蓋※2

「……何か、怪しくないですか?」


 俺は先を歩く朝日に聞こえないように西園寺に言う。


「人形に心当たりがあるというんだから見せてもらえたら話は早いだろう?」

「でも……」

「虎穴に入らねば虎子を得ず、という言葉は知っているかな」


 西園寺も俺に合わせた小声でそう言って、縮こまっている俺をさげすむような目で見た。

 居間にたどり着いた。

 人が少ないだけあって物が少なく、整理されている。


「見てきますね。よかったらこちらにお座りになってください」

「僕らも見せてもらってもいいかい?」


 間髪を入れずに西園寺はそう言う。


「気になるからさ。僕が見たものと同じかどうか」

「そうですか。そういうことなら、こちらへどうぞ」


 廊下を伝って別の部屋に行く。

 朝日が入っていったのは居間より狭めの和室だった。

 俺と西園寺も続いて入る。


「えっと確かここに……」


 朝日が壁際に備えつけられた箪笥を探る。

 俺は部屋に入って何か、違和感を感じた。

 部屋の中に目を走らせると隅に、白い箱が置いてある。

 なんだ?

 この部屋からは浮いている気がして目が釘づけになる。

 見た感じ、木でできたしっかりした作りのものだ。

 蓋が閉まっている。

 あの中には、何が入っているのだろう。


「おかしいなあ……」


 朝日は目当てのものが見つからないようである。

 西園寺はその背中を見つめている。

 俺は少し隅のほうに移動すると箱の前に立った。

 何か異様な気配を感じるような。

 思わず、人の家だということも忘れて箱に手を伸ばしそうになる……。


「朝日」


 その時、部屋の入り口から声が聞こえて驚いた。

 反射的に箱から離れる。

 俺は何をやっているんだろう。

 廊下からこちらを見て不機嫌そうに中年の女性が立っていた。

 化粧は厚いが、若い頃は美人だったのだろうなということが伺える。

 濃い紫の着物を隙なく着こなしていて、厳しそうな印象を受ける。

 この人が朝日の母親なのだろうか。

 正直あまり似ていない。


「お、お母さん」

「勝手に人を家にあげないでちょうだい」


 ジロリと俺と西園寺のほうを見る。


「どちら様でしょうか」

「はじめまして。僕は西園寺。これは日暮といいます」


 これって言われた。


「うちに何のご用ですか?」

「この家から荷物が届きましてね。僕は面識がない上に送られてくる理由にも心当たりがないから聞きにきた次第です」


 そう言って西園寺は伝票を取り出す。

 しげしげと見て、母親は言った。 


「知らない筆跡ですね。私は送っていませんわ。朝日は?」


 朝日は首を振る。

 なんとなく母親に接するとき顔が硬直している。

 雰囲気が悪いからだろうか。

 確かに怒らせたら怖そうだ。


悪戯いたずらではありませんこと?」


 そう切って捨てた。


成程なるほど


 西園寺は伝票を懐に仕舞う。


「無駄足だったようですね。荷物は差し出し不明の不審物として処理しておきます」

「ええ。そうしていただきたいわ。わざわざご足労をいただいて悪いけれど」


 悪いとは思っていない口ぶりでそう言われた。


「では」


 西園寺が出て行くので俺はその後を追う。

 朝日が視線を落として、眉を下げているのが見えた。


「朝日。後で話があります」


 そんな言葉が聞こえてくる。

 嫌な感じだな。

 俺たちのせいでこんなことに、と罪悪感を覚える。



「西園寺さん。なんであんなに簡単に引き下がったんですか」


 西園寺は黙って俺の前を歩く。


「……朝日さん、何かに困っているみたいでした」


 もしかしたら、あの荷物は朝日が出したのではないかと思う。

 じゃあなぜ箪笥を探すような真似をしたんだろうかと思うけれど。

 全ては憶測でしかない。


「ちょっと、聞いているんですか」


 その時、バウバウと鳴き声がした。


「な、なんだ……?」


 家の裏から柴犬くらいの大きさの茶色の犬が出てくる。

 雑種だろうか。

 こう言ってはなんだがちょっと薄汚い感じだ。

 犬は俺たちに向かってこようとしたようだが、耳をぺたんと落とすと脅えた様子を見せる。

 西園寺はただ微笑んでいた。

 ただ、いつもより眼光が鋭いように感じる。


「犬を威嚇いかくしないでください……」

「失礼だな。僕は何もしてないよ」


 しゃがむと犬の顎を撫ぜた。

 犬はされるがままになっている。

 気のせいか、目が潤んでいるように見えた。

 可哀想に。

 相手が悪かったな。


「こら、アサ!」


 そう言って朝日が出てきた。


「君の犬かい」

「そうです。いつも人見知りをするんですけど」


 犬の様子を見て朝日も少し戸惑っているようだ。


「……お二人に話があるんです」


 朝日は胸のあたりで手をぎゅっと握って言った。


「助けてもらえませんか」

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