2.蓋

蓋※1

 俺は西園寺さんがこわい。

 彼は人ではない、鬼だ。

 だから、こわがるのはある意味当たり前だ。

 けれど、それとは別にまだ何かある気がする。

 俺が知らない見えてない何かが。



「ここだね」


 俺たちはある屋敷の前にやってきた。

 赤ん坊の形をしたミイラが入った荷物。

 その送り先に。

 


「これは偽物だね」


 箱に詰められたミイラを見て西園寺が言った。


「え……」

「何か別の動物なのか、作り物なのか。どちらにしろ人間のものではないよ」


 そう言ってソファに寝転がる。 


「なんでそんなことわかるんですか」


 俺が見るとニヤリと笑う。

 赤い舌がチロリとのぞいた。


「におい、だよ」


 それ以上のことを語ってくれなかった。

 解説が面倒臭いのか、俺にはわからないことが西園寺さんにはわかるのか。

 どっちにしろ馬鹿にされている気がする。



「なんでわざわざここに来たんですか」


 箱にはミイラ以外なにも入っていなかった。

 依頼状も手紙もメッセージカードも。


「馬鹿だね、お前は」


 西園寺はため息をついてみせる。


「あんなの遠回しな事件の依頼に決まっているじゃないか」


 それでも俺が言い返さなかったからだろう。

 西園寺は続けて言った。


「君は全ての人間が文字が書けたり、話せたりすると思っているのかい」

「それは……」


 そこまでは考えてなかったという俺の表情を読み取ったのだろう。

 フン、と鼻を鳴らすと背を向けてさっさと歩き出す。

 俺は慌てて後を追った。



 屋敷は塀に囲まれた、時代劇に出てくる古い建物のようだ。

 木の門があり開いていたので入ると玄関とは少し距離がある。

 玄関に着いたはいいが、人の気配がなかった。


「家の人を呼んできてくれるかい」

「はい?」

「不法侵入になって面倒臭いことになるのはお前も嫌だろ」


 というか西園寺さん面倒臭いことは全部俺に押しつけようとしていません?

 でも、それが雇われ助手の悲しいところなんだろう。


「すいません、誰かいらっしゃいますか!」 


 俺はなるべく声を張ってそう言った。

 呼び鈴がなかったから声をかけたほうが手っ取り早いと思ったのだ。

 シーンとあたりは静まりかえっている。


「留守なんじゃないですか」


 俺がそう言ったときパタパタと足音が聞こえた。


「はーい,どちら様ですか」


 短髪の、黒地のスカートに白いブラウスという制服姿の女の子が出てくる。

 中学生くらいだろうか。

 快活そうな子だ。


「えーえっと……」


 俺が口をパクパクさせていると、西園寺が横から出てきて言った。


「ここは井頭いがしらの家であっているかい?」

「はい。ここらへんで井頭はうちだけですから」

「君はこの家のお嬢さんかな」


 お嬢さんという言葉に少し顔を赤くしながら、はにかんで女の子は言った。


「はい。井頭いがしら朝日あさひです」

「こんにちは。僕は西園寺さいおんじ君明きみあき

 そう言って西園寺さんは相手からは見えない角度で俺の膝の裏を蹴った。


「ひ、日暮ひぐれけんです」


 女の子相手にオロオロしている俺を西園寺が白けた目で見ている。

 仕方ない。

 年頃の女の子に接するなんて慣れてないのだから。


「早速だけど、この家から僕宛てに荷物が届いたんだが心当たりがなくてね。何か知ってるかい?」

「えっと……。私は荷物送ったりしていませんが。お母さんかな?」


 西園寺は静かなたたずまいで朝日と玄関をじっと見ている。

 観察しているようだ。


「家族は君と母上だけかい?」

「はい。家は母一人子一人で。ちなみに箱には何が入っていたんですか?」

「……赤ん坊の人形のようなものだよ」


 ちょっと、と俺は思った。

 あんな中身のことをサラッと言ってしまってもいいのか。


「人形?」 


 しかし、そこに朝日はピクリと反応した。

「見たことあります。確か箪笥たんすにしまってあったはずですけど……」


 チラリと俺たちを見て言った。


「立ち話もなんですし、よかったら上がっていってください。お茶くらいならお出しできますので」


 そんなお構いなく、と言おうとしたが西園寺は迷わずその言葉にのった。


「そうさせてもらうよ。お邪魔するね」

「はい、どうぞ」


 あっさりと家に上げてくれた。

 仕方ないので俺も続いて入る。

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