第2話 硝子の世界
世界から犯罪がなくなったのは、人々の思考が一つになったからだった。
だから隣にいる人が何を考えているか、どう思っているか全て分る。
そのため、隠し事は出来なくなった。
一人の思考は、全ての人類の思考になる。
正しい事も、正しくないことも、全て白日の元となる。
そして苦しみも、一人で悩むということがなくなった。
思考を共有すると、心の負担や辛さが人に伝わり、それを緩和する思考が流れ込んでくる。
何か酷いことを言っても、それによる心の負担や苦しみは、瞬時に言った人間の思考に伝わる。
そこには、誤解や言葉足らずの意志の疎通は存在しない。
だから人々は、優しくもなれるし強くもなれる。
嘘がつけないから、犯罪を犯そうにも、誰が何を考えているか回りの人間に知られてしまう。
世界は安全な場所になった。
安全ではあるが、そこには隠すということが出来ない。
プライバシーも何もない、硝子張りの世界になった。
その娘の思考だけは、誰にも分らなかった。
それは突然変異だったのか、生物として後退したのか分らなかった。
思考を共有する世界において、思考が伝わらないことは、恐怖の対象でしか無い。
娘は怖がられ、得体の知れない者となり憎悪の対象になった。
恐怖から憎悪の対象に変化した娘は、逮捕された。
裸にされて、硝子張りの檻に入れられて、公衆の面前にさらされた。
思考を共有する人達にプライバシーの概念はないから、思考を隠せる娘へのやっかみもあったのかもしれない。
隠し事の出来る娘へのせめてもの報復。
娘の事を少しでも多くさらすために、娘は裸にされたのだ。
その羞恥と恐怖は、思考が共有されていれば回りの人間に伝わり、娘への同情と、娘への仕打ちの罪悪感が広がるはずだが、娘の思考は閉ざされて、誰一人、娘の苦しさを理解しなかった。
思考を共有する者達にとっては、苦しさを想像するということも出来なかった。
娘は自分の思考は外に出なくても、人の思考は入って来た。
娘は裸をさらされるより、自分への攻撃の思考にさらされる方が何十倍も辛かった。
でも、娘の思考は誰にも伝わらないので、どんなに娘が辛いか誰にも伝わらない。
娘の心は壊れていった。
痩せ細った娘の命が尽きかけた時に、突然、娘の思考が全世界の人に共有された。
娘の恐怖、絶望、怒り、悲しみ、死ねることへの救済の安堵。
心を共有してきた人にとって、初めての強い衝撃だった。
心を共有してきた人達にとって、娘の思考は洪水のように人々の心を貫いた。
それにより、人々の心は破壊されたのだ。
ここに硝子の世界は、終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます