蓋※3

「助ける、ねえ」


 西園寺は犬を撫でていた姿勢から立ち上がる。


「それは依頼ということでいいかな?」

「え、依頼……?」

「僕は探偵を生業なりわいとしている」


 朝日の顔に戸惑いが広がる。

 俺も西園寺に出会うまで現実に探偵なんて遭遇したことがないから、気持ちはわからないでもない。

 まあ要するに少し胡散うさんくさいだろう。


「……わかりました。お願いします」


 事態はそれほど切迫しているのか、朝日は意を決するように言う。


「よし。引き受けるよ」

「あの……。依頼ってお金とかは」

「それは結果次第かな。君は学生で自由に動かせる金も持っていないようだしね」


 そこは多少常識的なんだな。

 ふんだくるようなまねをしないのだけはよかった。


「結果次第というのは……」

「内容によっては失敗するかもしれないだろう」


 彼女のかわりに俺が聞くと西園寺は淡々と言った。


「それで、状況は?」

「……この家に誰か、もう一人いる気がするんです」


 俺は思わず言っていた。


「それって幽霊……」


 膝に蹴りをくらう。


「すみません……」

「口を挟むんじゃない。続けて」


 俺と西園寺の様子を交互に見てたが、頷いて朝日は続ける。


「物音がするんです。家には母と私しかいないはずなんですけど、どこからかコトコトと音がしたり何かを引きずる音がしたり」


 まさに怪談話ではないか。

 蹴ってきたとうの本人を恨めしい目で見る。

 涼しい顔で無視された。


「音だけかい?実際に姿を見たことは?」

「……一度、庭を何かが走っていくのが見えたようなことがありました。その時はアサと見間違えたのかと思ったんですけど」

「犬と人を見間違えたのかい?」

「暗い夜で、影のようなものしか見えなかったので」


 朝日は申し訳なさそうに視線を落とす。


「すみません。こんなことじゃなんの手がかりにもなりませんよね」

「……不意に見える人影か」


 西園寺はぼそりと呟いた。

 その横顔を見て、俺はおやと思った。

 西園寺が珍しく表情を引き締めて真面目に思案しているように見えたのだ。

 その時、またバウバウと声がした。


「なに、アサ。今日は落ち着きがないね」


 アサは家の裏のほうに走っていった。


「コラ……!あの、すみません」

「いえいえ。知らない人がいるから怖がっているのかもしれないですね」


 俺はフォローに回る。


「家には母と私しかいないから心細くて。母に、何か危ないことをされたら怖いですし」 


 お母さん思いのいい娘さんなんだなと思う。


「ちょっと見てきますね」


 そう言ってアサを追って朝日も家の裏に駆け足で行った。


「どう思いますか、西園寺さん」

「どうも思わないよ」


 冷たくそう返される。

 いつものことだけど。


「現時点ではわかることはないね」


 そう言ってザクザクと西園寺も家の裏に回って行く。

 勝手に行ってもいいのだろうか、と思うけれどここにとどまっていてもしょうがない。

 俺も黙ってついていく。

 裏に出ると、そこは小さいながらも整った庭だった。

 木が青々と茂り、素人の俺が見ても手入れされているのがわかる。

 朝日が、アサの横あたりでしゃがみこんでいた。

 俺はどうしたんだろう、と思い声をかける。


「朝日さん。具合でも悪い……」


 言いかけて、止まった。

 周りには土が散乱している。

 アサが何かを掘り返したようだ。

 中に箱が埋まっていた。

 木の箱で何かの呪文のようなものがびっしり書きこまれている。

 一目見ただけで不気味だ。


「なにこれ……」


 朝日もそんなものが埋まっていたとは知らなかったようで、箱から目を離さない。


「どいてくれるかい」


 西園寺は白いハンカチを取り出して、箱に直接触らないように蓋を開いた。

 うっ、と思わず俺は顔をしかめる。

 朝日も衝撃を受けた顔で口に手を当てた。

 中にはみっしりと動物の骨が詰まっていた。

 ドロドロした褐色と灰が混ざったような液もこびりついている。


「これはこれは」


 西園寺だけがそれを平然と見下ろしていた。



 ひどい悪臭がする。

 密閉されていた箱から中の空気が解き放たれたせいだろう。


「まさに臭いものには蓋をしろ、だね」


 そう言って手近な地面に落ちていた枝を拾ってくると西園寺は中をかき混ぜはじめた。


「ちょっと、西園寺さん……」


 止めようかと思ったが、それが正しいのかもわからなくて俺は結局様子を見ていることにした。

 ふん、と西園寺は鼻を鳴らす。


「これは蠱毒こどくだね」

「蠱毒……?ですか」


 朝日は何のことかわからないように首を傾げた。

 西園寺を見てついで俺を見る。

 いや、俺は何も知りません。


「蠱毒というのは古来から伝わる呪法でね。箱の中に毒虫や獣を閉じ込めて飢えさせ渇かせ互いを喰い殺し合わせるのさ」


 骨の乾いた音がカラカラと鳴った。


「見たところここには数種類の獣が入っていたようだね。殺し合いを勝ち残っていったものが毒、つまり呪う力を強めていって最後の一匹が術をかけられた対象者を呪い殺すのに使われる」

「呪い殺すって……」


 俺は息を飲む。


「つまり、私と母さんは誰かに呪われていたってことですか……?」

「どちらか、あるいは両方がね。だけど……」


 何かがに落ちないように、西園寺は箱の中を見つめた。


「一つ肝心なものが見当たらない」

「なんですか」

「コレだよ」


 西園寺は比較的大きな獣の骨を枝を使って器用にぶら下げた。

 その骨は首から上がない。

 異様な欠落にゾッとした。


「もしかしたら、これは……」


 西園寺が呟いた時、草むらが動いた気がした。


「……だれ……!」


 朝日も気づいたのか、草むらに目をやった。

 誰かが黙って俺たちの様子を見ていた気配に今まで気づかなかったことに焦った。


「西園寺さん、朝日さん下がっていてください」


 怖いが、俺より体格的に劣る朝日さんと主人であり上司である西園寺さんの盾になろうと俺は前に出る。

 がさりと草むらが再度大きく揺れた。

 人影がそこから出てくる。


「え……っ……」


 俺は息を飲む。

 背後の二人も無言だった。

 そこには朝日さんに瓜二つの少女がいた。

 ただし長い髪はもつれ絡まり、顔は泥だらけで破れた着物から出ている手足は棒のように細い。

 それでも、顔だけは朝日さんと同じだった。

 まるで、鏡を見ているかのように。


「お前っ……」


 俺になにかできるのか、なにをどうすればいいのか戸惑った。

 次の瞬間、鼻に皺を寄せると少女は奇声を発した。

 いや、それは声にもなっていないような。

 ただの獣の鳴き声のような。

 その手に錆びて赤黒くなった刃のようなものを持っているのを見て俺は息を飲む。

 少女は、朝日に迫らんと突進してきた。


「朝日さん!」 


 俺はなんとか向かってきた少女に体当たりをする。

 少女はバランスを崩して倒れ込みそうになったが、獣のような俊敏しゅんびんさですぐに体勢を立て直す。

 もう一度向かってこられたらどうしようかと思ったが、予想に反して少女は背を向けて逃げて行った。


「な、なんなんだ……?」

「追え」


 短く西園寺が言った。


「早くしろ」


 淡々と、それでも有無を言わさぬ口調で命令する。


「は、はい」


 訳がわからないながらも俺は少女を追って走りはじめる。

 後ろから二人の足音が聞こえるが振り返らず俺はあたりを見回しながら少女の行方を探す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る