夢※2

 病院の屋上に行くと俺と向き合って夢路ゆめじは言った。

 寒い風が吹き抜ける。


「ルールは簡単。この中には当たりの飴とハズレの飴があります」


 バスケットの中から片手だけ入る大きさの穴があいている箱を取り出して飴を放りこむ。


「一個飴を取って口に放りこむ。ハズレの飴を引いたら負け。日暮ひぐれさんが勝ったらこの飴玉を流している犯人を教えてもいいよ」

「……もし負けたら?」

「この中に入っている飴玉は普通のものより強めなんだよね。だから、食べたらどうなるかわからない」


 ニヤリと笑って言う。


「これも簡単なこと。貴方は事件を解明するためにに命をかけられるかな」


 ゴクリと唾を飲みこむ。

 それからはあ、と息を吐き出した。 


「なんだ、そんなことか」


 俺は迷わず箱に手を突っこむと飴玉を一つ取り出す。

 包みをやぶると、口に放りこんだ。


「……正気?」


 少し夢路の顔がひきつる。

 次の瞬間、飴玉を口から吐き出すと靴で踏んで粉砕した。


「……放りこんだら勝ちなんですよね?」


 西園寺さいおんじに追いつくためなら、なんでもしなければ。


「予想外でしたか?」 


 だったら言ってやりたい。

 残念でしたね、と。


「さあ、教えてもらいましょうか?約束なので」

「……参りました、と言うべきかな」


 やれやれと首を振る。


「まあいいや。私、貴方のこと気に入っているんだよ。あのね……」


 その時、パァンと何かが破裂したような音がした。続け様に三回。

 夢路がよろける。

 そして、呟いた。


「そうきたか」


 夢路が歩いていたのはちょうど屋上のへりで、この屋上には柵がない。

 俺の目の前で、夢路が落下した。


「……嘘だろ!」


 反射的にあたりを見渡す。

 走れば飛び移れそうなビルの上に、二人の人影が向かい合っていた。

 俺は目を見開く。


「西園寺さん……?」


 ここからじゃ少し遠い。

 でも、その特徴的な白い髪と黒コートは見慣れた姿だ。 

 誰かと向かい合っていて相手の手には銃が握られている。

 銃を持った人物が次いで西園寺に銃を向けるのが見えた。


「危ない!」


 俺は叫ぶ。

 銃声。

 西園寺の姿が、屋上から消えた。

 血の気がサッとひく。

 慌てて非常階段から飛び出す。

 さすがに屋上から一階というと息がきれるがそれどころではない。

 病院の脇に、血だまりの中に沈むように夢路が倒れていた。

 木がクッションになったのか、落下したにしては綺麗に見えるが口の端からも血が垂れている。


「柊夢路としての一生もこれで終わりかあ」


 いつもの冗談じみた声でそう言って、口の端で笑ってみせさえする。


「おい!」


 俺は叫ぶ。


「あれは誰なんだ!お前は何を知っている!」


 ゴホ、と小さな咳をして夢路は言った。


「西園寺さんの知っている、白コートの人だよ。それ以外は何も知らないや」

「だれか、早くきてくれ!」


 通りがかりの人に助けを求める。

 俺は立ち上がり、隣のビルに走る。


「忘れないで」


 背後から聞こえてくる声が耳から離れない。


「私が死んでも、ばくはいなくならない。悪夢は続くんだよ」



「西園寺さん……!」


 隣のビルは鉄骨がむき出しの廃ビルだった。

 こんな所で何をしているんだ。

 上がろうとした次の瞬間。

 ドン!と音がして階全体が爆発する。

 屋上のすぐ下の階だった。


「そんな……」


 真っ赤な火の手が上がる。

 熱い、ものが焦げるにおい。

 視界が赤く染まる。

 赤、赤、赤。

 どこまでも赤だ。

 鼻からなにか、生温いものが垂れる。

 拭うと血がついていた。

 拭っても拭っても止まらない。

 だめだ。

 目が回る。

 地面が急速に近づくのが見える。

 赤だけが、目の裏に焼きついている。

 西園寺さん。

 叫びは、声にならない。



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