閑話《四》

 昔。

 そうといっても、忘れるくらい過去じゃなく。


 みてみて。

 クルリと一回転した。

 いつも黒いコート着てるから白いの着てみたよ、とコートを見せびらかしてくる。

 なぜだ、と聞くと答えた。


「だってあなたの助手になるんだから」



 出会ってから半年、何かというと構ってきた。

 大学の学食にいると隣の席に座ってきたり、講義がかぶると遠慮なくノートを覗いてきたり、兎に角つきまとってくる。

 人間に寄られるのは好きじゃないのでいてみてもいつの間にか発見される。

 まるで犬みたいだと思った。

 しばらくするといちいち反応するのも面倒くさくなって、放置した。

 それでもどこか楽しそうについてきた。


 とある事件を解決したときに尊敬と興味の目で見られた。


「あなた、探偵なんだ!初めて見た。すごいね!」


 顔を輝かせてそう言ってくる。

 ふうん、そうと気のない返事をした。



 つきまとってこないときはよく子どもの相手をしていた。

 子どもと同列かと思ったが興味がそっちに向いているならわざわざ話さなくていい。

 束の間の静かな日々をおくっていると久しぶりに顔を合わせた時、なんで最近会ってくれないのと膨れられた。

 つきまとっているのはそっちだろうに。

 バイトで忙しかったんだろ、と言うと知ってたんだと微笑まれた。

 カマをかけるのをやめろ。



「将来の夢は教師なんだ」


 教育学部に通っているからまあそうなんじゃないかと思っていたが。

 子どもなんてうるさいだけだろ、というと少し呆れた声で言った。


「本当に正直だね。でも、うるさいほうが元気でいいでしょ」


 そう言って快活に笑っていた。

 実習で知り合ったらしい子どもがこちらを指差して言う。


「ねえ、そっちの白髪の人ってお姉ちゃんなの?」


 頭に本を振り下ろしそうになったところをまあまあ、となだめられた。



 ある事件に手こずって体を壊し、しばらく大学に通わず療養してから戻ると強ばった顔で詰め寄られた。


「知らない間に退学しちゃったのかと思ったよ」と憤慨ふんがいした顔で言う。


「折角友だちになれたのに、何も告げずにいなくなるなんてひどい」

「人間の友人なんていらない」


 そう言って背を向けるとしばらく呆然とこちらを見ているのが雰囲気で伝わってきた。

 これでいい。

 関わるのが間違っているんだ。



 甘かった。

 そう思い知ったのが、白いコートを着て大学図書館に現れたときだ。

 話してくれないならここで大声を出すと脅す口調で言われた。

 面倒を起こして出禁にでもされたら困る。

 勉学の資料を探すところとしても時間をつぶす場所としても図書館は生命線なのだ。

 内心舌打ちをしながら連れ立って外に出る。




 そして、いきなり助手になる宣言をされた。


「募集していない」


 そう言うと胸をそらして言った。


「ホームズにはワトソンくんでしょ。絶対役に立つし、あなたのこと助けてみせる」


 そう言って譲らなかった。

 勝手にしてくれ、というと勝手にすると言って微笑んでいた。

 それからいくつかの事件をともに解決した。

 だけど、人間と鬼がいっしょにいるべきではなかったのだ。

 当たり前のことだったのに。


 ある事件のとき、忽然と姿を消した。

 後には血で真っ赤になったもともとは白だったコートを残して。


 それは、昔のこと。

 赤い色が頭に滲んで、いつまで経っても消えない。



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