人※2

「はあっ、ああっ」


 特に長い距離を走ったわけではないが、全速力だったため息が切れる。

 肺が痛いほど空気を取りこむ。

 アレはなんだ。

 わかったのは逃げなければならないこと。

 関わってはいけないものに逃走本能が働いた。

 あの肉の塊はなんだ。

 男を狙っていた?

 今まで散々変なものを見てきたが、あんなものは初めてだった。

 いつの間にかあたりは静かだった。

 咄嗟とっさに逃げ出したが、別にいく当てもない。

 気づくと街の中心地にある公園にたどりついていた。

 流れる小川に沿って歩き出そうとしてボソリと漏らす。


「どこへ行こう」

「どこへ行くんだい?」


 背筋に寒気が走った。

 反射的に振り返る。

 先ほどの、怪人物が立っていた。

 いや、それはあまりにも。

 月の光があたりを白く照らす。

 現れた姿はあまりにも美しかった。

 スラリとした体格に合った黒のインバネスコート。

 肩にかかる白髪。

 切長の猫を思わせる目に、整った鼻や口元の中性的な顔はまるで上手く造られた人形のようで。

 現実感があまりにもなかった。


「ねえ、お前」


 声も蜜のように甘美で。


「何をた?」


 底冷えがする無感情な声。

 その声に俺は恐怖を感じていた。


「俺。俺は……」


 後退る。

 駄目だ。

 近づいてはいけない。

 喰われる。

 これは、人を喰う鬼の目だ。

 人をなんとも思っていない。


「人殺し」


 俺は思わずそうつぶやいていた。

 口を閉じようとしてももう遅い。


「へえ」


 ニヤリと笑んだ。


「お前変わってるね」


 一歩。

 また、一歩。

 こちらに近づいてくる。

 カツカツと靴音を鳴らして。

 気づけば息がかかるほど目の前に立っていた。


「うわぁっ」


 情けない声を上げて俺は尻もちをつく。


「人殺し、と言ったね」 


 ささやく。


「罪人を君は人間ひとと呼べるのかい」

「罪人……?」


 どういうことだろう。

 ザァッと桜が舞い散る。

 それはまるで雪のようにあたりを白く染めて。


「あんた、なんかおかしい」


 それだけ言って。

 その人の足が上がるのを俺は見た。

 ゴッ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る