第3話 生物多様性

 それは、薬箱には入っていなかった。田舎では常備薬の一つと言えそうだが、不思議なことである。


 お陰で俗説、迷信が流布してしまった。


「蜂に刺されたら、小便をかけろ」


 というものである。


 村の神童として名高かった隆でさえ、信じていた。


 


 千足村の真ん中に神社があり、こんもりした森が覆っている。森は子供たちの遊び場でもあった。


 大きな古木には洞があった。よくムササビが棲みついた。太い枯れ枝で古木を叩くと「何事か!」と、ムササビが顔を出す。事態が呑み込めたか、ムササビは空中に飛び立つ。森の住人にとっては、迷惑極まりない子供たちだった。


 騒ぎに、フクロウがキョロキョロと睥睨へいげいし、タヌキやイタチも住処から愛くるしい顔をのぞかせた。


 


 森で、隆と洋一、修司が太い樫の木を見上げていた。


 樫の木は大きく枝分かれし、それぞれに小枝が出ている。中に、蜂が群がる小枝があった。巣があるのだ。


 


 権蔵爺さんの孫たちが森に通り掛かった。手に、駄菓子屋の袋を持っていた。


 隆たちに気づき、3人が寄ってきた。


「ボク、取ってくる」


 真ん中の男の子がそう言うなり、枯れ枝をくわえてスルスルと樫の木に登っていった。都会っ子にしては身軽だった。


 


 権蔵爺さんの孫は、横に張り出した太い枝にまたがった。口から枯れ枝を離すと見るや、ハチの巣を二、三度叩いたのだった。


 一斉に巣を離れた蜂たちがすかさず、孫を襲ってきた。いくら手で払っても無駄だった。権蔵爺さんの孫はワンワン泣き出した。ワルガキの面影はなかった。


 

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