閑話《三》

 ベンチに座ってぼんやりしている西園寺さいおんじに向かって言った。


「アイス買ってきました!」


 街に行って買い物をしてから帰る、と西園寺が言うのでその前に寄りたいところがあると言ってコンビニに行ってきた。

 西園寺はいつも以上に気怠そうに見える。

 わかっている。

 美鳥みどりと赤いコートの人物。

 あれは西園寺の過去に何かの因縁があるのだろう。

 見せないようにしてるのかもしれないが、なんとなく言葉の端に紛れこむ苛立ちや動揺を感じてしまうのだ。

 重い雰囲気というか、西園寺が……こう言うと人並みに聞こえるかもしれないが何かが引っかかっているらしいこと。

 疲れて見えた。

 だから、なんとかしようとない頭を振り絞って。

 夏はアイスだ、と思った。

 コンビニにも行けなかったのでちょうど食べたかったというのもあるが、夏だし冷たいものを食べれば気分転換にもなるだろうと思って。

 無表情で少し固まって、呆れ顔になると西園寺は言った。


「僕はいらない」

「えええ」


 ほぼ拒否されるとは思ってたけどここは食い下がろう。


「三つも買ってきたんですよ!絶対お腹壊しちゃうので西園寺さんも食べてください」

「甘いものは好きじゃないんだ」

「じゃ、これどうぞ」

「……冷凍れいとう蜜柑みかん?」

「蜜柑の形のカップです。中にシャーベットが入っています」


 アイス用の木のスプーンを差し出す。


「あっさりしてますし、それなら大丈夫だと思います」


 無理矢理にでも手に押しつける。


「早く食べて買い物して帰りましょう?」

「……はぁ」


 盛大なため息を吐いて、渋々という表情ながらもカップを開けた。

 よし、押し勝ちしたぞ。


「……代金は払わないからね」

「それは必要経費ってことで」

「……」

「冗談です!ちゃんと俺の金から出します!」


 こんな時でも目力が強い。

 時間が惜しいのか歩きながら食べはじめた。

 俺も後ろについて行きながらソフトクリームを舐める。

 もうすぐ、夜になる。

 暗がりの中でさえ西園寺の白髪は薄く光をまとっているようだけどその姿は曖昧で。

 夜の黒の中で溶けてしまいそうだと思った。



 翌日。

 結論から言うと、西園寺は数口しかアイスを食べず残りは俺が食うことになったわけだが今のところ体調に変化はない。

 それよりもーー。

 西園寺は戻ってきてから、またソファに寝転ぶ生活だったが見ていて気になることがある。


 ひたすら本を読んで、珈琲コーヒーを飲みまくっているのだ。

 その量が尋常ではない。

 珈琲。珈琲。珈琲。

 珈琲をガブガブ飲む。

 上品な仕草だが細い体のどこに入っていくのかというくらいだ。

 見ているこっちの胃が痛くなりそうだ。

 なくなるとその度に立ち上がった。

 そして、コーヒー豆をくところからはじめて所作だけは丁寧に淹れるとまた定位置に戻る。

 そんなこんなでコーヒー豆がなくなった。


「西園寺さん、そろそろやめたらどうですか……?」


 言ってみるが聞く耳を持たない。


「やめるって、なにを?」


 袋を破くのに失敗したのか、棚の奥から取り出した最後の一袋のコーヒー豆がバラバラと床に散らばった。


「掃除します」  


 どうせ片付けはしないだろうから、這いつくばって集めはじめる。

 西園寺は無言でおそらく客用のインスタント珈琲を出す。

 まだ飲むつもりか。

 カフェインの取りすぎな気がするがどこかぼんやりしている。

 ケトルでお湯を沸かすと、危なっかしい手つきでお湯を注ぎ込もうとする。

 手が滑って古い金属製のその蓋がグラリとはずれるのを見て、思わず叫んでいた。


「危ない!」



 ハツさん、と大声で呼ぶとしばらくの間の後に出てきてくれた。

 救急箱から包帯を取り出す。

 その間ずっと冷水を西園寺の手に当てていた。

 元からそうなのか浸す前から冷たい手だった。

 ただれている。

 皮膚が白いせいで余計に赤く目立って見えるその手を険しい顔で見つめた。

 なんとか手を取って、ソファに座らせる。

 ハツがてきぱきと手当てをしてくれた。


「……痛くないですか?」

「……このくらいなんともない」


 囁くような小さな声で。


「大げさだ」 


 このところいつも以上に塞ぎがちだ。

 構われるのが嫌なのか手を振って追い払われた。

 うろうろと落ち着きなく部屋を歩き回っていると舌打ちをしそうな顔で言われた。


五月蝿うるさいよ」


 なにも話してないんだが。


「……はい」


 いったん立ち止まると壁にもたれかかって両手を組んだ。

 棚に置いてある本が目に入る。

『押絵と旅する男』。

 結局持って帰ってきたのか。

 その時、ひらめいた。

 そうだ。


「旅!旅行しましょう!」


 西音寺が眉を歪める。

 聞こえなかったかのように、机から本を取った。


「……下がっていいよ」


 ハツにそう言うと黙ってお辞儀をして出ていった。


「旅行しましょう!気分転換になりますよ」

「……」

「日帰りでも……」


 片腕を掴まれた。

 つかつかと歩いていくと部屋から閉め出される。


「あのー。西園寺さん」


 ガン、と扉を蹴る音が聞こえた。

 入ってくるなの合図だろう。


「……悪くないと思ったんだけどな」


 湯治とうじとか言うし。

 さすがに温泉は無理かもしれないけれど、家にいては頭がぐるぐるするばかりだと思う。

 その時、タイミングよくチャイムの音が鳴った。

 お、と玄関を開ける。


「どおもー。お届けものです」


 黒の配達服に眼帯の烏丸からすまが段ボールを持って外に立っていた。

 今日も変わった格好だ。妙に似合っているが。


「ありがとうございます。うわっ重い」


 今日の荷物はずっしりしている。

 品名は……トマト缶?

 これ全部だろうか?

 トマト祭りでもするのか?


「それと、ほい」


 段ボールの上に白封筒を置いた。


「なんですか、これ?」

「依頼状だよ」


 ニヤリと笑う。


「届いてたからついでに持ってきた。西園寺さんに渡しておいて」

「はい、ありがとうございます」


 俺は急いで中に入る。 


「西園寺さん!新しい依頼です」


 仕事中毒な西園寺のことだ。

 これで外に出る気になるだろう。

 げんに、ゆっくりだがソファから起き上がる。


「こういうの渡りに……なんでしたっけ」

阿呆鳥あほうどり

「たぶん違うと思います」


 話がうますぎると思うべきだった。

 この時点で気づくべきだったのだ。

 次の事件が西園寺を呼んでいると、ただ浮かれていた。


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