実※3
「はい。ありがとうございました」
俺がなんとかメモを取り終えて手帳と万年筆をしまうと
「学園を案内させます。私はこの後少し用事がありますのでここまでで」
いつの間にか講堂の入り口に少年が立っていた。
背が小さく細身の一見男子か女子かわからないような見た目だ。
男子制服を着ているし、近づけば男子だとわかるが。
「案内する高等部一年の
「
握手を求めてか手を差し出してきたので俺は握った。
「は、はじめまして」
少年は俺の横を擦り抜ける。
「こちらが
西園寺にも手を差し出すが見事にスルーされていた。
「では、益子頼みましたよ。あまりうるさくしないように」
「はーい、了解しました」
それにしてもこの子はテンションが高い。
「では、ご案内します。着いてきてください」
そう言って軽やかに歩き出す。
「学校は四階建てで中央館、東館、西館に分かれています。中央館は職員室と主に学習用の部屋、美術室や家庭科室や音楽室がありますね。西館一階が三学年、二階が二学年、三階が一学年になっています。東館は一階に食堂、二階に図書室があります。まーあでかい学校なので教室がありすぎてわかりにくいですけどそんな感じですかねえ。ここまでついてきてます?」
校舎の周りを歩きながら、益子少年が言う。
早口な上に一回で言われたので俺はついてきていない。
とりあえず、教室が膨大であることはわかった。
「とりあえず、事件に関係がある場所に絞って言ってもらえると助かるんだけど」
西園寺が退屈した猫のような顔をしている。
「首吊り事件ですね。依頼されて調査に来たって聞いてます」
いったいどのように聞いているのか。
そして、さっきからずっと気になっていたのだが益子少年は首から一眼レフカメラをさげている。
「あ、これですか。いやー実は自分新聞部員でして。事件の調査にぜひ同行できたらいいなーと思っていたのでちょうどよかったです」
俺の視線に気づいたのかうきうきという擬音がつきそうな勢いでそう言う。
これはなんというか……。
好奇心の塊というか不謹慎というか。
小さくてもマスコミ感がある子だ。
カメラをのぞきこんで西園寺を撮ろうとしている。
やめたほうがいい、と言う前に西園寺の手がレンズを塞いでいた。
「取材はお断りだよ」
口調は氷点下ほど冷たい。
カメラを粉砕する前に話題を変えねばなるまい。
「あーえっとそういえば」
空々しく俺は言う。
「事件があった裏山ってどんな所なんですか」
なぜか益子少年が目を細めて。
笑んだような気がした。
次の瞬間には表情がもとに戻っていたので俺の見間違いかもしれないと思ったが、なにか不吉なものを感じずにはいられなかった。
「行ってみればわかりますが昼間でも暗いんですよ。近づく人はめったにいませんね、夜は特に」
悪戯っぽく目を輝かせて言った。
「おばけが出そうなので」
学校と隣り合うように裏山はある、というか学校が裏山に寄り添う形で建てられているというべきか。
傾斜があって俺は疲れながらもなんとか歩いていたが、西園寺はブーツなのに器用に上がっていき益子少年もまったく疲れを感じさせない。
「
「えーっとアレですね、アレ。印がつけてあるって言ってました」
確かに黄色いテープのようなものが巻かれている。
これは事件現場とかでよく見るものではないか。
大きく、さわるなと書いた看板がかけられている。
簡単で迫力のある注意文句だ。
黙って西園寺は木の周りをうろうろと歩いた。
少ししてから気が済んだのか戻ってくる。
「物証として使えそうなものはないね。首吊り騒ぎがあった後、誰かが触ったようだ」
「それは学校をあげての大騒ぎでしたしね。裏山も最初は封鎖しようという声もあがっていたくらいですよ」
「なぜ封鎖しなかったんですか?」
「さあ?」
益子少年は首を傾げた。
「封鎖するまでもなく、生徒は立ち寄る場所でもないですしね。相引きにしてもこんな所じゃロマンもなにもあったものじゃないですよ」
相引きとはえらく古い言い方だなと思った。
たしかにロマンもなにもあったものじゃないし、むしろ気が滅入りそうだというのは十分わかる。
「それに別に裏山だけに限った話じゃないでしょ。木なんてどこにでも生えていますし。首を吊りたいと思うだけならどこだって場所はありますよ」
「そういえば二人目は中庭だったね。そこも人目にはつきにくい場所かな」
二人はまるで興味を失ったように山から下りはじめた。
「たしかに他の木に紛れて隠れている場所ですね。それが事件に何か関連があるんですか?」
「今の段階ではなんとも言えないよ」
西園寺は冷たく返す。
「次は用務員が首を吊った現場に案内を頼むよ」
「はい、すぐそこなので着いてきてくださいね」
益子少年はさっさと歩いて行く。
俺はその時目の端にちらりと何かが横切った気がした。
視線を感じたのだ。
誰かが見ている?
違和感のあたりに目を向けると山の反対側に赤いコートを着た人物が立っているのが見えた。
ここからでは遠すぎてコートの色がかろうじてわかるくらいだったがこちらを伺うようにじっと見ている気がした。
「あそこです」
益子少年の声に我にかえり前を向く。
そして、振り返ると目を離したわずかの隙にコートの人物は消えていた。
まるで、最初からそこにいなかったように。
あれは誰だったんだろうか。
たぶん、学校の職員か野次馬だろうと俺は思った。
この時は目の前のことに集中しようとそのことを考えないようにした。
しばらくして忘れた。
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