第25話
◇
髪の毛を掴んで膝蹴りを四度叩き込んだところで武田ちゃんの前歯が何本か吐き出された。何とも脆いもんだ。更に追撃で六発ほど膝蹴りを叩きこんだ後、左手で髪の毛を掴んだまま首を後ろ側に仰け反らせ、喉を何度も殴りつけてから闘技場の真ん中に放り込んでやった。彼女の味方であるのであろう取り巻きにはリバーブローを三度叩き込んで悶絶して貰っている。
上杉さんは刀を構えたまま動かない。
動けないのだ。
僕が怖いから。
「と、徳川くん!そんな、貴方、女の子に何を!」
「黙れ。殺すぞ?」
一瞥する。
炎のような熱血漢である上杉さん。
それが如何したと言うんだ。
女だろ?
人を殺しても何とも思わない精神姿勢の。
動かない武田ちゃんに馬乗りになり何度も顔面を殴りつける。僕は婦女暴行で捕まるのだろうか。んじゃその前にコイツがやった僕への自殺幇助を取り締まれよというだけ。「これは○○の分だ!」と言いながら仇敵を殴りつけるシーンはよく漫画で見かけるけど、全部自分の分だ。奪われたのは此れから続く人生。
自殺歴があるから警察官になれない。
僕はコイツに未来そのものを奪われたのだ。
一年をパンチ一発だと換算しても七十発は殴らないと精算出来ない。
平坂風にいうのであれば懲らしめる事が出来ない。
懲らしめるつもりなんか、無いけどな。
殺す気しかねえ。
本当にアニメ化の話が来ない事が解るお話である。
ロリッ子に馬乗りになって、しこたま殴ってんだから。
力の弱い女性に暴力を振るう男性は最低だけど、反撃してこないと知っている存在に一方的に暴力を振るう事は犯罪だけど。まず僕がそうだった。一方的に暴力を振るわれて自殺に追い込まれてんだから、僕が懲らしめるのは当然の権利だといえるんじゃないだろうか。
世の中は多数派に優しい。
それは自殺で痛い程に思い知った。
だからその手を繋いだ多数派を端から斬って行けば、いつかアジテーターに大当たり。
殴る手が痛いけど、まだまだ足りない。
この女の子は殴られたら痛い事を知るべきだ。
殺されたら辛い事を知るべきだ。
誰が?
遺された、家族がだ。
「うーっし。四十発だ。残り三十発だからな?」
彼女は答えない。
気を失っているのだから当然ではあったが。
上杉さんを観る。
刀を抜いて、構えている。
その切っ先が向くのは、僕だった。
「上杉さんを懲らしめるつもりは無いから構えんで良いよ。君は警察のブラックリストに名前が載ってないし、幕府にも理解を示してくれる立場だし」
「そういう事じゃないでしょ!徳川くんが殴ってるの、女の子なんだよ⁉」
女の子だ。
少なくとも中年のオッサンには見えない。
けれど、女の子だからなんなんだ。
「僕が知る限り、刑法には女の子であれば他人を自殺に追い込んでも良いですという表記は無い。同じくして女の子であれば他人の人生を狂わせても良いという表記は無いし、女の子であれば罪から逃亡しても良いですよという表記も無かった筈だ。武田ちゃんは僕だけでなく多くの若者をその攻撃性の高さから傷付けている。同時に、多くの方々の生活も脅かしている。暴走行為だけじゃなく、店舗破壊なんかの常習犯。我が強いってそれだけで罪だよな」
「だからって…。徳川くんは可哀想だと思わないの⁉」
「可哀想って、誰をだ?好き勝手やって殴られて気を失ってるだけのこの『女の子』をか?それとも全ての可能性を奪われ全ての絆を壊され完全な孤独の中で生きなくちゃならなくなり今でも自殺衝動を抱えなくちゃならなくなった『僕が』か?上杉さんは少し勘違いをしてないか?まあ、それがこの国の悪いところなんだろうけど。どんなに可哀想であっても『犯人を庇うのは犯罪』だと知ってるか?僕が武田ちゃんを殴ってるのは動けなくする為だ。この卑怯者は自分じゃない他人を動かし、自らは逃げようとしていたんだぞ?君が一騎打ちを仕掛けなかったらコイツは逃げていた。だから席から動かなかった。あの席がエレベーターに一番近いからだ」
「でも…。でも…。武田ちゃんは女の子なんだよ…?女の子をそんな風に殴るなんて…」
「クハハ。アニメ化の話が来なくなるってか?そんな女子だからなんて信仰は要らねえよ。要らねえし、流行らねえ。僕の任務は理事長から頼まれた龍心館の編入以外にもう一つ。警察から請け負った《大神降ろし事件の容疑者確保》もあるんだ。これ以上グダグダ言うなら公務執行妨害でしょっぴくぞ?」
そして気を失ってなどいないのだ、武田ちゃんは。
痛いフリをすれば殴られないと思っている。
「武田心美。死んだふりなんかしてんじゃねえ!」
霊力を込めて固めた拳を鼻面に入れる。
闘技場の床に叩きつけ、床が少しだけ陥没した。
「殴られるだけで終わるとかの計算もしてんじゃねえ。この後お前が行きつく先は少年院だ。鑑別所でさえねえ。この殺人犯が」
立ち上がり、霊力を込めて踏みつける。
無論、頭部をだ。
バチバチと短絡の火花が飛びだしているが、それでも止めるわけにはいかない。
何度も蹴って、バチバチが止まるまで蹴って。
それでも僕が奪われた物は帰って来ないというね。
誰に頼んだら返してくれるんだろうね?
未来を。
人生を。
僕から奪ったモン、全部。
「…こんなの…。徳川くんも変だよ!」
「僕が狂ってるのはコイツ等が僕を壊したからだ。武田家を滅ぼしたって良い。コイツが罪を認めないならば御家族の方に罪を償って貰うのも一つの手だ。勘違いすんなよ?《武田ちゃんは普通に人殺しだぜ?なら、誰かが罰を与えられるのは法治国家じゃ当たり前》だろ?」
自殺幇助に自殺教唆。
殺人と同等の罪である。
そういや、武田心美は女子に殺される方が悪いと言っていたんだったか。
ならその女子全員が人殺しの罪でムショ行きだ。
霊力を凝縮した拳を武田ちゃんの腹部に入れた。
彼女は黒い血液を吐き出し、強く短絡する。
無尽蔵に仲間を増やし、常に多数派に属するという能力。
イジメを武器にする能力。
成程ね。
小魚が群れ、大きな魚影を作るようなもんか。
マンボウは大変さ。
生きるだけで常に自殺と隣り合わせだっつーのに。
「やぁぁぁぁぁぁ!」
と、裂帛の叫びと共に。
上杉心が大上段から唐竹割を繰り出した。
僕は鞘を引き揚げ、柄で斬撃を受ける。
籠釣瓶の柄巻である葛布が、小豆長光によってハラハラと宙を舞う。
「…何すんだよ?」
「女の子を殴るなんて見てられないよ!」
「見てられないならどっか行けよ。殺人犯を庇う気なら、アンタも殺すぞ?」
「…え⁉徳川くん、アナタ、髪の毛が伸びて…。なに…、黒い、炎…?」
血液が黒く沸騰する。
胸の内側から大きな腕が突き破って出て来るかのような痛みが。
僕を侵食した。
意識を失う直前、最後に視たのは。
〈SUTOKU〉
僕が宿した妖怪モードの。
名称だった。
普段の次郎焼亡での変身とは違い。
矢鱈、不吉な演出がされていたのが気になったが。
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