閑話《ニ》
事件のあと、
新たなトラブルの元かと思ったが、中に入っていたのはお礼の品物だった。
小玉スイカ。
言葉のまま、小ぶりなスイカである。
どうやら今が旬であるらしい。
小型の犬の頭くらいに思えた。
事件のことを思わず連想してしまったが、考えすぎだろうか。
近況の手紙が入っていた。
朝日は隣県の親戚の家に引っ越すことになったらしい。
朝日と
それは救いだった。
母親のことは不審死として処理されたらしい。
野犬か逃げ出した肉食のペットだかに殺されたと。
世間ではそういうことになっている。
小夜の行方は書いていなかった。
なにやら、隠蔽工作があったようだがたしかにあの状態で社会になじんで生きていくのは難しいだろうと思う。
だが、死んではいないらしい。
どこかに受け皿があるのだろう。
そう思いたい。
人並みに生きていけなくても。
彼女が人であることには変わりないから。
「
「は、はい?」
「……なんだいその間抜けな顔は」
「もともとこんな顔です!あの、スイカ一人で食べようとか思っていないですから!」
スイカ?と西園寺は首を傾げる。
「まあいい。手」
て?
手か。
なにかを手渡そうとしているようなので受け取った。
「……手帳と万年筆?」
洋風の、黒革の手帳と赤い万年筆。
「お前は物覚えが悪いようだから、それにいろいろ書きとめておくといいよ」
もしかして、これは今回の報酬というか苦労賃なのだろうか。
屋敷を出るような用事もないし衣食住苦労しないので、現金はお小遣い程度しかない。
まさか、物でもらえるとは思わなかったが。
「ありがとうございます」
ありがたく、受け取っておく。
「ああ、それとこれ」
机からなにかを持ち上げる。
「万年筆のインク」
何故か、嫌な予感がした。
案の定、小瓶の蓋がグラグラしている。
「西園寺さん!インクの小瓶っ!蓋が開いてますって!」
うるさいというふうに、眉を曲げて西園寺はあろうことかそれを投げてよこした。
なんとかキャッチしたが、インクの半分くらいが服にかかる。
絶対わざとだ……。
「いい模様ができたみたいだね」
どの口が言ってる。
歯を剥いて威嚇しようとしたところ、ドアがカチャリと開く音がした。
小さな足音で中に誰か入ってくる。
人形かと思った。
白い髪に赤い瞳。
この世のものではないような見た目だけで明らかに人外だとわかる。
和洋折衷のメイドドレスのようなものを着た、女の子だった。
背丈から見て中学生くらい。でも、小学生と言っても通るんじゃないだろうか。
前にいきなり立った。
「え、な、なに……」
明らかに挙動不審になると、新しいシャツを渡してくる。
「え、ありがとう」
黙ったまま立って凝視している。
冷たい目が西園寺さんに少し似ている気がしなくもない。
「まさかここで着替えろと」
そのまさかのようで、小さく少女は頷いた。
いい歳した大人が恥じらう必要もあるまい、とパパッとシャツを取り替えた。
取り替えたシャツを受け取ると黙って少女は出て行く。
カチャリと扉が閉まった。
「あ、あの西園寺さん。あの、彼女は」
「ハツ」
短く西園寺は答えた。
いつの間にかその手には本がある。
本から目も上げず言った。
「この屋敷の家事を取り仕切っている」
「え、じゃまさか食事も洗濯も?」
「彼女がやっているね」
なんだか急速に申し訳ない気持ちになった。
「……あの子人間ですか?」
西園寺が悪戯っぽく笑う。
「どちらだと思う?」
ですよね、と思う。
一つわかったことがある。
この屋敷には少なくとも二人ーー、人外が、異人が住んでいるのだ。
思っていたよりもこの世には人と異なる存在が多いのかもしれない。
この短い間にそれだけのことを知ってしまった。
世の中には未だ自分が見聞きもしないことがあるようだ。
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