3.実

実※1

 奇妙な果実が木に揺れている。

 否、それは実ではない。

 人の首だ。

 ぎい、ぎい。

 ロープが重い音をたてて、風に揺られている。



 風が強い日だった。

 どうやらゴミが入ったようだ。

 地味に目が痛い。

 吹きつける風に目を細める。 


日暮ひぐれさん」


 その時、後ろから声がかかって振り返る。


朝日あさひさん」


 先日の事件で出会った少女、井頭いがしら朝日あさひが立っていた。

 制服ではなく、今どきの学生らしい私服姿だ。


「お久しぶりです」 


 犬神に関する事件から半月が経過していた。

 最初は騒がれた事件も時間が移ろうことにより過去のものになろうとしていた。

 まだ、たった。

 それぐらいの感覚でしか時は流れていないのに世間の関心が移ろいやすいということがひしひしと伝わってくる。


「あ、これ先日いただいた果物のお礼です。よかったらどうぞ」 


 よし、噛まないで言えたぞ。

 そう言ってデパートで買った菓子折りを朝日に渡す。


「気をつかってもらわなくても。……でも、嬉しいです」

「……お引越しするんですよね」 

「はい、今週中には」


 そう言って遠い目をする朝日を俺はただ見つめることしかできない。

 無理もない。

 短い間に、母と妹を失ったのだから。

 それでも普通に振る舞う姿は健気だと思う。


「それで話って?」 


 俺がそうきりだすと、朝日は頷いた。


「見ていただけたんですね」


 果物を全て箱から出し終えた後、底になにかがあるのを発見した(ちなみに俺はスイカをうまく切れず、キッチンに置いておいたところ綺麗に切ってあった。ハツさんすみません)。

 メッセージカードだった。


『お話したいことがあります。来週の○日○時に◎◎駅で会っていただけないでしょうか』 


 この文面だけだと、俺にあてたのか西園寺さいおんじにあてたのかわからない。

 とりあえず、西園寺に話したところあっさりと言われた。


「行っておいで」


 そう言ってなにかを思いついたように手近な戸棚を開けて、中のものを取り出す。

 何も言わずに手招きする。

 動くのが面倒臭いのだろう。

 この偉そうな態度はどうにかならないものか。

 抵抗しても仕方ないので、黙ってソファの前に立つ。

 西園寺がなにかを俺の手首に巻きつけた。


「なんですか、これ」 


 一時期流行った……なんと言ったっけ。

 そう、ミサンガに似た赤い細紐に鈴がつけてある。


「帰るときにそれを三回鳴らせばいい。屋敷の前につながる」 


 そんな便利アイテムがあるならもっと前に渡して欲しかった。


「振ってご覧」


 ためしに手首を動かしてみたが首を傾げた。


「あれ、これ壊れてません?鳴らないんですが」

「だろうね」 


 わかっていてやったのか。


「それにはまじないが施してある。お前に帰る意思がないとき、僕が拒否したときには鳴らない」


 つまり、これは迷子防止であるとともに閉め出し機能もあると。


「西園寺さんは行かないんですか」

「僕は用事があるのでね」 


 用事イコールおそらく読書である。

 サイドテーブルには本がたくさん積んである。

 西園寺は決して読むのが遅いほうではないが、なにしろ本の量が膨大なのである。

 日がな一日ソファの上から動かないことも珍しくはない。

 それで雑用は俺がするわけである。

 貴族なのか。

 さしずめ、俺は召使いか。


「井頭朝日が何の用事かは知らないけどね。終わった事件に興味はない」


 本から視線をそらさずに言う。


「だから、お前が行ってくるといい」


 ニヤリと笑って。


「散歩にも出せず悪いと思っていたところだしね」


 そんな皮肉もつけくわえて。



 俺は犬じゃないですって。

 そういうやり取りがあったのだが、誰もあずかり知らぬことであろう。


「今日はお頼みしたいことがあって。……西園寺さんは、いらっしゃらないんですね」


 絶賛引きこもり中です、とか言って聞こえていたら閉め出されるかもしれないと思ってやめた。

 それくらいやりかねない。


「今日は少し用事があるらしいので」

「では、西園寺さんにもお伝えください。私の知人から、事件の依頼です」


 これは意外な展開だと思った。

 まだ、終わってないようです西園寺さん。




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