人※3

 起きたとき、俺はどこにいるかわからなかった。

 パチパチとまきが爆ぜている音が聞こえる。

 薪?

 木製の固い床の上に寝転んでいることに気づいた。

 横に目をやると暖炉の中で火が燃えている。

 夢?

 そう思った。

 キイとドアが開く音がした。

 反射的に飛び上がる。


「起きたかい?」


 白髪の人物がソファに座った。

 やたら高級そうなものだ。

 部屋の中はアンティークというのだろうか。

 古風な雰囲気で家具が揃えられていた。

 綺麗だが、あまり生活感は感じられない。

 どこか人から忘れられた城のような。


「耳は聞こえているんだろうね」


 皮肉げな口調で言った。

 少しずつ思い出してきた。

 俺は確か、この人に顔面を蹴られて。

 それから。

 道路に飛び出した男を思い出した。 

 白髪の人物はソファから立ち上がる。

 近くで見ると男だということがわかった。

 顔だけを見るとどちらかわからないくらいに甘く整っているが、体は細いながらも骨格がしっかりしている。

 威圧感があるというか。

 ぐいと顎を掴まれた。

 正面から目が合う。

 長いまつ毛に縁どられた綺麗な眼がこちらを見ている。


「ふうん」


 目の奥が、うずいた。

 慌てて目をらす。

 顔に痛みが走った。

 顎にかかっていないほうの手が俺の額を突いたのだ。


「痛っ」 


 えぐったというのが正しいか。

 長い爪が離れた。


「傷はふさがったみたいだね。人間にしては頑丈といったところだろうか」


 人間にしては。

 その部分だけがやけに耳に残った。


「あんた……」

「あんた、は気に食わない」


 ガンッと机の上に足をかけた。


「うわっ」


 それだけで俺は飛び上がる。

 行儀は悪いが、長い脚が妙に様になっている。


「感謝してほしいものだね」


 やれやれと白髪の男は首を振る。


「僕が止めなければ君はあのまま蹴り殺されていたよ。それこそまるで犬のようにね」

「……ありがとう、ございます」


 一応礼を言っておくべきだろう、と思いそう言った。

 でも、体の芯が冷えている感じは変わりない。

 俺を穴が開くほど長い間眺めて、口を開いた。


「僕は西園寺さいおんじ君明きみあき。君の名前を聞こうか」


 会ったばかりのものに自分の名前を教えるのには抵抗があったが、名乗られたからには仕方なく言う。


日暮ひぐれけんです」

「けん、ねえ。字は」

「人に牛と書きます」

「クッ」


 西園寺は笑った。


「クッハハハハ」


 壊れたように笑い続ける。

 正直少し引いてしまった。


「くだん、か」


 その言葉に俺はビクリと震える。


「ふん。自分の特性に気づいているようだね」


 長い指を組んで顎を置くと、西園寺は床に転がっている俺を見下して言った。


「なぜあんなことを言ったんだい?」


 直接は言ってないがわかる。

 死の宣告のことを言っているのだろう。


「お前が言っても死の運命は変わらないだろ?それとも何か変わるのか」


 俺は口をつぐむ。


「その調子じゃ何も変わらないようだね」


 視線をそらして言う。


「自己満足かい?自分自身が罪悪感を抱かなくて済むように、相手に悲運を伝えてやる。結構なことじゃないか」

「そんなんじゃ……っ」


 俺は思わず食ってかかった。

 冷ややかな視線を感じる。


「……何かが変わるんじゃないかと思っているんですよ。俺はずっとそう願っている。だってこんな力を持ったのおかしいじゃないですか。何か、意味があるんじゃないかと思ってないと、俺は……」


 言葉が洪水のようにあふれてくる。

 思考の海に俺は溺れる。

 喉がつかえて仕方がない。


「面白いじゃないか。君のその力はどこまで有効なんだい?」


 面白いことなんて、何もない。

 俺は初めてキッと西園寺を見上げる。


「反抗的な目だ。君はそれほど自分を過信しているのかな」


 ソファから立ち上がると西園寺は俺の襟首を掴んで引きずった。

 細いのに意外に力がある。

 というか首がまる。


「出よう。実際に試してみれば君も何かわかるかもしれないね」


 訳がわからないことを言いながら俺を部屋から連れ出した。

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