実※2

「それで」


 西園寺は静かな口調で言った。

 俺は気まずくてうつむいている。 


「話の内容も聞かずに帰ってきたと?」


 足を組み鋭い目で見つめてくる。

 要約すればその通りなんですが。



「詳しくは、私の知り合いーー。立花さんというのですが、その方から聞いていただけると話が早いと思います」


 そう言ってパンフレットを渡した。


「……危ない事件が起きているようなのでくれぐれもお気をつけてください。私もその手の……怪異が絡んだ事件のことを相談できる人がなかなかいなくて」

「朝日さんが心配することはないですよ。西園寺さんは頼りになりますし、仕事ですから」


 眉を下げ、困った顔をしている朝日の肩の荷を少しでもおろしたいと思い俺はそう言った。

 朝日は目を細めて俺を見る。

 俺も朝日を出来るだけ穏やかに見返した。


「お元気で、朝日さん」

「お話できてよかったです。……日暮さんもお元気で」



 机に置いたパンフレットを取り上げると、西園寺は言った。 


私立しりつ叶音かなん学園がくえん


 そうしていきなり立ち上がった。

 俺はわずかに飛び上がる。


「さ、西園寺さん……?」 


 俺に構うことなくつかつかと部屋の壁際に行くと乱雑に積んであった新聞の山を探る。

 地方誌から経済誌、英語やなぜか見たこともない外国語のものまで西園寺はあらゆる新聞をとっていて朝は珈琲コーヒーを飲みながら読んでいることが多い。

 なにか見つけたのか、一面で視線がピタリと止まる。

 文字をわずかに目線で追って。

 フ、とその口元が笑んだ。

 言わずもがなだが、嫌な予感。 


「出かけるよ」


 そう言ってコートの裾を翻らせる。


「えーっと。俺もですか?」


 視線だけで無言の圧力をかけてきた。

 ですよねー。

 西園寺は机の上に新聞を投げ置いた。

 紙面の文字が自然と目に入る。

『叶音学園で連続首吊り事件』

 首吊り。

 その言葉が目から離れない。




「ここだね」

「……ですね」


 そこは中心街から離れた山の麓にあった。

 ちなみに、俺も西園寺も運転免許を持っていないというある意味驚愕のようなそんな気がしていたような事実を知り都合よく出ていた直通のバスに乗ってきた。

 おそらく、学生が登下校時に乗るものだろう。

 田んぼや畑が広がる、どこにでもある日本の田舎。その中で異彩を放つように洋風の建物が立っている。

 中央に時計塔があり、それを取り囲むように校舎が建っている。

 まるでそこだけ外国に来てしまったようなアンバランスな風景。

 事件を知ってしまった今となっては普通の学校ではなく、御伽噺の無邪気でどこか残酷な空気が漂っているような剣と鎧で武装した騎士が出てきそうな雰囲気がある。

 威圧感にあてられているのもあるが、俺は学校が苦手だ。

 入りたくない。

 生理的にそう思ってしまう。

 足の重い俺とは違い、西園寺はさっさと進んでいく。引きずられるように俺も着いていく。

 門に校名が書いてある。

『私立 叶音かなん学園がくえん

 今回の舞台はその高等部だ。



 学校にはいい思い出がない。

 俺は生まれつきの異能のせいで特にそうだといえるかもしれない。

 でもそんなものがなくたって、俺はうまくやれていた自信がない。

 学生にとって、学校というのは牢獄であり小さな社会だ。

 うまく生きていけなかった。

 ただひたすらに過ぎていく日常にしがみついて、止まらないように転ばないように転げ落ちないように。

 息をこらして、ただ存在していた。


「指定された講堂はあれだね」


 西園寺の言葉で我にかえる。


「歩くのが遅いと置いていくよ」

「……すみません」


 無言。

 俺はふと言った。


「……西園寺さんは、学校に通ったことなんてないんでしょうね」


 前方から首を折り曲げて俺を見ると、ぽつりと言った。 


「あるよ」

「あるんですか!」

「そんなに驚くようなことかい?」


 淡々と言うが俺は混乱しっぱなしだった。

 西園寺さんの学生時代?

 全然想像できない。

 ていうかこの人いくつなんだ?

 そもそも顔が日本人ばなれしていてどちらかというと西洋よりな気もするんだが、何人なんだろう。

 何人っていうかそもそも人じゃないけど。

 頭の中でいくつも考えが浮かんで消えて。


「中に入るよ」


 そんな言葉で思考は途切れた。


「わあ……」


 一歩中に入ると思わず感嘆してしまう。

 西洋式の講堂はテレビで見たことがある教会の中のようだった。

 等間隔に並べられた木の長椅子、色鮮やかなステンドグラスから漏れる光は淡く、どこか幻想的で思わず背筋が伸びる厳かな空気が流れているように感じる。

 正面にある祭壇のようなものに蝋燭の火が揺れている。

 どこからか甘いような香のにおいがした。

 祭壇の正面に女の子が立っている。


「お待ちしていました。西園寺さんと……日暮さんですね」


 低く落ち着いた声。

 黒ぶちの眼鏡をかけ、制服をきっちり着こなしスカートは膝丈のどこか潔癖そうな雰囲気。

 低い位置で髪を二つに分けて縛っている。

 クラスの委員長とかが似合いそうだ。


「はじめまして。立花たちばなじゅんです」 


 姿勢よく立花さんはお辞儀する。


「それで……。どちらが」

「僕が探偵の西園寺さいおんじ君明きみあき。こっちが助手の日暮ひぐれだ」

「は、はじめまして」


 一応俺も頭を下げておく。

 立花さんは頷いた。


「いきなりで申し訳ありませんが、西園寺さん。ここまで来てもらったのは他でもありません」


 真っ直ぐにこちらを見て告げる。


「この学園で起きている連続首吊り事件の犯人をみつけて、事件を止めてほしい。それが依頼です」

「事件のことは五日前に新聞に載っていたね。首吊り殺人未遂事件ということで認識はあっているかい?」

「いえ」


 即座に首を振った。


「未遂、ではなくなりました。とうとう昨日、死者が出ました」


 絶句する。

 死んだ? 


「生徒が、ですか?」

「いえ。学校に勤めていた職員です」

「それは急展開だね」


 顎に手を当てて、西園寺は軽く言った。

 俺は思わず抑揚のない声で言う。


「それだけですか?」

「なにが」

「人が死んだんですよ。それもこんな……」


 こんな子どもが多く通っている場所で。 

 何を今更、と西園寺は言った。


「人なんてどこでも死んでいるよ。今はそんなことより事件だ」


 そんなこと。

 そんなことで西園寺は片付けてしまうのか。

 西園寺は立花に言う。 


「事件の詳細を話してくれるかい」

「私の知る範囲のことですが」

「それで構わないよ」

「はい。……はじまりは一週間前。一年生の日野ひの糸依いよりさんがロープを首にかけて、裏山の木で首を吊ろうとしていたところを用務員に止められました」 

「理由についてはなんと言っている?」

「それが……自分でも覚えていないと」

「覚えていない?」


 俺はそこで聞き返してしまった。 


「はい。糸依さんは成績優秀で学校生活にも困っている様子はありませんでした。だからこそ余計に……誰もが疑問に思ったんですが、彼女は何も語りませんでした」

「彼女は今この学園に?」

「最初は親元に帰る話も出ていたのですが、両親は海外出張が多く今も家を空けています。彼女は寮生活をしているので教員の注意のもと学校生活を普段通りに続けることになりました。今は落ち着いています」


 ひとまずホッとするが話はここで終わらない。

 事件はまだ続くのだ。 


「それから二日後の五日前、今度は三年生の坂上さかがみ樹里じゅりさんが中庭の木で自殺未遂……同じく首を吊ろうとしていました。運よく、本人には運悪くかもしれませんが体重がかかった時点でロープが切れて落下し、木の下で泣いているところを授業に来ないことを不審に思った教員がみつけたそうです」

「そこで、事件が外部に漏れたわけだね。二人被害者が出たことでとうとう隠しきれなかったか」


 どこか愉快そうに西園寺は言う。

 ぴくりと眉を動かしたが何も指摘せず、立花は続けた。


「そして、昨日人が死にました」


 俺はごくりと唾を飲み込む。


「名前は木梨きなし耕作こうさく。学園の用務員です。学園の裏山で首を吊った状態で発見されました」


 立花の顔にはどんな表情も浮かんでいないように見える。

 どんな心境で語っているのか。

 学園は広いからおそらく生徒と職員を合わせただけでも相当の人数がいることだろう。

 その中の一人が死んでも関係ない。

 何も言ってないが、無言でもそんなことが伝わってくる気がした。



 誰も動かなかったがゆらりと火が揺れる。

 まるでこの会話を耳を凝らして聞いている何かの生き物のように。 


「もう聞かれ尽くした質問かもしれないけど一応聞いておこう。本人たちに首を吊る理由はなかったとするなら殺人未遂と殺人だ。犯人に心当たりは?」

「……あったらすでに警察に突き出しています」


 立花は険しい顔をする。


「学園の生徒たちに危険が及ぶことをなんとしても避けたいんです。だから、早急な解決を求めます」

「承ったよ」


 西園寺はちらりと俺を見た。


「今の話を出来るだけ簡潔にわかりやすく、手帳に記録するように」

「はい?」


 だからそういうことは先に言ってください。

 俺は手帳と万年筆を担いでいたリュックサックから取り出す。

 遠足でもないのになぜこんなものを担がせるかと思ったらこんな魂胆があったとは。

 立花も怪訝けげんそうな顔をしている。

 居た堪れない。

 俺は情けない声で言った。


「すみません、最初から復唱してもらってもいいでしょうか?」


 西園寺が呆れたように鼻を鳴らしたのは言うまでもない。


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