて。
「貴方に死んでほしかったんだよ」
「手段はなんでも構わなかった。人外の存在で貴方だけが私の思い通りにならなかった。なかなか殺すのは難しいから、助手くんを殺して絶望した貴方が自殺っていう筋書きも考えていたんだけど駄作だったね」
「……僕がそんなに殊勝だとでも?」
「まさか。だって、君明は私が死んだ時も死んでくれなかったしね。叶音学園の赤コートは私の血染めのコートをイメージしたって気づいてくれた?」
いっそ無邪気な笑顔でそう言う。
「助手が死んだくらいで死なないでしょ。……だから、今回は私の負けかな」
白いコートを翻して、屋上の縁に向かっていく。
西園寺に問いかける。
「君明は人のことが嫌にならない?貴方の異能は人の怨念を呼び起こすものでしょう?」
「……さてね。僕は人間はそういうものだと思っているから」
「そういうもの?」
「疑心や欲望に取り憑かれやすいどうしようもない存在だ。だが、そうかと思えばどこまでも誇り高く勇敢にもなる。矛盾だらけのものだよ」
「……貴方がいうかな」
晴は嘲笑した。
「……私が力を使うのはね、理不尽と戦う手段なんだよ。それがどんなに貴方と方向性が違っても私は私の道を行く」
一歩、また一歩と遠ざかっていく。
近づいて西園寺は言った。
「逃すと思うのか」
「貴方には出来ないよ。だって、私が指示を出せば歩が助手くんを殺すからね」
酷薄な目で告げられた言葉に答えず、西園寺は立ち止まる。
もうすぐで夜が明ける。
鬼の潜む世の闇が溶けていく。
あと半歩で、晴は建物の外に飛び出す。
西園寺はその胸ぐらを掴んだ。
微笑んで晴は言う。
その手が西園寺の腕を掴む。
「ねえ君明。私のために死んでくれる?」
嗤って西音寺は答えた。
「絶対に御免だね」
クスリ。
「だよね」
思い切り、晴は西園寺を突き飛ばした。
反動で西園寺は体勢を崩し、晴はそのまま堕ちていく。
まるで天使の堕天だ。
川面がわずかに水しぶきを上げる。
ついで、水面がもう一度揺らいだ気がしたが西園寺はそれから視線を背けた。
目を細める。
白白とした光が暗い夜空を塗りつぶしていく。
夜明けが、きたのだ。
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