実※6
図書館に避難した。
正確には図書室なのかもしれないが、二階から四階まで本が置いてあるそうなのでもはや館でいいだろう。
閲覧席で見慣れている黒コートの姿をみつける。
「ずいぶん長かったね」
「西園寺さん……。なぜここにいるか聞いても」
「トイレから出てきたところで声をかけようと思っていたんだけどあまりにも遅いからね」
なるほど。
閲覧席の前はガラス張りになっている。ここからなら一階の食堂脇のトイレも見られるということか。
だからといって待つのを諦めて読書にふけらないでくださいと言いたい。
何を読んでいるのかと見ると表紙にタイトルが書いてあった。
『
「……思った通りここは昔からカトリック系の学園だったようだ。近年はそれも形骸化しているけどね」
ひとりごとのようにそう呟く。
「……そういえば西園寺さん」
男の人が探していましたよ、と言おうとして。
「あっ、
そう言って西園寺の前のテーブルにドサドサと本を積み上げる。
「えーとそれは……」
「西園寺さんの指示で学園に関係ありそうな本片っ端から集めてきました!いやー骨が折れましたよ」
やれやれと首を振るがなんだか嬉しそうだ。
「なにか有力な手がかりは掴めましたか?」
「そうだね……。なかなか面白いよ」
たぶん事件じゃなくて本がだろう。
「一つ頼んでいいかい」
「はい!なんでしょう」
跳び上がらんばかりに益子少年は頷く。
フリスビーを投げられるのを待っている子犬みたいだなと思った。
西園寺はノートの切れ端のようなものに本の題名を書き込んだ。
「追加でこの本も持ってきてくれるかい」
「はい!かしこまりました!」
元気よく紙を受け取って益子少年は本棚の間に消えていった。
西園寺は持っていた本を閉じる。
益子少年が助手みたいだなと思う。
チラリと俺を見上げて西園寺は言った。
「立っていると疲れるだろ。座ったらどうだい」
鳥肌が立つかと思った。
気づかいという言葉がこの人にもあったのか。
ということが頭をかすめたが、勘違いだということがすぐにわかった。
「早く」
膝を蹴り上げられる。
またか。
まあそうではないかと思っていたけれど。
「もしかして、わざと益子くんを追い払ったんですか」
「まあね」
平坦な声で言う。
この人のやることには大体において意味があるのだということがようやくわかってきた。
「この学園で流行っている首吊り事件の話がこれに似ていると思ってね」
西園寺が取り出したのは古びた本だった。
めくるページを見ていると見たことがあるものから知らないものまでさまざまな妖怪が載っていた。
なんだ?妖怪図鑑?
ページを繰る手が止まる。おどろおどろしい長い髪を振り乱した凶悪な形相の妖怪が墨絵で描いてあった。
「
「いき?」
「
西園寺が本に目を伏せる。
「文字通り人に首を
「たしかに……」
理由もないのに首を吊ろうとする少女たち。
用務員は、その影に捕まったのだろうか。
覆いかぶさってくる影。
その手が首に回って、気づいたら紐が締まっている。
考えるだけで背筋が寒くなる。
「それ本当にいるんでしょうか」
思わず俺は呟いていた。
西園寺の目が妖しく光った気がする。
その目の光に吸い寄せられる前に、西園寺はフッと目を閉じた。
「まあただの理解できない死を解釈するための伝承として片付けることもできるね。少なくとも僕は見たことがない」
西園寺さんも自分は鬼なのだと言っていた。
見たことがないと言ってくれてよかったと思っている自分がいる。
「西園寺さん見つけましたー!こちらでよろしいでしょうか?」
益子少年が本を持ってきた。
うっすら汗をかいているところを見ると遠い本棚を指定したのだろうか。
ご愁傷様、と思う。
「あ、そういえば先生が通りがかって今日泊まるときには宿直室を利用してほしいと言われました。後でご案内しますね」
そう言ってご機嫌そうに笑う。
泊まる?誰が?
チラリと西園寺は俺を見た。
「言ってなかったかい?今夜は学園に泊まっていくよ」
「はい?」
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