児※2

 集会場はどこまでも幻想的な、暗い怪しさを孕んでいた。

 ヨブメはこの場にいないようだ。

 黒縁眼鏡、黒スーツの男が言う。


「では、皆さんリラックスして。今日というこの日に感謝してヨブメ様に祈りを捧げましょう」


 手を合わせると皆が黙って目を閉じた。

 俺もまねして、同じ動作をする。


「では、着いてきてください」


 信者たちが一列になって歩きはじめる。

 どこかに行くのか?

 内心暗雲がたちこめはじめたが、列に並んでついていく。

 広場から少し山に入ったところに箱のような四角の建物があった。


「順にお入りになってください」


 そう言うので周りにならって靴を履いたまま中に入る。

 ツンとしたにおいがした。

 しばらくしてそれが病院などで嗅ぐ消毒液に似たにおいだと気付く。

 ここはなんなんだ?

 建物の中は複雑で右に曲がったり、かといったら左に折れたりと廊下が入り組んでいる。

 しばらくして一際広い部屋に着いた。

 なんだか学校の体育館みたいな場所だ。

 背もたれがあるパイプ椅子が並べてある。


「皆さんお座りになってください」


 そう言ってパン、と黒眼鏡、黒スーツの男が手を叩くと奥から白衣の人物たちが出てきた。

 白い和服と目元だけを残して顔を覆った白い布がヨブメを思わせる。

 体格や雰囲気からすると全員女性のようだ。


「皆さんには今からヨブメ様に供物を捧げていただきます」


 女性たちが何かの準備をし出した。

 嫌な予感がする。


「恐れることはありません。これは浄化の儀式でもあるのです。今から皆さんの手から血を抜きます。血液は古来から霊力の宿る液体といわれてきました。それを杯に集め、ヨブメ様の祭壇に奉じます。血を介すことで皆さまの魂が一つとなりヨブメ様の一部になれるのです」


 信者たちの反応を見ると顔が強張っているものと納得しているようなものが半々だ。

 既に血を捧げたものもいるようだ。


「お願いします」


 そう自分から頼んでいるものまでいる。


「安心してください。ほんのわずかな量です。それだけで皆さんの信仰が深まり、奇跡への道が開けるのです」


 吐き気がした。

 そんなのは奇跡を盾にとったただの脅しではないか。

 それに、血を捧げるなんてまるきり邪教のようだ。


「嫌なら出ていただいても構いません。また体調が悪い方もご遠慮ください。皆さんの判断にお任せします」


 そう言ったら出ていく人がほとんどではないかと思っていたが、予想に反して血を捧げる人数が多かった。

 方法は普通の採血と同じで、たしかに大した量は取られていないようだ。

 黙々と作業をこなしていく女性たちが不気味だ。

 けれど、俺も逃げないことにした。


「失礼します」


 そう言って脱脂綿で俺の手を拭いてきた女性と目があった。

 なんだろう。

 既視感があるような気がした。


「あの、どこかで……」


 しかし針が刺さる一瞬の痛みで口を閉じると、一礼して女性は言った。


「終わりです。おさえてくだい」


 そう言ってガーゼを当ててくる。


「どうも……」


 違和感が消えない。

 どこかで見た顔だ。

 思い出せ、思い出せと思っていると一枚の画が頭の中によぎった。

 特徴的な大きな目。

 間違いないとは言えないが直感してしまった。

 あの人は、合田あいだ裕美ひろみだ。

 今回の依頼人の探している妻。

 こんなところで会うなんて。そして、本当にいた

 と思った。

 声をかける間もなく去っていく。

 採血を終えた信者たちがぞろぞろと出ていく。

 どうやら出口は入口のように複雑ではなく一本道のようだ。

 追うか追うまいか逡巡している間に、見回りらしいガタイのいい男たちが入ってきてしまった。

 仕方がないと俺は歯噛みする。

 ここにいるのがわかっただけでも収穫か、と思いながら不甲斐ない気持ちでいっぱいだった。



 集会は終わり、各自解散のようで皆が散り散りに歩いて行った。

 気づけば夜明け前だ。

 朝になればここに来て三日目だ。

『三日後、この村の人間は全員死ぬ』

 つまり、俺の予言通りにいくとしたら三日目が終わるまでがタイムリミットだ。明日中に事件を解決し依頼人の妻と娘を連れ出さないといけない。

 サングラスをずらしてあたりを見てみる。

 淡い期待を砕くように、人々を取り巻く赤い靄はやはり依然としてそのままだった。

 ぽつり。

 頬に生温かい水滴が滑り落ちた。

 指先で拭う。


「雨……」


 ただでさえ暗い夜空に黒い雲が、不吉の前兆のように広まりはじめていた。



「集会はどうだった?」


 目を細めて西園寺さいおんじは言う。

 白い作業服から普段着に着替えて、コートを羽織りながら俺は答える。


「それが……妙な儀式で。お祈りを行った後、採血されました」

「採血?」

「白い布を被った女の人たちが……。あっ!合田浩美さんがいました」


 一番大事なことを忘れていた、と俺はハッとなって言う。


「ここにいるという言葉は間違いなかったようだね。要領を得ないから順を追って説明してくれないかい」

「はい。えっと……。広場で祈りを終えると信者全員で山のほうに向かって行きました。少し奥まったところまで行くと四角い建物があって、そこに入れと言われて広い部屋に入れられたんです。体育館みたいにがらんとしている所に椅子だけが並べてある感じで。そこで白い布で顔を隠した女性たちが何人か入ってきて、ヨブメ様に供えるとかいう文句で血を取られました」

「……採血した場所を見せてもらえるかい」

「どうぞ」


 つつっと西園寺の長い指が腕の皮膚を撫ぜた。

 灰色の目が瞬き、しばらく観察すると頷いた。


「普通の注射痕のようだね。体に異常はないかい?」

「今のところは」


 俺は頷く。


「血の採取、ね」


 呟いて、西園寺は寝転んで天井を見た。

 そのまましばらく黙っている。考え事だろうか。

 時計の針がチッチッと時を刻む音が聞こえる。

 沈黙を破って、西園寺がぽつりと言う。


「見えてきたよ。合田浩美がここに連れてこられた理由が」

「本当ですか?」


 俺が言うと薄暗い部屋の中で西園寺の目が金色に光って見えた。

 妖しい、鬼の瞳の色だ。

 猫のように目を細めて笑む。


「居場所にも大体あたりがついた。……まずはここを出ないとね」


 俺の手元を見ると、言った。


「時計を見せてもらえるかい」

「あっ、すみません。返します」

「いいよ、そのままつけていて」


 どういう風の吹き回しだ。


「なんか怖いので返します」

「つけておけと言ったのが聞こえなかったのかな」


 寒空の風より声が冷たい。


「助手なら荷物を持つのが仕事だろう」


 まあたしかにそうだが。

 新手のいじめか?

 時計の時刻を見てぽつりと言う。


「そろそろかな」


 その言葉の意味がわかる前に下でガタンと音がした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る