4.呼
呼※1
見渡す限り森だった。
どこからか鳥や虫の鳴き声が聞こえてくる。
そんな山道を配達車の荷台でガタガタ揺られながら進んで行く。
運転手の
「
車が急に横に揺れる。
「やー危ない。お二人さん大丈夫?」
どうやら飛び出してきた動物を避けたようだ。
「大丈夫です」
「……」
西園寺は黙って足を組んだままずっと目をつぶっている。
いつもの黒いインバネスコートに高級そうなブーツのままビールの台に座っている姿はシュールだ。
寝ているわけではないようだ。
その証拠に呟く。
「疲れた」
既にか。
俺は苦笑するしかない。
依頼人に指定されたのは青が基調のお洒落な喫茶店だった。
普段こんな店は利用しないので肩身が狭い気がする。喫茶店に行くこと自体あまりというか全然機会がないのだが。
俺の隣には西園寺が足を組んで座り、西園寺の真向かいになる形で今回の依頼人が座っている。
どこにでもいそうな、中年の男だ。
意気消沈しているのか、背を丸め顔は俯きがちだ。
無理もないだろう。
今回の調査は家族の失踪事件なのだ。
「
そう言って頭を下げる。
「よろしくお願いします」
「手紙で既に知っているだろうけど、僕は西園寺君明。こっちは……助手の日暮」
今、助手って言う前に少し間があったのはなんでだ。
「妻と娘の失踪事件だと依頼状にはあったけど、詳しい内容を教えてもらえるかな」
「はい。一週間前に妻と娘が、家に帰ってくるといなかったんです。残業をしたので帰ってきたのは夜中で、そんな時間にいないなんておかしいとその時に気づくべきでした」
額に手を置いてため息をつく。
「携帯にかけても留守電で、コンビニにでも行ってるのかと思ったんですが。その日は疲れていてそのまま眠ってしまって……。朝になっても姿がないので警察に捜索願いを出しました」
くたびれた鞄から一枚の写真を取り出す。
「妻の
どことなく顔が似ている。
二人とも大きな目が印象的な整った顔をしていた。
浩美が三十代ほどで娘がまだ小学校に入る前くらいだろうか。
「娘さんおいくつなんですか?」
「六歳です。もうじきに小学生になります」
強張っていた依頼人の顔がその時だけ少し緩んだ。娘さんが可愛いんだなと思う。
「行き先に心当たりは?」
「それをお話したくて」
合田篤は一枚のチラシのようなものを取り出した。
「ヨブメ様のご威光をあなたにも……?」
ヨブメ様?ってなんだ。
一目でインチキ宗教くさいなということはわかったが。
「これは?」
西園寺が聞く。
「妻と娘が失踪してからしばらくして届いたものです。新興宗教のようで私も入信しないかという文句と……。妻の手紙が入っていました。一言『心配しないで』とだけ書いてありました」
「行ってみたのかい?」
「書いてある住所に行ってみました。入信はしないが妻に会わせてくれと言っても信者以外は入れないの一点張りで。警察にも相談しましたが、連中の扱いに手を焼いているようでまともに取り合ってくれなくて」
血管が浮き出るほど合田篤は手を握る。
「結局、妻と娘が自然に帰ってくるまで待てと言われました。居場所がわかっているなら本人たちの意思でそこにいるかもしれないから無理に連れ出すことは出来ないと」
「本人たちの意思だという可能性は考えなかったのかい?」
「そんなわけはないです」
怒りのためか、合田篤はぶるぶると体を震わせる。
「いなくなる日まで妻はこの怪しい団体の話なんて一切したことはありませんでした。結婚する前もそんな話したこともありませんし、結婚してからも宗教になんてハマったことはありません。娘と二人で
「警察も手を出さないから僕らに調べろと」
「ええ」
「成程」
チラシを持ち上げて西園寺は隅から隅までじっくりと見る。
表情は変わっていないがわかる。
これは興味を持ちはじめている感触だ。
「お引き受けしていただけますか?」
手を組んで祈るように合田篤は言う。
「事件の依頼内容は妻と娘が帰ってくればそれでいい、ということでいいかな?」
「はい」
合田篤は激しく頷く。
「……いいだろう。承ったよ」
西園寺は立ち上がる。
「進展があったら依頼状の連絡先に知らせる。行くよ」
淡白にそう言って、西園寺は俺を呼ぶ。
捜査開始だ。
そこまではとんとん拍子だったが、壁にぶつかった。
宗教団体の拠点までの移動手段がないのだ。
拠点は秘境と言ってもいいような山奥の村だ。
地図にも開けた地面のような位置しか記されていない。
まず、俺と西園寺は運転免許を持っていない。
依頼人の合田篤も騒いだことで出禁になっていて、敷地にも入れないようだ。
調べてみるとそこは山の奥すぎて公共交通機関で行くこともできない。
タクシー会社に連絡してみたが断られた。どうやら業界内で宗教についてよくない噂が出回っていて誰も近づきたがらないようだ。
困った。
「何かないですかね……」
思いつく限りの案を絞り尽くした俺は一人で途方に暮れる。
一方、西園寺は落ち着いたものだった。
いつものようにソファに座るとまた何かの本を開いている。
「西園寺さん、真面目に考えています?」
「考える必要はない」
西園寺は本を閉じた。
「移動手段はあちらからやって来るよ」
は?と俺は首をひねる。
あっちってどっちだ?
その時、玄関のチャイムの音が鳴った。
珍しく西園寺自ら玄関に出て行く。
初めて見たかもしれない。
「どおもー、お届け物です。あら?西園寺さん久しぶり!助手くんはどうしたの?昼寝中?」
なんだか烏丸のテンションが高い。
「烏丸」
西園寺が言う。
「次の宅配の行き先は?」
「え?隣の県だけど」
「……行き先変更だね」
くるりと踵を返す。
「
「はい!」
そういうことか、と思う。
「え?なになに」
一人状況を飲み込めていない烏丸が俺と西園寺を交互に見ている。
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