閑話《七》

 西園寺さいおんじがやっとベッドから起き上がるようになった頃、この機会を逃すまいと暇つぶしの余興をかってでた。

 それこそベッドの上で出来るいろんなテーブルゲームで。

 オセロ、双六、福笑い……。

 一回も勝てなかった。

 ので、定番のトランプを取り出した。

 そしてこれまた定番のゲーム。

 ババ抜きだ。



「あがり」


 パッと机の上にトランプを投げる。

 西園寺はつまらなそうにフンと鼻を鳴らした。

 現在、九戦九敗。

 もう後がない。


「いつまで続けるつもりなんだい」


 きた。

 実のところ西園寺がそう言うのを待っていたのだ。

 タイミングは苛立ちが高まった大一番の勝負に出るまでだ。


「わかりました。キリが良い十戦目ということで次でやめましょう。でも、次のゲームは勝負にしてほしいんです」

「……へえ」


 低い声で言う。


「なぜ?」

「俺が勝ったらやってほしいことがあるからです」

「勝つ前提なのかい。面白いね」


 西園寺が唇を吊り上げるが目は笑ってない。

 すでに怖い。

 でも、ここで引いたらゲームセットだ。


「……いいだろう。それで負けたら?」


 試すような目で見てくる。

 なんでも言うことをきくーー、はいつも言うことをきいてるので代わり映えしない。

 苦悩していると西園寺は言った。


「いいよ。別に条件はつけない。ただし、お前が負けたらそのやってほしいこととやらは帳消し。それでいい」


 虚をつかれる。


「本当にそれでいいんですか?」

「うん。さっさとゲームをはじめよう」


 そう言ってカードを渡してくる。

 気が変わらないうちにとさっさとカードを配り終えた。

 手持ちのカードを見て言う。


「じゃあ、はじめようか」



 結果的に言うと勝った。

 怪訝な顔で西園寺は言う。


「……どうやったんだい?」


 言えない。

 ハツがゲームの前にお茶請けに出してくれたクッキーのジャムでカードの角をベタつかせた感触でジョーカーがわかるようにしたなんて。


「とりあえず、勝ちは勝ちだ。聞かせてもらおうか。お前のやってほしいこととはなんだい」

「その前にちょっと待ってください」


 広間に行くと準備をしてくれていたハツに声をかけた。


「お願いします」


 ハツはテキパキと部屋の空きスペースに簡易テーブルと椅子をセットしてくれる。

 簡易といっても綺麗なテーブルクロスまで出してくれていっぱしのカフェのようだ。

 珍しく西園寺が驚いた顔をしている。

 それから顔をしかめて言う。


「なんのまねだい?」

「西園寺さん。こちらへどうぞ」


 手を取ると西園寺を椅子に座らせた。

 渋々西園寺は腰かける。

 真正面になるように座った。

 ハツがテーブルの中央に一枚の皿とナイフ、俺と西園寺に一つずつフォークを置くと礼をして部屋を出ていく。


「ハツさん特製ベリーパイです」

「見ればわかる」


 目の前でナイフで半分にカットしてみせる。

 中からトロリとジャムが溢れた。

 赤い宝石のような苺のジャム。

 いつ見ても美味しそうだ。

 一切れ取ると口に押しこんだ。

 もったいないが数回噛んですぐ飲みこむ。

 もう一切れを手で示すと西園寺に言った。


「どうぞ」

「……なに?」

「食べてください。今ここで」


 目を瞬かせて、西園寺は言った。


「それが、お前のやってほしいことかい」

「はい。……あの、先に謝ります。ハツさんに食事をらないことを聞きました」


 綺麗な眉を歪ませて目を細める。

 思い切り余計なことを、という顔だ。

 多方面に向けてすみません。


「でも、俺の前では……。ちゃんと食べてほしいんです。ほら、また倒れたりしたら危ないですし健康にもよくないし」

「……余計なお世話だよ」


 冷たい声で言う。

 皿から目を背けるがその挙動は子どもじみて見えた。


「半分食べましたよね」


 は?と西園寺が見てくる。


「次は西園寺さんの番です。そしてこれは西園寺さんのぶんです」


 フォークを手元に滑らせる。


「食べるまで動きませんから」


 絶対何もしないし、なんなら落としたものを拾う。

 そんな体勢で待っている。

 目を瞬かせて、ため息をつくと西園寺はフォークを手に取った。

 思いのほか丁寧な仕草でパイをさらに半分に割り、二口で食べ終える。


「……満足かい?」


 不機嫌そうな顔だ。

 でも、それがここ一番の収穫だった。


「はい!」


 見えない位置でガッツポーズする。

 後ろを振り向くとドアの陰で音を立てずにハツが拍手していた。



 それから、不定期ではあるが西園寺は食卓をともにしてくれるようになった。

 倒れた後の介抱にさすがに申し訳なさを感じているのか。

 いや、西園寺に限ってそんな殊勝なことはないなと思いつつ。

 仕掛けたネタは考えれば綱渡り以下の見えすいた手口だ。

 本当はわかっていたんじゃないか。

 あえてそれを指摘しなかったのはーー、まあそういうことなんじゃないかと思うことにする。

 机の上には空になった皿が二つ並んでいた。


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