その後ろ盾は必要ない
「サマンサ・フラー・スミス。貴様との婚約を本日をもって破棄させてもらう」
学園の卒業パーティーで、王子は声高々に叫んだ。
「そうですか」
あらあらまぁまぁ。
これは一体どういうことでしょうか。
お父様からもお母様からも何も言われておりませんが、しかし、これは私にとっても好都合でした。
私のほうから言わずとも、向こうから婚約破棄をなさってくださるなら、手間も省けるというもの。
王子の腕には、一人の女子生徒。
王子の手に腰を抱かれて、満足気に笑いながら、具体的には勝ち誇ったような顔で、私を見ながら王子の胸に頬を寄せています。
サラ・クリフォードさん。でしたか。
確か男爵家の生まれでしょうが、なるほど。
王子とは確かに釣り合っていますね。
お互いお似合いかと思います。
割れ鍋に綴じ蓋とは、よく言ったものです。
「陛下はなんと?」
「まだ父上には知らせていない」
「あら。まぁ…」
なんて愚かな。
自身の立場を未だに分かっておられていないようです。
成長なさらないのね。
「そうでしたか。では、王子。陛下にはあなたがお伝えになられてください」
「…お前、悔しくないのか?」
「なにがです?」
「お前は、サラのことをよく馬鹿にしていたそうだな。男爵のくせに俺になれなれしく話しかけるな、と。お前は入学前に俺に言ったよな。この学園にて身分は関係ないと。俺は、この学園において王子という身分は置いて、いち生徒として、勉学と人間としての成長を望まれていると」
「はい。確かに言いました」
「しかし、お前は身分というものに固執し、挙句の果てにそれを脅しに使った。卑劣なやつだった。そして、お前は、こうしてみなの前で俺に婚約破棄をされた。しかも、相手はお前がさんざん馬鹿にしてきた男爵令嬢のサラにだ」
「一つ、お聞きしても?」
王子は、自分が裁判官のような顔をして叫んでいる。
自分が正義の立場であると、正しいという顔をしているが、果たしてそれが本当なのか分かっているのか。
「私、サラさんと何度かお会いしたことがあるものの、こうしてお話をするのは初めてですわよ…ああ、挨拶くらいはしたことありましたかしら?」
私が、にっこりとサラさんに話しかけると、サラさんは、おびえた表情を作り、王子の胸に顔を埋めてしまいました。
あなた、そんなことが許されるのは、子どものときだけですよ…あぁ、私たちはまだ子供という年齢ですけども。
しかし、そんなことではこの貴族社会生きていけると思わないでほしいですわね。
女主人として、屋敷をまとめることが出来るのでしょうか。
何かあれば、王子に隠れるようなこと、普通ならしませんけど。
…あぁ。ですから、王子と付き合ったのでしょうね。
ほかのご令嬢であれば、王子の出生についても、私がなぜ王子と婚約しているのかもご存じですから。
「サラが怖がっているだろうっ!」
「私は、サラさんとお話をしているのです。これから殿下の婚約者に、妻になろうという方が、これではどうするのですか」
「お前はいつもそうだ。正論ハラスメントめ。いつもそうやって自分が正しいと主張しているが、そんなものはお前だけが思っているだけのこと。お前の説教にはうんざりだ。お父様もきっとお前のような気ばかりが強い女は、王妃になど勤まらないと言ってくださるに違いない」
「あら。そうでしょうか。では、王妃はそうやっていつまでも誰かの胸に顔を隠し、何も言わない。顔も、見せないでやっていけると思っていらっしゃるのですか?」
「国民は、愛らしいと思ってくれるはずだ。それにこの怯えているサラを見ろ。なんと愛らしいことか。これは、自分が守ってやらなければいけないという気持ちにさせてくれる」
「つまり、自分だけが気持ちいいってことですか」
「そんなことは言っていない!なぜ、そんな考えになるっ!」
「……私も王子の胸に飛び込んでいれば、変わっていたのでしょうか」
これは、私の独り言…愚痴のようなものだった。
しかし、王子の耳には、私が弱音をはいた、後悔していると勘違いしたらしい。
すぐさま勝ち誇ったような顔をした。
効果音で示すと「ふふん♪」でしょうか。
「いまさらもう遅いわ♪」
声には喜びがあふれている。
私が悲しんでいる(わけではない)のが、そんなにうれしいのか。
「しかし、俺もそこまで意地悪ではない。お前が反省するというならば、婚約破棄を撤回してもよい」
「「は?」」
王子の言葉に私とサラさんの言葉が重なった。
何言ってんだ、こいつ。
いまさら自分が言った言葉を覆すことが出来ると思っているのか。
…あら、失礼。私としたことが王子の驚きの発言につい、素が出てしまいましたわ。
お母様からまたお叱りを受けてしまいます。
淑女たるもの、いかなるときも冷静沈着優雅たれ。
「ど、どういうことですか?王子……王子は、サラと…サラと結婚してくださるのではないのですか?」
「ああ。もちろんお前と結婚はする。しかし、サマンサを迎えてもいいと思っている。お前は、王妃教育を受けていないからな…」
「いまさら受けても遅いと?」
サラさんのお声が硬い。
ええまあ。私もそう思いますよ。
この学園に通っている最中であれば、考え物ですが、もう卒業ですからね。
教育どころか、これからは王子を支えていくことになるのですから、自分が教えを受けている時間などありませんでしょう。
「王子!ですが、サラはっ!サラはっ!恐ろしゅうございます!サマンサ様は、サラのことを虐めるのです!サラ、怖いっ!」
「ふふっ」
サラさん愉快なキャラですわね。
お言葉遣いが独特で、もっと早くに知り合っていれば仲良く…なれた…なれはしませんか…。
「王子。男に二言はありません。私サマンサ・フラー・スミスは、王子の言葉をしかと受け止める次第でございます」
「む、では」
「はい。婚約破棄、承りました」
「サマンサ!どういうことだ!」
玉座の間に王子の声がとどろいた。
「騒々しい。何事だ」
玉座に座る陛下は、面倒そうな顔を隠そうともせずの自身の息子を見ています。
妃様もまた、憤慨している王子を宥めることもなく、そっぽを向かれておりますわね。
まるで目の前に立っている王子に関心がなくなったような、興味のかけらもない反応のようです。
「父上……?」
そんな両親の様子をおかしいと思ったのか、王子は少しばかり動揺しています。
ここまでぞんざいな扱いをされたのは、初めてなのでしょうか。
でしたら、結構愛されていたのかもしれません。
今となっては、もう遅いのでしょうけど。
「どうかなされたんですか?そんな血相を変えて、飛び込んでくるなど、ただ事ではないご様子ですが」
「はっ!…そうだ!サマンサ、なぜ貴様がここにいる」
「わしが呼んだ。何か問題が?」
「父上が?なぜ?」
「お前になぜ理由を言わないといけない」
「だって、サマンサは俺の元婚約者ですし…そうだ!父上、サマンサに新しい婚約者ができるというのは本当ですか」
「そうだ」
「なぜ!?」
「……なぜ?お前がそれを問うのか?」
王子は、陛下がイライラしていることに気づいていないようです。
「レオン。この話はもう終わったことなのです。あなたに関係はありません」
「関係ない?サマンサは俺の元婚約者です!それにサラを虐めていたような悪いやつなのです。それなのになぜ、何の罪にも問われず、新たな婚約者まで…俺が婚約破棄をしたというのに、そんなもの好きがいるのですか!?」
「…ええ。あなたが婚約破棄をしたから、サマンサは国のために隣の国の王子と婚約する運びになりました」
「と、隣の王子だと…?」
王子は呆然として私を見てきました。
私は、ニコリと微笑み返すと、王子はわなわなと口を震わせました。
王子の婚約者の私であれば、隣の国に嫁いでも問題ないと判断されたのです。
王妃教育も終えましたし、学園の成績も優秀。
隣国には、交友のためと何度も連れていかれましたし、あちらにも顔は知られていますから、妥当なところでしょうか。
しかも、婚約破棄の原因は、私のせいではないのですし。
私は一つサラさんから学びました。
状況を利用すること。
顔を伏せ、震えていると、勝手に向こうが解釈してくれること。
私は、隣の国の王子の胸に飛び込みました。
そして、震えているだけで、隣の国の王子は私に同情し「もう我慢できない。君は、僕と結婚するんだ!君を幸せに出来るのは、僕しかいない!」と言ってくださいました。
元から、隣の国の王子は私に懸想していたらしく、何度も陛下にお話しが言っていたとか。
一応自国の王子様との婚約をしてしまった身。
私は、交流を控え、おとなしくしていたのですが、王子からの婚約破棄はこちらにとっても都合がよかったのです。
「はっ…俺のおさがりを隣の国のやつがねぇ…それは傑作だ」
「そうですわねぇ。私も王子とサラさんの結婚式楽しみにしてますのよ。さぞかしお似合いでしょう」
王子は、私の言葉に気をよくしたようで、「そうだろう!」と興奮して叫ばれました。
しかし、大声を出しすぎですわね。
少しは、周りのことをよく見たらいかがでしょうか。
…そんなことを言っては、また説教かと返されるに違いありませんが。
この王子の絶叫癖は、治りませんわね。
「サラのドレス姿は美しいぞ。お前にも見せたかったところなんだ。しかし、隣のやつもかわいそうにな。お前の説教癖を見たら、きっと気を悪くするだろう。せいぜい気に入られるように、サラの真似事をするんだな」
「そうですわねぇ。サラさんのように人の婚約者の胸に飛び込むような下品な真似は避けたいですわね」
まぁ、その技、使わせていただきましたが。
「お前…サラを愚弄する気か!」
「愚弄しているのはどちらの方かっ!」
「ち、父上…?」
陛下の怒りが爆発したようです。
目が血走っております。
突然、陛下に怒鳴られた王子は、先ほどまでの威勢はどこへやら。すっかりしょげてしまいました。落ち込む場所は、そこなんですね。
どうして、自分が怒られているのか、わかってもいないのに、反省するふりはうまいのです。
「わ、私がなにか気の触ったことをしてしまったでしょうか」
「お前は………はぁ。まったく。お前の育て方をどこで間違えてしまったか」
「しかたありませんよ。陛下。この子はしょせん……」
「母上のことを悪く言うなっ!それ以上は妃殿下であろうと俺は許しません!」
「……まぁ、よいでしょう。じきにわかることです」
「サマンサ。これが迷惑をかけたな」
「いえ。勉強になりましたわ」
「……この国のため、よろしく頼む」
「はい。頑張ってまいります」
「サマンサ!どういうことなんだ!」
「あら。王子…いえ。もうレオンさんといったほうがいいかしら?」
王子は、廃嫡されて元の男爵の家に養子として出されたと聞きます
王子の母親は、今の王妃様ではなく、使用人として働いていた女性だったそうです。その女性は、あろうことか妃殿下を暗殺しようとした罪で、死罪にされてしまいました。
なので、今の妃殿下と王子の仲は最悪です。
しかし、妃殿下に子どもは恵まれず、使用人との子どもとはいえ、陛下の血が入っているため、王子として育てられていました。
しかし、使用人の人間は、男爵の人間であったため、侯爵家の後ろ盾を得るために私と婚約をされていたのですが。
「私との婚約を破棄されたのです。当然でしょう」
「お前との婚約を破棄しただけで、なんで、俺が廃嫡されなきゃいけないんだ」
「何も聞かされていないのですか?おめでたですよ」
「は?」
「お妃殿下に赤ちゃんが出来たのです」
「は?」
「ですから、レオン様さんはお役御免。晴れてサラさんとご結婚できるというわけです。よかったですわね。もう誰もあなたに説教なんかくれません。…まぁことによっては怒られることはあるかもしれませんが、私と会うことも、もうありませんしね」
「な…あ…」
「私の家の後ろ盾もう必要ないのでしょう?これからもサラさんのこと守ってあげてくださいね。あの様子では、お屋敷を回すことなんて無理かもしれませんから。ですがレオンさんも一応は教育を受けているのですし、一人二役で頑張ってください」
ほほほと私は笑いました。
笑うしかありません。こんなもの喜劇以外の何物でもないのですから。
「これからは、どうしてこんなことになったのか、よくご自分でお考え下さいね。物事には、理由やら都合やらというものが存在しているのです。これで一つお勉強になりましたわね」
「お、俺ともう一度婚約を…」
「拒否いたします。私は隣の国に嫁ぐといいましたでしょう。これを破棄なんかいたしましたら、国の問題になりかねません。あなたと違って、好き勝手に出来るものではないんですの」
「…頼む。おれは、これからどうしたら…」
「ご自分でお考えなさって。言っておきますけど、先に私を捨てたのはあなたのほうなんですから」
◇
その日は、隣の国の結婚式でした。
他国の人間である私を国民の皆さんは、歓迎してくださいました。
それは国民の皆さんへのお披露目の時でした。
「サマンサ!」
「まぁ」
レオンさんが、式典に潜り込んでいたのです。
「私の後ろに」
「大丈夫ですわ。顔見知りですもの」
「……あいつが?」
「ああ。そういえば、写真でしか知りませんでしたわね。そうです。彼がそうですわ」
王子のくせして、他国の交流には目も向けていなかったレオンさんなので、ほかの国からは印象が薄いのです。失礼な男。というイメージがついてしまうのも無理はありません。
「私たちをお祝いしに来てくださったのですね」
「国に帰ろう!」
兵士の皆さんに押さえつけられながら、レオンさんはそう叫ばれました。
「あら。なぜ」
「俺にはお前が必要なんだ」
「まぁ。サラさんはどこに」
「…サラは、逃げた」
「あらまぁ」
「サラは俺が廃嫡されたと聞くや、すぐさま姿をくらませたんだ。お願いだ。お前が必要なだ」
「私ではなく私の家柄の力でしょう?……レオンさん。前にも言いましたが、先にあなたが捨てたのです」
「そして、私が拾ったのだ」
私は、この国の王子と目を合わせ笑いあいました。
「ご安心ください。この人はあなたと違って、私を捨てることはないと誓ってくれました」
「あなたには感謝している。妻との婚約を破棄してくれたおかげで、こうして私の妻として迎えることが出来たのだから」
「はい。ですから、自身の国に強制送還ということで、今回のことは水に流しましょう……皆さんお騒がせして申し訳ありませんでした」
本来なら、国民の皆さんへのお披露目に、このような邪魔をするなんて、とんでもない罪に問われることですが、ここは、私たちとの出会いを作ってくださったということで、寛大な処置を……。
「だから、お前は俺と帰るんだっ!」
「っ!」
レオンさんは、隠し持っていたナイフで兵士の手を刺し、すり抜けてこちらに近づいてきました。まさかそんな強硬手段をとってくるとは思ってもいなかった私は、呆然とするしかありません。そのまま私の手をつかもうとするレオンさんに、夫となったこの国の王子が、その手を取り、投げ飛ばしました。
「今すぐ。そいつを牢にぶち込め」
「はっ」
「…申し訳ありません。つい、呆然としてしましました」
「君は、顔見知りだからと油断していたが、あいつはナイフを持っていた」
さすがに夫は私に対して怒っているようでした。
私が、レオンのことを顔見知りだからと舐めていたからでしょう。
この監視の目を潜り抜けて、こちらに近づいてきた手法は侮れなかったのに、私はそれに対して油断してしまった。
「はい……。申し訳ありません、あなたを危険な目にあわせてしましましたね」
「そうではない…私はせっかく結ばれることが出来た妻と、お別れをすることになってしまうかもしれない恐怖を知ってほしい」
「はい…申し訳ありません」
そのあとは、お披露目の雰囲気ではなく、せっかくの記念日が台無しになってしまいました。
レオンさんは、実のお母様と同じように暗殺の罪に問われ、死罪になったと、そのあと聞きました。
血は争えないのですね。
そのあと、私たちは子宝に恵まれ、末永く幸せに暮らしていきました。
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