閑話

 こうして俺は西園寺さいおんじの屋敷で住み込みで働くことになった。

 屋敷は広大な洋館で、あたりには人気がない不可思議な土地に立っている。

 なんでも俺たちの住んでいる世界とは別の層に存在しており、重なっているようで隔離されているため普通の人には感知できないとか。

 今更何を聞いても驚かないが、本当に人ではないのだなと思う。

 助手と言ったが、働くといっても今のところ何もしていない。

 無職である。

 まず、助手という肩書きからしても主人が動かないことには何も始まらない。

 事件がないときの西園寺は怠惰たいだであった。

 日がなソファに座るか横になって本を読んでいる。

 屋敷にはテレビはない。

 ラジオは一応あるが、つけてみても雑音まじりでよく聞こえなかった。

 壊れているのだろうか。

 そして現代としては驚くことに西園寺は携帯電話を持っていない。

 いや、かくいう俺も持っていないのだが。

 とうの昔に解約してしまった。

 連絡先が職場しかなかったので。

 屋敷には地下があり、西園寺は下りて行くとなかなか出てこないこともある。

 何をしているかは知らないが知りたいとも思わない。

 今日はいつものようにソファの上に陣取り、なぜか手帳にものを書いては何かが違うというように千切り、放り投げるということをしていた。

 屑籠くずかごが役目を果たしておらず、床にまで紙が散乱している。

 仕方ないので紙がある程度たまるたびに俺がゴミ袋に放り込んでいる。

 紙にはよくわからない数式や文字や模様が書いてある。

 ていうか何で俺が片付けているんだろう。

 西園寺は基本自分の身の回りのことは他人任せということも最近知ったことだ。

 家事はなぜか誰かがいつもやってくれている。

 食事は決まった時間に出てきて、置いた皿は気がつくとなくなっているし、洗濯も掃除もいつの間にか終わっている。

 妖精でもいるんだろうか?

 それはそうと、この紙をばら撒き続ける現状はなんとかならないものか。

 紙は積もるばかりで片付ける気配はない。

 俺が来る前はこの人どうしていたんだ?


「あの西園寺さん……」


 とりあえず俺は家政婦ではない、と言おうとするとチャイムが鳴った。


「荷物だよ。取っておいで」


 だから、何で俺が。


 仕方なく俺は玄関へ向かう。



「はい、今開けます」


 そう言ってドアを開いてから俺は思った。

 ここはこの世とは違う場所に位置する場所で。

 じゃあ、荷物はどこから届いているんだ?


「どおもー」


 立っていたのはいかにも配達員という感じの好青年だった。

 制服が黒なのは初めて見たが。

 さわやかな顔に黒い眼帯をつけている。

 普通の人に見えるけれど、つっこんじゃいけないんだろうな多分。


「ここにサインお願いします」

「ああ、はい……」


 俺はとりあえずサインした。


「毎度あり」


 そう言って荷物を俺に受け渡す。

 箱が届いた。

 俺一人でも抱えられるくらいの大きさで中身は軽い。


「お兄さん初めて見るね。俺は烏丸からすまっていいます」


 青年は胸のバッジを指差す。


「あ、日暮ひぐれです」


 頭を下げておいた。


「西園寺さんによろしくね」


 そう言ってウインクするとトラックに戻っていった。

 なんだろう。

 なんというか、普通の宅配の人らしくない。

 まあここには普通なんてないのかもしれないが。


「西園寺さん、荷物です」

「そこらへんに置いていいよ」

「そこらへんって……」


 また足場がなくなってきているんだが。

 俺は場所を作ろうとして、バランスを崩した。

 まずいと思ったときには紙で滑って床に腰を打ちつけていた。


「いてて……」

「荷物を置くこともまともにできないんだねえ」


 うるさいですよ。

 口には出さないが。


「中身……、大丈夫ですよね」


 割れた音とかはしていないが。


「開けてもいいよ」


 興味を失ったようにまた作業を再開する。

 俺はガムテープを剥がし、箱を開けた。

 中身を見た瞬間、思わず箱を落としそうになる。


「西園寺さん、これ……」


 思考が停止した。

 俺のことを不審に思ったのか西園寺は手を止め起き上がる。

 猫のように伸びるとふわり、と欠伸あくびをした。


「なんだい?」


 西園寺も俺の肩越しに中身を覗きこむ。

 嬰児えいじ

 中には足を折り曲げて円を描くように、赤ん坊の干からびたミイラめいたものが詰められていた。

 俺が絶句していると、ククッと西園寺はわらった。


「これはまた」


 面白いねえ、という言葉が悪夢の幕開けのように響くのだった。

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