5.児

児※1

 夜の集会場は篝火が赤く燃え、怪しい雰囲気を出していた。

 厳かな声で黒眼鏡、黒スーツの男が言う。


「これから本日の集会をはじめます」




姑獲鳥うぶめ、ってなんですか?」


 俺は首を傾げる。


「いや、なんとなく妖怪だってことはわかるんですけど……」

「子をのこして死んだ女の幽霊が妖怪化した、とされる妖怪だ」


 何かを読み上げるように西園寺さいおんじは言う。 


「人の赤子を奪う鳥の姿をした妖怪で、夜毎よごとに鳴いて飛び回ったり子を持つ母を追い回したりするという伝承がある」 


 自分の子ではない他人の子を追いかけるならとんだ迷惑だなと思うけれど子を望む母の執念はそれだけ凄まじいということか。


「また、別の伝承では赤子を持つ母親の姿で現れ道ゆく人に赤子を抱いてくれと頼む。抱いた赤子はどんどん重くなって最後まで抱いていたものは財宝を授かることもあれば死をもたらされるものもある。つまりは与えられるか奪われるか。二面性があるということだね」

「あのそれって途中でギブアップした場合は……」


 ニイと愉しそうに西園寺は嗤う。

 だと思いました。


「とにかく、子どもに並ならぬ執着を持ち本来与えられるべきものを他者から奪い取ることもある……という存在だよ。子どもは授かりものだというけどね」


 そこまで言ってチラリと俺を見る。


「のんびりしていていいのかい」

「はい?」

「この後集会があるんだろ」


 どうしてそれを、と思ってから慌てて俺はあたりを見渡す。

 まずいこの部屋時計がない。 


「西園寺さん。俺がこの部屋に戻ってきてから何分くらい経ちました?」

「……二十分」


 手元を見て西園寺は言う。

 時計をつけているのか。


「あの……時計貸してもらえませんか」


 西園寺が露骨に嫌な顔をする。

 俺だって出来ればかりたくないけど。


「一時間後に集合って言われたんですけど、俺時計を持ってなくてどれぐらい時間が経ったかわからないので……。あの、絶対返すので」

「……当たり前だろ」


 はあ、とため息をついて西園寺は手首からはずし手渡してきたので受け取る。

 ずっしりとした重さのある高級そうなアンティーク風のものだった。

 俗っぽい言い方だが高そうだ。

 断られるかと思ったら意外に早く貸してくれた。


「手首につけて絶対外さないように」

「わかりました。絶対なくしません」


 きつく巻きつけて言う。


「その時計はお前の給料一生ぶんくらいの価値だ」


 平坦な声で言う。 


「絶対なくさないように」


 俺の命はこの時計とイコールくらいなのか。


「はい」


 情けなく返事してから顔を上げると、一瞬だけ西音寺と目があった気がする。

 すぐ顔をそらしたからわからなかったが。

 視線が時計ではない別のところに注がれていたように感じたのは気のせいだろうか。




「残り時間があまりないから、食事しながら話をしよう」


 そう言うが、西園寺はまたしても食事に手をつけない。

 手持ちのものは何もないのでこれで二日連続何も食べていないことになるはずなのだが。 


「ヨブメの家系……。葦原あしはら家の一族について説明する」


 どこからか西園寺は巻き物のようなものを取り出す。


「どうしたんですかそれ」


 どうやったかわからないが、牢から抜け出していたわけじゃないよな。 


「お前が考えているようなことじゃないよ。単に時彦ときひこに持ってきてもらったんだ」


 ああ、そういうことかと思う。 


「ヨブメの本名は葦原あしはら清子せいこ。配偶者の名前は定治ていじで間に二人の子供がいる。姉が時子ときこで弟が時彦。清子の父が葦原家前当主の常時つねとき。定治は婿養子らしいね」


 家系図を指差しながら西園寺は言う。 


「事前調査で得た情報とお前の情報を統合すると、異能は親から子に受け継がれるらしく先代の常時が今のヨブメの役をやっていたことになっている。男の場合はヨブコ様と言うそうだ」


 俺は頷きながら一族の人間を頭の中で思い浮かべる。


「常時は既に亡くなっている。その時に現ヨブメが役目を継いだんだろう。時彦が言ったように家系図でも時子は六年前に死亡していると記してある。父親の定治だが長い間病に臥せっていて世話役以外のものは最近姿を見かけたことさえないらしい。母親があの調子で父親も動けないから時彦の子守りは屋敷の手伝いがしているようだね」 


 時彦が幼いのに大変なのは本当のようだ。


「今この家にいる一族はヨブメ様こと葦原清子、夫の定治、息子の時彦ってことになるわけですか」

「そうだね」


 西園寺は頷いて巻き物をとじる。


「ところで、壁際にあるそれを取ってくれるかい。時彦が巻き物といっしょに持ってきてくれたんだ」


 西園寺が指差すほうを見ると壁際に黒いリュックサックが置いてあった。

 ここに来るときに担いできたものだ。

 慌てて中を探ると西園寺にもらった手帳と万年筆がちゃんと入っている。

 よかった、と思った。


「中に水が入ったペットボトルがあるから一本取ってくれ」


 たしかに水のペットボトルが二本入っていた。


「どうぞ」


 キャップを緩めて西園寺に渡すとゆっくりと飲んでいく。

 ここのものは一切口にしないつもりか。

 どこまで用心深いんだ。


「……そろそろお前は行ったほうがいいかもしれないね」


 たしかに時計を見ると時間が近づいてきた。

 急いで夕飯をかきこむ。


「集会って、何をするんでしょうね」

「それをこれからたしかめに行くんだろ」


 勢いだけでここまできたが想像が出来ないことに踏み込むのは恐ろしい。

 躊躇ちゅうちょしてしまう。

 俺の緊張を見てとってか西園寺は言った。


「僕は謎を突き止めて、依頼を完遂するまで止まるつもりはないよ」


 依頼。そうだ。

 ここには帰るのを待っている人がいる、妻と子どもがいるのだ。

 迷っている暇があるなら進むべきだ。


「やります。俺が探し出してみせます」


 西園寺がいるなら、出来る気がしてきた。

 俺も立ち止まらない。


「……お前ならそう言うと思ったよ」


 どこか皮肉げな笑みで西園寺はそう言った。



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