第23話
◇
百目という妖怪が日本には存在する。千里眼のような力を持ち、全身に眼があるおぞましい姿をしているとされる妖怪だ。上杉さんは刀を振るいながらキッと睨めつけるを繰り返した。睨みつけるのが神降ろしの強制解除ならば、睨まれる度に身体に埋め込まれた眼の一つが眠そうに瞼を閉じるのはそうだなと理解も出来た。しかし、暫くするとその眼は開き、眼が開けば武田ちゃんの霊力は一気に膨れ上がる。
武田ちゃんに武道の心得があるようには見えない。
刀、備前長船を振り回すだけだ。
しかし剣士にとって素人は間合いが読めずに苦戦するなんて事が珍しくなく。
上杉さんはまさにその状態。落とし穴に入りかけていた。
神降ろし、リンク要請。
数瞬も待たずに要請承認。
テレパスを上杉さんと繋ぐ。
『さては上杉さん、素人と喧嘩した事ないでしょ?相手の間合いとか考えず、単純にコッチの間合いに入ったら仕掛けて良いよ。霊力値は武田ちゃんが勝ってるけど、宿主の身体能力は上杉さんが倍近くあるんだし』
『それ、個人情報でしょ!女子は知られる事を嫌うんだって知りなさい!』
『上段の構えは身長差があり過ぎると刃が滑る。上杉さんは平坂ぐらい身長が高いし武田ちゃんは矮躯だ。それと面打ちは肩口にするのが実践剣術だからな?剣道はそのまま喧嘩に流用は出来ないんだ。応用は出来るけど、そのままの型じゃ仕損じる。ホラホラ、頑張って?』
『あーもう、うるさーい!』
なんていうか、憧れの先輩に説教をしているような気分だった。
同い年なんだけど、お姉さんって魅力のある美人さんだ。
対する武田ちゃん。
蒼い肌をした、全身に眼を埋め込んだような姿をした神降ろし。
神降ろしは原則として心の傷に応じた神様を宿す秘術。
しかし、武田ちゃんのあの姿は心の傷が形になっているとは表現出来ない。
そもそも、他人を力の源にする?
其処に心の傷は作用するのか?
過去に孤独過ぎる事があったとか?
でも、孤独単体で神降ろしなんかしない。
孤独は孤独故に痛みを齎す。
その痛みが神降ろしになるっつーんなら、まだ解るけど。
(存在する筈のない、痛みじゃない神降ろし…)
(神仏庁と民間研究機関…)
(虎新館高校と神仏庁付属高校の妙な繋がり…)
(そも、リーダー研修会を企画したのは虎新館だったか?)
(違う。この企画は神仏庁が教育委員会に打診したものだ)
(なら武田心美のあの神降ろし)
(民間の研究機関が関与してる可能性が出て来るな)
既に事件性はあるんだ。上杉さんの気持ちを晴らさせたいという思いはあるけど、コッチはコッチで仕事としてやらなくてはならない。
籠釣瓶を抜刀。
切り結ぶ二人の下へ駆けながら、太郎焼亡シーケンス開始。
刀身が爆炎を纏い、その刃は武田心美の背中を逆袈裟に切り裂く。
霊力低下。
闘技場の地面に落ちている御神酒を蹴りあげ、すぐさま補給。
太郎焼亡シーケンス、開始。
再度爆炎を纏い、籠釣瓶は武田心美の背中を袈裟切りに切り裂く。
太郎焼亡・二連。
もう一度、御神酒を飲む。
「ごめんな、上杉さん。事件性がある以上、応援は此処までだ。此処からは犯罪者を取り締まるパート警官として僕が武田心美を確保する。武田心美、任意同行じゃない。現行犯逮捕として僕が君の身柄を拘束する。大人しくお縄を頂戴しろ」
「徳川くん、なに、今の炎は…。旧市街の聖火に凄い似てたけど…?」
「上杉さん、あんま他人に興味ないでしょ?僕みたいなのが生徒会長してるの、この力を宿すからだからね?それとコッチの神降ろしは強制解除しちゃダメな?最悪、新遠野市が焼け野原になるから」
「一瞬だけ、德川くんの霊力値、癒しの姫君よりあったよ…?」
そりゃアンチアマテラスだからな。
無かったら困るさ。
そりゃ妖怪の王様だからな。
なかったら困るさ。
「大して利いてねえだろ、立て、武田心美。炎の殺傷力は派手な見た目ほど高くない。太郎焼亡は祟りを祓う儀式や演武に近い技だし。神人に使っても傷口を即座に焼いて塞いじゃうんだ。今のは単なる脅かしだよ。僕の全てを奪った自殺教唆の主犯格さん?」
ブスブスと焦げながら、蒼い肌のミニスカ女子は起き上がる。
僕は上杉さんのお腹を押して、後ろに下げさせた。
女性特有のプニプニ感が嬉しかったが。
「数を揃えればそれが力になるって解ってないの…?それが財界の常識なんだ!」
「そうかい」
爆炎を纏わない、斬撃。
制服が破れ、胸が露出したが。
殺人犯の胸を視たところで、ちっとも嬉しくなかった。
「…くっ。多数決で全てが決まるんだ。お前みたいな嫌われ者は弱いんだ!」
「そうかい」
小手打ちと肩口を狙った面打ち。
峰を返して、骨を砕くように。
僕を嫌ってるの、お前だけだけどな。
太宰治は言いました。
世間とは、個人であると。
「…なんで力が集まらない!我多数也…、我多数也…、我多数也…、我多数なりぃ!」
「そうかい」
僕は拳を固め、ロリッコの顔面に叩きこんだ。
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