第32話 終まらない
◇
『常にその身は誰かの為でなくてはならないという強迫観念。正義の味方はね。皆がそれを持つ。死ぬのが怖いんじゃない。護れないのが怖いんだ。何故ならば君のような人間は誰かを護れず傷付く事を止める事が出来なかった時点でその存在価値が破綻するのだからね。が、しかしそれは数多の正義の味方、数多の英雄の事情と言うもんさ。君の場合は違う。お母さんは君を警察官にしようと日々を虐待的に厳しくしようとしていただろ?君を鍛える為に。そして君が母親から与えられる試練をクリアする度に君のお母さんは目的が変質していった。手段自体が目的となってしまった。死なない息子を如何にして殺すのか。その実験を楽しむようにね』
「児童相談所とかも来たんですけどね。まあ、虐待的に厳格に成ったのは親父が先に死んでいたからだという事情もあったんでしょうけど」
月に一度は必ず骨を折るような幼少期。
折られるような幼少期。
しかし、母親が元警察官である事が児童相談を機能させなかった。
警察官ならば、虐待など行う筈がない。
そう判断したのは後に業務怠慢で免職となる当時所長だったお偉いさんらしい。省庁から天下りでやって来た人間が虐待についての専門知識など持ち合わせる事など無いのも当然だろう。僕は虐待を見かねた大福寺住職、つまりは忠宗の母ちゃんから保護され生き延びる事が叶った。
それはまるで牛若丸のように。
大福寺こそ、僕の家であった。
『其処で君は同い年の兄弟分と出逢うね。生涯、苦楽を共にする親友であり槍を並べる戦友だ。忠宗少年はしかしながら正義の味方ではない。君ほどに苛烈な家庭環境にはない故に自身に理由が存在しないからだ。唯一、忠宗少年に理由があるとすれば康平少年を護りたいという気持ちだろうね。君は正義の味方だが、忠宗少年は康平少年の味方なんだ。その生き方を見つけてからの彼は全然軸がぶれない。キャラクターがぶれないんじゃない。人生における軸がぶれないんだ。君は世の為人の為、公的に生きる必要がある。その為、君を理解出来る人間は一握りだけだ。君と同等の能力を持つ者にしか、君は理解されない』
「理解して欲しいと思った事は一度もありませんが。確かに化け物扱いではありましたね」
『其処で康平少年の悪い癖が社会で悪いように機能するのさ。君は自身の能力を過小評価し過ぎる。誰もが自分より幸せであるという幼少期のトラウマがそうさせているのかは解からないけどさ?君を理解出来るのは忠宗少年ぐらいだけだろ。新遠野市という閉じたニルヴァーナで活躍する紅い武者鎧の神人を理解するのは、同じく閉じたニルヴァーナで活躍する真っ白な僧衣の神人だけだという事を忘れちゃいけない。まあ、小学生になった頃から君は理解者に恵まれる事になるわけなんだけどね』
「なんせ、クラスメイト全員が幼馴染という伝統工芸科ですからね。担任の先生ですら幼馴染なんだから」
北条呉服店の娘さんが担任だ。
徳川剣術道場からは歩いて五分の距離である。
『さて。其処が今回の問題点だ。君の正義は『弱い者の味方』という解かり易いコンセプトというか方針と共にもう一つ『混沌の是正』というものがあるね。此処が民草に理解されないポイントだ。それは自由意志の剥奪に捉えられかねないからねえ。確かに混沌と自由は似ているようで全く違うんだけどさあ。何でもやって良いと好きにやって良いの違いは、常々その差異を考えている人間にしか解からないように出来ているってもんだよ。そして良識無き人間は混沌の空気が心地良いというのが世の中の相場ってものだろ?』
「それ簡単なんですけどね。誰かを傷付けて笑っても良いのかどうかってだけですし」
『良いのさ。民草は常に娯楽に飢えている。それが使い捨ての娯楽であろうと享楽であろうとね。其処を取り締まるんだから君への反発は当然産まれる。しかし、君はその反発に向き合う事が無い。君たち、奥州源氏という閉じた正義はその閉じた正義だけで完結しているからだ。だから君を教祖としたカルト集団だ、なんて言われちゃってる』
「僕が教祖のわりに僕へのお布施は一切ないんですが…」
『理解される筈がない君の周囲に理解者が現れた。これが最上にして至上のお布施だよ。大体カルト集団というなら『手を繋いだ迷子』がそうだろ。間違った事を間違ったまま押通すのがカルトだ。あの迷子集団の中でも反発していた武田の御嬢さんは特に声が大きかった。だから今回の騒ぎは結局のところ声の大きい奴が目立っただけという事だね。誰かが損をするような娯楽を楽しむような民草に天罰が当たるのも当然って話さ』
「気持ちは解かるんですけどね…」
チートを使ってゲームを楽しむなって事なのだが。
しかし、チートツールを使わないのは使わない側の弱さだと彼女等は主張していたわけで。
アホかと。
警察が介入したという話。
何処でそういうズルさを学んで来るんだろう?
少なくとも旧市街の南部小学校じゃ狡猾さを学ぶカリキュラムは無かった。
狡猾に生きてどうすんだ。
獣編と交じるに、獣編と骨。
それが意味するところは狩りをする為に行動するって事に他ならないんだから。
しかし勝ち負けで物事を判断する武田ちゃんには。
これ以上ないくらいに、適切な熟語なのかもしれない。
『私が提唱する『手を繋いだ迷子』は読んで字の如くだ。多くと手を繋ごうとする。人間の祟り化を促す呪いとしてね。しかし、多くと手を繋ぐには多くの手が無くてはならない。そして自然界には手を持つという名前を冠した生物が存在する』
「ええ。百足、です」
手と足の違いはあったが。
僕は今回の事件で初めて概念としてではない、祟りとしての〈手を繋いだ迷子〉を確認した。
変異していたのは。
加害者一派である、武田心美。
その、脊髄。
『百足憑きが毘沙門天の憑代じゃなくて良かったよ。康平少年、絶対ああいうお姉さん系の美人好きだろ?』
「綺麗なお姉さんを嫌いな男子はいません。断言出来ます」
しかも、同い年のお姉さんだ。
その後、上杉さんは僕への苦手意識から少しばかり寝込んでしまい、今は伝統工芸科を避けるようにしながら風紀委員長をしているのだとか。綺麗でエロい上杉さんと何とか如何にかして仲良くなりたい伝統工芸科は近付こうとするのだが、その度に大奥の友人達に行く手を遮られ、這う這うの体で逃げ帰って来るまでが最近のテンプレートな日常になっている。
最近の上杉さんは以前のようなクールビューティーではなく、活発な少女になったのだとか。
大奥では体育の時間、平坂にライバル意識を持つようになり、毎回それはそれは苛烈なデッドヒートをしているらしい。其処から仲良くなり、二人で昼食を食べる事も多くなったと、平坂自身から聞いた。
大奥の友人と聞いて僕は安心した。
いや、別に伝統工芸科の幼馴染は如何でも良い。
少しばかり素が出るようになった上杉さんに、竜心館以外の友人が出来た事が。
何よりも、喜ばしかったのだ。
【これは後日談ではあるが、このお地蔵様との解決編の数日後、僕の家には上杉さんの御実家から感謝の手紙と激ウマの米沢牛が送られて来る事になる。手紙の内容は、まあオテンバな娘が学校では真面目な生徒会長なんてやってるのを知って、親御さんからしたらやはり無理をしてると思ってたらしい。徳川君がブッ飛ばしてくれたおかげで、娘も不要な仮面を少し外す事が出来ましたと。ブッ飛ばしたのに感謝されてしまう事となった。ちなみに貰ってばかりいられなかったのでお返しにと岩手県の銘酒である「菊の司」と「南部美人」を贈り、『こちら謝り酒としては少ないですが、新遠野市に居る間、娘さんは生徒会長として僕が責任を持って御預かり致します。此度は傷付けてしまい申し訳ありませんでした』との一言添えておいた。そしたら米沢藩御用達酒造の高級なお酒「東光」が贈られて来たので、僕は謝罪合戦について潔く負けを認めるようにしたのだった。しかし、これが上杉さん本人からしたら気に入らないらしく、僕は毎日のように彼女から勝負を挑まれる事となる】
『上杉御嬢さん、これからどう変わっていくんだろうね?』
「オテンバな素が少しずつでも良いから表面化してくれたら嬉しいというか安心出来ます。僕は御存じの通り、人斬り稼業もありますし裏でコソコソしなくてはなりませんから、ああいう王様みたいな人間が一人いるのといないのでは統率力に違いが出て来ますからね。毘沙門天の加護なのかもしれません。彼女が多くに慕われるのは」
『孤高の存在でなくてはならず、孤高を許されない、かい。難儀な王様だね、康平少年も』
「いえ。難儀なのは僕に連なる友人達かと」
廃村に立ち上る炎はまだ消えない。
多分、消えないんだろう。
なんとなく、解る。
百足は、火を嫌うのだ。
その多くと手を取ろうとかする精神姿勢。
それに警鐘を鳴らしたんだろうなと。
僕の中の、本物の王様に感謝した。
『虎新館高校が事実上、神仏庁に合併というのがキナ臭くなったが…』
「それで確信しました。やはり、虎新館は神仏庁と繋がりが在った。あれだけ荒れてた学校を神仏庁は正していない。そして教職員は全てが神仏庁付属高校に転勤でしょう?」
そして兄貴も神仏庁絡みで動いている。
何かが、始まったのか。
それとも何かが、終わったのか。
『それに物語の冒頭に君が掻っ捌いた彼女。遺体が見つかっていないそうだね?』
「大人であるにも拘らず、神降ろしをしていた可能性が高いと、兄が。それが意味するのは_。」
『大神降ろしによる変異。百足憑き、だね…』
「ええ。恐らくは」
また警察と幕府で調べる事になるのだろう。
この町は、あまりにも謎が多過ぎる。
『しかし康平少年もタヌキだね?上杉御嬢さんを助け、仲間に加えた理由。それは彼女が不遇の環境にある事ではない。《君は彼女が持つ神降ろしの強制解除能力を監視下に置きたかっただけ》だね。他の神人ならばまだ話は分かる。替えも利くからね。けれども君だけは絶対に替えが利かない。交換が出来ない。君だけは神降ろしを解除されると皆が困る。そうだろ?』
その通り。
僕は最近、対抗手段を用意するを覚えた。
「僕のアンチアマテラスにとって、唯一の懸念が上杉さんですからね。僕が〈日本最強の怨霊〉を宿している限り、平坂はその力を御される。そして生体サーバーである平坂が力の一部を失うという事はヤオロズネットに綻びが生じる。亀裂の入った万能の願望機は、恐らくは御守り程度の効力しか発揮出来なくなるでしょう。平坂陽愛を抑えると平坂陽愛を護る、その二つの任務は意外と同時遂行が可能なんです。平坂自身を弱体化させる。それが何よりの秩序に繋がる。過ぎる力は混沌を呼ぶというものでしょう?弱体化していても一般的な神人に比べれば規格外ではありますが、神人という枠に押し込む事は出来ているわけですから」
『まあ、それにはアンチアマテラスである〈日本最強の怨霊〉が存在する事が第一条件だからね。仕方がないと言えば仕方がないか。だがしかし、それならば何故上杉嬢を殺さなかった?彼女が剣道の日本チャンプだとしても、康平少年ならば可能な筈だ。何故なら君は警察剣道の日本チャンプなのだからね』
倒した相手への追い討ちさえ技として組み込まれている警察剣道。
当然、全日本剣道連盟においてそれは反則であるのだが。
治安維持を任務とする警察官が犯人と立ち回ったとして、其処に審判はいない。
そりゃ、国民の眼というのはあるだろうが。
正々堂々、正面から仕合って凶悪犯に殺され国民を護れませんでしたでは話にならない。
税金を使ってコントをしているような物である。
我が家でもある徳川剣術道場は剣道を教える道場ではなく、スパルタで警察剣道を教える道場。
剣道を人間形成に用いる一般的な道場ではなく、護身術を教えるカルチャースクールに近い。
だから僕は上杉さんと仕合っていないんじゃない、仕合えないのだ。
やってる競技が違うんじゃな。
「それでも上杉さんの剣腕は脅威だと判断しましたし、殺してしまうならば味方に組み込んだ方が合理的だと。祟り相手ではない、今回の騒ぎのような神人が相手の場合に彼女の能力はプラスに働きます。あの太もも姉ちゃん自身の強さは本物ですから攻勢要員としても充分に使える。今回、武田心美と戦ってよく解かりました。お地蔵様は僕を自殺に追い込んだ概念を〈手を繋いだ迷子〉であると表現し、彼女が宿していた〈我、多数也〉という悪魔は集団に帰属する事で人間に悪性が芽生えるという悪の根源そのものを具現化し悪魔化した存在だったわけです。そして日本にも存在する無数の手を持つ畏れの対象とはお地蔵様が言う通りに百足しか在り得ない。そしてその百足が人体の何処に現れるかといえば、形が似ている脊髄しかなかった」
武田心美は身体を焼かれても首を切り落されてもまだ生きていた。
脊髄を引っ張り出したのはトドメを刺す以上に確認作業の為。
もし百足に神人の人体組織が変異するとして、やはり形が似ているという理由から頸椎しか思いつかなかったのである。
『ならば武田お嬢さんの脊髄を引っ張りだした時に、康平少年は視たんだね?彼女の脊髄は既に百足に変異していたのを』
そして脊髄である百足を引き摺り出し斬ろうとして、百足は僕が手にする籠釣瓶に脅えていた。それは〈手を繋いだ迷子〉が女性特有の悪である何よりの証ではないのだろうか?
吉原百人切りの史実を基にした伝説を持つ村正・籠釣瓶は、女切りの妖刀なのだから。
「…恐ろしい概念だと思います。人間の祟り化。首を刎ねても百足を斬らなければ意味がなく、そしてあの百足は半霊体だから籠釣瓶でしか斬る事が出来ない。桜の木を食い破り、中に棲みつくのは確かに百足だと言われますけど…」
『大神降ろし事件。つまりは康平少年を自殺に追い込んだ一派。その加害者は百足に毒されている可能性が高い、だね。〈手を繋いだ迷子〉は百もある足を互いに繋いで間違いを間違いのまま押通そうとしている。そして百足のような害虫は太陽の光を恐れるってもんさ』
それが平坂を弱体化させる一番の目的だ。手を繋いだ迷子に属する者は圧倒的な力の前に自身が百足である事を隠そうとする。食い殺せると思う存在の前にしか卑屈で姑息な百足は姿を現せない。武田ちゃんが平坂を避けている理由もこれに該当する。
弱くなっているとはいえ、平坂クラスになれば単純に当たり負けするからだ。
どれだけ手を繋ごうとも、太陽神はその全てを焼き払う。
しかし、焼き払うのは僕も同じ。
浄化の陽光なのか。
怨嗟の炎熱なのか。
違うのは、それだけという話。
「神降ろし無しで祟りを祓えるかどうかは賭けでしたけどね。事前情報で竜心館・虎心館が祟りを飼い慣らしている、もしくは操作している者と通じている可能性があるとは知っていましたから。忠宗と話をしてその為の準備もしたわけですが」
『手を繋いで百足を増やそうとした武田心美じゃない、その百足そのものを使役している者が居るという事だねえ…』
「でも、虎心館には居なかった。武田心美は怒りを煽る扇動者ではあったけど彼女が直接僕に怒りを持つ理由が無い。自由である事を主張しても彼女自身の自由とは刹那的で享楽的な使い捨ての遊びの為だ。僕に固執する理由は無かったんです。しかし、誰かの怒りに便乗したのだと考えれば手駒を増やそうとする彼女の精神姿勢にも説明がつきます。戦えれば良いんです彼女は。物事の判断基準が勝ち負けだから」
『中心人物ではあったけど、起点の人物ではなかった。君等が追う、祈祷師の事だね』
そしてヒミコと呼ばれるハンドルネームを持つ人物はあの攻撃的な少女ではない。
武田ちゃんはただ、ヒミコの声を聴いただけ。
何処にいる?
百足を放ち、その足を繋げた張本人は。
「不気味ですね。ヒミコと名乗る誰かは確実に僕の事を知っている。それもかなり深いところまでをです。最初は加藤清美を疑ったんですがキヨミンが犯人なのは在り得ない。彼女の心の傷そのものが僕を自殺に追い込んだ事だからです。もう一度僕への反目を覚えたならば、ヤオロズネットは心の成長を放棄したと看做して神降ろしが解除される事になる」
『それこそ、上杉嬢の力無くだね。契約解除だから自業自得になるんだけど』
神様から三行半を突きつけられる。
間違いから何も学んでいないとして。
だから、元加害者ではあってもキヨミンがヒミコではないと断定出来る。
「しかし此処で疑心暗鬼になり誰もを疑う事は生産的じゃない。僕の事を詳しく知っている人間なんか其処等に溢れてるのが新遠野市です。田舎は情報の伝達速度が光回線並みですし、幾ら政府指定のモデル特区だとしても新遠野市は東北の片田舎だ。ヒミコというハッカーなのかなんなのかについてのみ、誰が犯人なのかはあまり意味が無い。百足を与えられた人物が僕を自殺させたのならば、端から斬って行けばいつか黒幕にドンピシャリですから」
『それまで何人斬るのか。それは運次第ってワケだねえ』
皆で悪い事をしたら皆が捕まる。
赤信号を皆で渡れば皆が轢かれる。
それだけだろう。
ヒミコと名乗る百足の主は。
恐らく、それが解っていない。
『ところで康平少年。武田心美は仲間を増やし、その増やした仲間が己の力量になるという能力で間違いないんだろう?既に相当数の頭数が居た筈だよね、武田騎馬隊は。そんな聖書にも記載されるような悪魔である〈我、多数也〉に、元々人間でしかない源氏の英霊を宿した程度の神人が勝てるものなのかな?武田お嬢さんは力が来ないと、叫んだんだろう?』
「だから伝統工芸科が裏で動いてた。僕だけが奥州源氏じゃないって事です。増やした仲間を剥がして行けば、彼女自身の能力はただ人々の感情を焚き付け扇動するだけの悪党だ。彼女には『仲間』が沢山居たんでしょ。でも僕は『友達』が沢山いるもんでして」
僕が独りで潜入しなくちゃならないと知り、即座に伝統工芸科の幼馴染達は攻勢に出た。
武田騎馬隊の大半は既に女子少年院に入れられている。
中には発狂した御家族が普通の刑務所に入ったなんて話も聞こえて来ていた。
動けと命じたわけじゃない。
武田ちゃんの能力値が仲間の頭数に依存していると知っていたわけでもない。
ただ友人達は自発的に動いたのだ。
日々、戦闘訓練を受けている彼等ならば武田騎馬隊のメンバーを一人一人順番に闇討ちするぐらい造作も無い。普段から地域住民に煙たがられているヤンキー少女を闇討ちしたという事実が世間から咎められる事も無いだろう。何故ならば独居老人宅の訪問やシングルマザーのご家庭への買い出しなどの福祉貢献を欠かさない伝統工芸科は既に充分以上の地域理解を得ている。
仲間を増やすと理解者を増やすの違いは大きい。
僕の自殺で友人達も多くを失った。
だから神降ろしを用いて正義を担おうと決意した。
力を手にした僕等は弱者を傷付ける犯罪を憎み、力を得る過程で武田ちゃんは犯罪者を増やす。
溝は最初から存在した。
反目というか衝突は視えていないだけで、物語が始まる以前から在ったのだ。
正義の味方と、悪の手先は。
そもそも仲良しにはなれないのが世の中ってモンだ。
「ただ遊んでいるような連中が何かを訴えたところで世間様は耳を貸さない。僕を教祖とした宗教かと彼女は伝統工芸科をバカにし蔑んだわけですが、彼等は僕を崇拝してるんじゃなく僕に惚れてますのでね。自分の活動で影響を誰かに与え、その誰かが自ずと自陣へと加わる。友達は増やすんじゃなく増えて行くもんでしょ。そうじゃない武田ちゃんはカリスマ性ってのを理解出来なかっただけです。舞台に立つ側じゃなかった。彼女は客席から舞台に向かって石を投げつけるポジションから出ようとはしなかった」
『カリスマの塊みたいな康平少年だからねえ、そもそも役者が違ったワケだ。ふむ、それこそ私の契約者。天罰の執行者に相応しい』
彼女は言った。
「我、多数也」と。
なら僕は、此処で漸く、あの子に向かって一言だけ言いたいと思う。
だって仲間を増やすのが力だとか、恥ずかしくて聞いてられねえってモンだろ?
力というのは他所から引っ張って来るんじゃなく、内側から滲み出るというもの。
それこそ孤軍奮闘しつつ、凛として立っていた上杉さんのようにだ。
あんな程度の低い人間にかける言葉なんか一言でさえ勿体無いと感じてしまう。
鍛える事を怠け、使い捨ての娯楽に興じるような。
自分の人生がつまらないから、誰かの人生に便乗しようとするような。
その程度の女の子でしかなかった。
多数派に安心するような、多数派である事こそ強者であると言い切れるような。
今は女子少年院で何を思うのだろう?
探偵が捕まえた犯人に思いを馳せるのは御法度なのだが。
探偵じゃねえし。
其処は良いとして貰いたい。
財界の第一線で活躍する父親は武田心美という人物が最初から存在していないようにと。
裏で工作を始めたらしい。
其処に愛は無い。
親の愛があるならば、そんな選択肢は取らない。
だから彼女の傷とはそれなのかもしれない。
神降ろし、だったのかもしれない。
創に応じた、神様だったのかもしれない。
けれど、其処で数に頼ったのは彼女の悪性が原因だ。
手を繋ぐしか、自身の強化を果たせない人間。
嫌いな奴を見つけたら仲間を作ろうとする人間。
自分で戦わず、すぐに誰かを頼る人間。
そんな生き方を続けていたら、自分の生き方は常に他人を支柱とする事になる。
自由を声高に叫ぶならば、自らを由として動けるだけの力を持たなくてはならない。
未成年の主張。
つーか、未熟者の主張でしかなかった。
親の威光を借りて遊ぶのも良いけど。
親の金を使って遊ぶのも良いけど。
それは借り物でしかない。
結局、何処までも上杉さんとは対極的で。
結局、何処までも上杉さんとは対照的だった。
上杉さん、結婚したい女子高生ランキングぶっちぎりの一位である。
そして武田ちゃん、結婚したくない女子高生ランキングぶっちぎりの一位なのだ。
そういう事だ。
『どうしようもないワガママなら、自分だけで生きれば良かったのにねえ?』
「ズルいから鍛える事を怠けただけです。他人の強さを借りるのが楽だと気付いた」
そんなヤツに言える言葉なんか、この一言だけで充分だ。
出直してこい。
徳川千本桜 ~護るクイーン『罪』~ 居石入魚 @oliishi-ilio
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