第3話 不器用な約束
「うちの娘と結婚してもらえませんか」
「はい?」俺は突然尋ねて来た、初老の男からこう切り出された。
男が口にした名前は確かに覚えがあった。
でもそこまで親しかった訳でもないし、いきなり結婚って。
「娘とは、結婚の約束をしていましたよね」
「約束?いえ覚えが」
「いえ、小学一年の時に」俺は頭をフル回転させて、思い出す。
「ああ、そう言われれば、そんなこともあったかもしれないけれど」
「そうでしょう。娘は先月亡くなりました。交通事故でした」
「えっ、なら結婚なんて」いきなり結婚と言われて、それはご愁傷様と言う余裕もなかった。
「はい。だから、あなたの心の中だけでも、あの子をあなたの妻にして欲しいんです」
「イヤそれは」
「娘は、あなたと結婚をすることを夢に見ていました。あなたとの結婚の約束を信じて」
「だから、それは子供の時の」
「ですから、本当に結婚して欲しいと言っている訳ではありません。そもそも法的に結婚など出来ませんから」
「なら」
「何とかお願いできませんか。娘の仏壇の前で、娘の名前を呼んでやってくれるだけで良いです」
「なぜそこまで」
「娘は、介護が必要な家族のために、犠牲になっていたのです。遊びに行くこともなく、家族の介護に明け暮れていました。もうすぐ二十歳だったので、そろそろ娘の幸せをと考えていた矢先、交通事故で亡くなってしまった。あまりに娘が不憫で、一体何のために生まれてきたんだろうと、せめて婿を取らせてやりたい」
「それは、ご事情はよく分りますが」
「あなたとの結婚の約束が、娘には心のよりどころになっていました」
いくら子供だったからとはいえ、なんていい加減な約束をしてしまったのだろう。
へんな期待をもたせてしまった。
さてどうした物か。
「あの」
「はい」
「少し考えさせていただけませんか」
「それは、もちろん」
「良い返事はしたいと思いますから」まただ、またいいかげんな約束をしてしまっている。
「一つだけ」
「はい」
「あなたは今、なんていい加減な約束をしたんだろうとお考えかもしれませんが」
「いえ」図星だ。
「娘にとっては、あなたといつか結婚すると言う約束は、あやふやな約束だったかもしれない。でも、それがどんなに娘の助けになったかしれない。あなたがこの話を例え断ったとしても、あなたへの感謝は変わらない」
初老の男は帰って行った。
さてどうしたものか。
俺は、自分の約束の仕方が、不器用なんだなと心から思った。
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