6.夢
夢※1
ヨブメの事件を終えて、
街は聖夜がなんだかんだと歌が流れている。
「ただいま戻りました」
買い物から帰り、玄関を通って広間に入ると赤々と暖炉に火が灯っていた。
西園寺は珈琲のおかわりを淹れにいったのかちょうど席をはずしているようだ。
……少しぐらい構わないよな。
俺は暖炉の前に座ると手をかざした。
「うーあったか……」
背後に気配を感じた。
おそるおそる後ろを見ると絶対零度の眼差しで西園寺がこちらを見下ろしている。
「す、すみません……」
もはや謝るのが反射のようになっている。
「遅い。この短い間になんで外にいるか忘れたのかい?」
皮肉も元に戻ったようでよかった。
じゃなくて。
「すぐに片付けます!」
荷物をテーブルに置いたままのことに気づいて俺は急いで立ち上がる。
あれ、と下敷きになっていたものに気づく。
「これ、依頼状ですか?」
ああ、と今気づいたように西園寺が言う。
「ちょうどいい。調査に行ってくれるかい」
「えーっと、俺一人でですか?」
西園寺が軽く言うので俺は困惑した。
ソファに座ると足を組んで西園寺は言う。
「野暮用で行きたい場所があるんだ。一人でも調査くらいは出来るだろう?」
そう言われると仕方ないか、と思ってしまう。
「ちなみに、どんな調査ですか?」
「幸せな夢を与えてくれる、らしい事件だよ」
なんだそれは?
俺は首を傾げるが、西園寺は立ち上がると棚の上にある年季が入った黒電話の受話器をとった。
そしてダイヤルを回しはじめる。
飾り物だと思っていた俺はあれ実際に使えるのか、と驚く。
どこかに繋がったようで西園寺は話しはじめた。
しばらくして受話器を戻す。
さらさらとメモ用紙に住所を書くと俺に手渡した。
「ここに行くように」
「えっと、今の誰ですか?」
それには答えず、西園寺は言う。
「早く行くといいよ。待たせると悪いからね」
珈琲を飲んで、本を広げる。
この状態になるともう話す気はないな、と俺は諦めて支度をはじめた。
指定された場所は街の中にある総合病院だった。
白く巨大な建物は積み上げたブロックの玩具を思わせる。
正面玄関の前に誰かが立っている。
目が合うと言った。
「おう、あんたか」
「こ、こんにちは」
快活な挨拶に困惑する。
なぜここに。
「あんたが西園寺に押しつけられたクチか」
押しつけられた?
そう思ってハッとする。
もしかして西園寺はこの刑事と会いたくないから俺を単独で行かせたんじゃ……。
「なんだかんだで自己紹介をちゃんとしていなかったな。
そう言われたので俺も名乗る。
「
「まあ寒い中で立ち話もなんだし、中に入るか」
そうしてもらえるとありがたい。
もうすでに手がかじかんできた。
一階に小さな喫茶店があって二人で入った。
「コーヒー。日暮さんは?」
「あ、俺も同じで」
ウェイトレスが礼をして去っていったかと思うとすぐにカップを持って机に置いていった。
……もしかしてインスタントなのだろうか。
「西園寺からなにか事件のことを聞いているか?」
「いえ、まったく」
「あいつは……。どこから話したものかな」
険しい顔をして美鳥は考えこむ。
「このところ、食べると幸せになれるというふれこみの菓子を配っている怪しいやつがいるらしいんだ」
なんだそのいきなりメルヘンチックな話は。
俺が不審そうな顔をしていたからか、美鳥は言う。
「俺も眉唾ものだと思ったんだがな。ようするに食べると幸せな妄想に取りつかれて異常行動に出るやつがいるんだ」
「それって……」
「まあ端的に言ってドラッグだな」
美鳥は角砂糖の入ったケースを取ると三つカップの中に落とした。
甘党なんだろうか。
コーヒーに浸した白い角砂糖が徐々に茶色に染まり溶けていく。
俺はなんだか気が引けてブラックのまま飲んだ。苦い。
「
飲むでもなく珈琲を見つめていたが、目線を上げると美鳥は言う。
「だから、頼まれてくれるか」
「え?」
「本当は西園寺にやらせるつもりだったんだがな」
はあ、と美鳥はため息をつく。
「そのドラッグは若いやつの間で流通しているらしいんだ」
「はあ」
俺の
「……もしかしてその怪しい人物に会って受け取ってこいと」
「話がわかるな」
美鳥は頷いた。
俺は顔をしかめる。
嫌すぎる。
「学園にいたときもそうだが、日暮さん大学生ぐらいに見えるしギリいけるだろ」
いや、たしかに俺も西園寺も見た目は大学生ぐらいなんだが。
「れっきとした大人なんですけど……」
「いかにもデカとわかるやつに渡すわけないだろ」
それでも適材適所というものが、と思ったけれど食い下がっても仕方がない。
「なんでもこの病院の近くが穴場らしい。ここは学校が近いから学生もけっこう通るし見舞いのやつも来るからな」
ポンと肩を叩く。
「人気のない道に
最近は日が落ちるのが随分早くなった。
学生に混じって巡回するように歩いてみたが、人気もまばらになってくる。
ツリーや電飾があちこちに目立つ。
街はどこか浮き立っているようだ。
西園寺さんもイベントごとは好きそうじゃないし俺には縁遠いなと思う。騒いだり喜んだりしたのはーー、もう遠い過去の記憶だ。
そのとき、路地に不思議な人影が立っているのをみつけた。
赤の帽子、赤フードのコスチュームに道化師の面をつけ、バスケットを持っている姿はまるで赤ずきんのようだ。
ティッシュ配りの要領でなにかを配っているようだ。
なるほど。
自然を装って俺は近づく。
決まり文句なのか道化師は言った。
「いい子にはお菓子をあげよう。チョコレートがいいかな?クッキーがいいかな?」
クスクスと笑ってバスケットをかき回す。
「……
「へえ」
そう言って道化師は赤い飴玉が入った小さなビニール包みを取り出す。
毒々しい血を閉じ込めたような赤だ。
受け取り、仕舞おうとすると含み笑いで道化師が言った。
「こんにちは、日暮さん」
その声に目を見開く。
忘れもしない。
苦い声で俺は言う。
「……お久しぶりです。
「
道化師の仮面を取ったその顔は面をはずしても同じ笑みが浮かんでいた。
柊夢路。
叶音学園で会ったそのままの姿で、よく見るとコスチュームの下に制服まで着ていた。
俺は固い声で言う。
「アルバイトですか。せいがでますね」
「慈善事業だよ」
ニヤリと笑うとクルリと手に持った面を回した。
「今日は西園寺さんはいないのかな」
俺は返答しない。
教える義理もないだろう。
「その様子じゃ別行動かあ。まあ、西園寺さんも忙しいもんね」
一人で納得するように頷いている夢路に俺は疑問を覚える。
「あれ?その様子からすると知らないのかな」
小首を傾げて夢路は言う。
「西園寺さんが一つでも多く事件を求めている理由を」
事件を求めている?
たしかに、金に困っているわけでも特段人助けが好きなわけでもなさそうなのに次々と事件に手を出していると思ったが。それに気になることを言っていたのを思い出した。
「終わった事件にかけている暇はない……。なにかそんなに急ぐ理由が……?」
思ったことをそのまま声に出してしまっていた。
へえ、と夢路は笑った。
「そういうふうに言ってるんだ。それはね、終わった事件に興味がないんじゃなくて一つの事件にかまけている暇がないんだよお」
バスケットの中に手を突っ込んで、引き抜く。
「当たりを引くまでね」
カラフルな棒つきキャンデーが数本夢路の手の中におさまっている。
「私とゲームをしない?日暮さん」
病院の方向の上を見て言う。
「邪魔が入らないようにあそこに行こっか」
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