呼※3
集会場は広い屋外だった。
予想以上の人間がわらわらと集まっている。
ざっと見ただけでも百人以上はいるのではないか。
ざわざわと信者とやらは自由に語らっていた。
隅の方でそれを見つめる。
悪夢のような光景だった。
最悪なのは俺にしかそれが視えていないということだ。
信者が全員赤い靄に包まれているように視える。
この土地に入った途端だ。
死の前兆が視える。
チラリと横に目を向けると
赤い靄越しではなく、普段通りに視える。
よかったと
こんな体質を持って普通に生きられるわけがないというのに。
「……まだ視えるかい?」
西園寺がそう聞いてきた。
頷いてみせると平坦な声で言う。
「実に便利な目だね」
「ええ。本当に、今すぐ潰したいくらいです」
つい言葉が刺々しくなってしまう。
ハッと西園寺は嗤った。
「勿体ない」
西園寺は俺の担いだリュックサックから何かを取り出す。
「自分じゃ能力を制御できないというのは面倒だね。お前の精神が保たなさそうだからせめて視えにくくしてみるか」
囁くように言った。
「目を閉じて」
俺は大人しく目を閉じる。
「いいよ」
視界が一変していた。
色つきのサングラスをかけたようだ。
「どうだい」
層を挟むことで視界が少し遠くなって視える。
あくまで心持ちだが。
「視えにくくなりました」
そう言ってからあれ?と思う。
本当に赤い靄が薄らいで視える。
「脳を
人差し指で西園寺は頭を突いてみせた。
その時わっと歓声がした。
なんだ、と思っていると広場の中央に白い衣装に身を包んだ女性が出てきた。
神秘的だ。
長い布の和装に鼻から口元までを白い布で覆って、化粧で目元を目立たせている。
顔の大半が見えないため年齢不詳だが、肌の感じから見ると若くはないが老人というほど歳でもないだろう。
「ヨブメ様」
「ヨブメ様だ」
「ああ、ありがたや……」
そう言って拝みはじめるものまでいる。
異様な空間だった。
ここでは自分たちが部外者なことを忘れて雰囲気に飲み込まれそうになる。
「あれがヨブメ様とやらだ」
西園寺は小声で言う。
「何でもいなくなった人間を呼び出すらしい。呼び出すのは子ども限定のようだけど」
俺は混乱した。
「つまり探し人専門の人に、人探しを依頼しにきたというわけ……じゃないですよね」
自分で言っていても訳がわからなくなってきた。
「依頼するんじゃなくてあくまで観察するだけだ。あたりには見当たらないが依頼人の妻と娘はおそらくここにいるんだからね。まあ、どんなものを見せてくれるか愉しもうじゃないか」
うっすらと嗤っている。
一人の女性が前に出た。
どことなく疲れた感じの中年の女だ。
ヨブメに泣きつくように言った。
「この日がくるのをずっと待っていました。ヨブメ様、どうかよろしくお願いします」
ヨブメは女の額に手をかざした。
「案ずることはない。どうか楽にして」
川のせせらぎのような滑らかでいて深い声だ。
「ここに結界を」
ヨブメがそう言うと四人の男たちがそれぞれ一枚ずつ白いパネルのようなものを持ってきた。
なんだ?
パネルを立て、四角い枠の空間を作る。
大人一人が隠れるような高さだ。
「ここにあなたの子どもを呼び戻します。祈ってください」
女は必死に手を合わせる。
ヨブメが舞いはじめた。
日本舞踊に似た動きで左右に激しく動きながら呟く。
「もどれ、もどれ。もときたところにもどれ……」
ドン、とどこかで太鼓の音がなった。
なんだ、と信者たちがあたりを見渡す。
俺も周りに目をやって、眼鏡をかけた黒スーツの男の姿を見つけた。
ヨブメの横に泰然と控えている。
「かえったぞ!」
ヨブメが叫んだ。
あたりがシンと静まり返る。
「結界を開けろ」
そう言うと一枚のパネルが扉のように開いた。
おお、と声があがる。
誰もいなかったその場に一人の男の子が立っていた。
不安そうにあたりを見渡している。
「マサちゃん!」
先ほどの祈っていた女が男の子に駆け寄った。
「ママ」
二人は互いに手を回して抱きつく。
なんだ。どうやったんだ。
俺は混乱したが、西園寺は涼しい顔をしていた。
「皆さまヨブメ様に拍手を」
眼鏡の黒スーツの男がそう言うとあちこちで拍手が起こる。
熱狂しているのが伝わってきた。
なぜか、俺はそれに感動より軽い違和感と嫌悪感を覚える。
「ヨブメ様」
西園寺が一歩前に出た。
俺はぎょっとする。
「僕の探し人も呼んでくれないかい」
眼鏡をかけた黒スーツの男が目に見えて不機嫌そうな、困惑した表情になる。
「困りますねえ。奇跡を待っている人は沢山いるので順番というものがあるのですよ」
「奇跡、ね」
西園寺はフンと鼻を鳴らした。
挑発的に言う。
「引き受けてもらえるのかな?出来ないならいまのうちに言ったほうがいい」
「ヨブメ様に不可能はありません。しかし、今日は一人呼び戻したことで疲れています。お引き取りを」
どこか言い訳がましく聞こえなくもない。
その時、凛とした声が響いた。
「よいのです。下がりなさい」
ヨブメが手を振って男を制した。
「見ない顔ですね。折角来てくださったのですからお引き受けしましょう」
あたりがざわめく。
周りの反応を意にも介さず、西園寺は言う。
「受けて立つということだね」
「ええ。私でよければ、戻して差し上げます。それが貴方の望みなら」
西園寺は懐から畳んだ紙を取り出す。
「呼んでほしい相手の名前が書いてある。よろしく頼むよ」
ヨブメが紙を開き、中身を読む。
なんと書いてあるのかこちらからは見えない。
ヨブメは紙を額に当てて目を閉じる。念じるようにしばらくヨブメは動かなかった。
あたりが静まり返る。
皆が身じろぎもしない中、フッと目を開け静寂をやぶってヨブメは穏やかに言った。
「出来ません」
再びあたりがざわつく。
どういうことだ?
異能を使えないことを認めるのか。
だが、目を細めてヨブメは言った。
「貴方の呼び出したいものを戻すことは出来ません」
「負けを認めるのかい?」
西園寺が言うとゆるゆるとヨブメは首を振った。
「私の専門外ですので」
静かに告げる。
「死者を呼び出すのは」
西園寺が目を見開く。
俺も固まった。
どういうことだ。
「そいつ怪しいぞ!」
「ヨブメ様を試すような真似をするとは!捕まえろ!」
そう言って壮年の男たちが西園寺を取り囲む。両腕を掴まれ押さえ込まれると、手を後ろに拘束されて膝をついた。
「やめてください!」
俺は叫んで人の垣根をかきわける。
「通して!どいてください」
「つれていけ」
無情にも眼鏡の黒スーツの男がそう言った。
「蔵に入れておけ」
蔵?蔵ってどこだ。
西園寺さんを離せ、と
しかし俯いたその顔を見て俺はその必要はないのだとわかった。
口角が上がっている。
嗤っているのだ。こんな現状でも。
捕まったのも計画のうちということか?
「おい、その男も仲間みたいだぞ」
「連れていけ」
わざと俺は抵抗するよう身じろぎをしたが、観念したふりをしてよろよろとついて行った。
心の中で言う。
これでいいんですよね、西園寺さん。
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