第22話
◇
この状況下における僕の役割は一つ。
上杉さんの身の安全の確保。
ただ、これに尽きた。
但しこれは上杉さんを無傷で大奥に迎え入れる為じゃない。
そもそも龍心館を大奥が飲み込む形で丸ごと編入するのだから上杉さんだけが無事でも意味が無い。僕が彼女を護るのは彼女にはやるべき事が在ったからだ。
武田心美との決着。
其処には当然僕も介入したかったし僕を自殺に追い込んだ最重要人物として介入するべきではあったのだろうけれども、生まれ持った資質なのか女子に「徳川君は手を出さないで!」と強く言われると素直に即座に条件反射的に「はい」としか言えなくなるのはどうしてだろう。
キヨミンに苛められ過ぎたのか、それとも母ちゃんに虐待され過ぎたのか。
兎も角、僕の役割は単純明快。
上杉さんを無傷で武田ちゃんの所にエスコートする。
それだけだ。
祟り相手に使うべきである秘術の神降ろしを喧嘩に使っている事は当然パート警察官である僕としては見過ごせないのだけれども、僕の視覚を通じて記憶された事は警察に提出する証拠として充分に使えるだろう。そして虎心館生徒の横柄な態度と恐怖政治ともいうべき女子の歪な結束力が原因となってお嬢系である龍心館の勉学を阻害していたという事実はどんな事情があるにせよ覆せない。
簡単な話、今回の主役は誰かって僕じゃないのだ。
上杉心なのだ、主役は。
だからこそ僕は最初から来賓というか客将としての役割しか与えられておらず、その部外者である僕がこのリーダー研修会などというある意味では暴走族の集会のようなどっちが強いのかを語り合い示し合う場を破壊したのは当然だったのかもしれない。
多くの加害者は僕を殺した時点でその罪からの逃亡を謀った。
だから生き残っても僕には居場所が無く、生き残ってしまったからこそ僕は誰にも相手をされる事なく過ごして来なくてはならなかった。
その最たる存在が武田心美だ。彼女は壊すだけ壊したら後は知らんぷりという人間とは思えない行動規範に殉じていた。
だからこそその怨敵を上杉さんに明け渡すなんて事は出来ないと思っていたのに。
こうも簡単に獲物を譲るなんてのは。
上杉心が主役だからとしか説明がつかない。
虎心館の女子生徒は多くが神降ろし起動時の服装を狩人のような軽装弓兵に似たもので統一されていた。彼女達がククリのような山刀を使うのも山岳信仰をベースにした何かを宿している事に起因しているのかも知れない。
対する龍心館の女子生徒は神降ろし起動時の戦装束をまるで死装束のような真っ白な着物で統一されており、使う武器も戦う女性らしく薙刀が殆どで少数派として上杉さんや僕と同じ打刀がポツポツと見受けられる。
爽やかで落ち着いた色合いの軽装弓兵と死地に赴く覚悟が伝わる真っ白な撫子の衝突はそれこそ実力伯仲。一進一退の攻防が続き、完全に両者の力は拮抗してしまっていた。
だから僕が相手にするのは武田ちゃんの懐柔に応じた他校の生徒会長。
流石は生徒会の代表と言うだけあって一癖も二癖もあるような人物ばかりであったけれども、別に戦闘能力にキャラの濃さは関係無い。
淡々と撫で斬りにしていく。
既に他校の生徒会長も粗方斬り伏せ、しかしそれでも龍心館と虎心館の衝突に参加する訳にもいかず。僕は何となく上杉さんが今まで座っていた席に座って二人の生徒会長の直接対決を眺めるのが部外者としての礼儀なのではないかなとか考えてしまっていた。
いや、いつも主人公で疲れる役回りばかりなのでこうして脇役を与えられる事は普通に休息という意味では有難いのだけれど、相手が加害者でありしかも最重要人物の一人である場合はそうも言っていられない。
相も変わらず冷たい眼差しをしたままで自分の席を動かない武田ちゃん。
闘技場からは発火してしまうと感じる程の裂帛の気合を込める上杉さん。
武田ちゃんとは真逆の、今まで上杉さんが座っていた席に所在無く座って頬杖を突く僕。
武田ちゃんが苦手なのは言うまでもないけど。
上杉さんも得意かと言われればそうではない
我の強さと、気の強さ。
ワガママさんと、オテンバさん。
そうした自分の意見を貫き通そうとする女子というのは立ち位置的にはキヨミンに近く、そして立ち位置がキヨミンに近いからこそ僕にとっては鬼門に位置するタイプの女性である事は間違いないのだ。
それも呑気でグータラな女子に毒され過ぎたせいか。
小豆長光を大上段に構える上杉さんに向かって武田ちゃんはゆっくりと観客席を降りて来る。
小さな矮躯。
太ももがエロい上杉さんとは身体つきまで真逆だ。
神降ろし起動状態の上杉さんの服装は剣道部員が身に付けるような黒袴に白衣、それにビシャモンテンの彫金が施された胴丸とビシャモンテンの彫刻が施された籠手だけという軽装な女流剣士といった出で立ちであり、見た目からしてメインヒロインみたいだと僕は少し喜んだ。
シャギーの入った優等生は冷たく感情のこもらない眼差しのロリッ子に戦意をぶつけ続ける。
対して武田ちゃんは神降ろしを起動していない。
果たして神降ろしを体現しているのかどうかすら、僕には疑問だ。
籠釣瓶は既に鞘に入って寝てしまっている。
僕も赤い武者鎧のイメージを固着する事を止めていたし。
頬杖をついて、半裸で女子高生の喧嘩を眺めているだけ。
『忠宗。研修会は竜心館と虎心館が直接ぶつかり合ってる。暗器は使うことになっちゃったけど、僕は無事だ。それで武田心美の神降ろしなんだけど、調査結果は如何だ?』
『む、お疲れ様じゃな殿。武田じゃが、聖書に記されておる悪魔を宿すで見解が一致しておる。竜心館の直江嬢とウチの理事長が頑張って調べてくれたんじゃが、〈我、多数也〉とかいう悪魔だそうじゃ。多数派に属する事で人の心は悪性へと傾く。そうした概念のようじゃな。能力は山内が考えていたもので間違いなさそうじゃ。他人を原動力にしておる』
『レギオン、ね…。なら上杉さんヤバくねえか?神降ろしを解除しても霊力源は他の誰かに委譲するって事なんだろ?犯罪者を増やす武田ちゃんが〈我、多数也〉を宿すってのは、そのまんまで捻りが無いなとは思うけど。これから二人、決闘する感じなんだぞ?』
『相性が何処までも悪い二人なんじゃよな。上杉嬢は殿によく似た信念で生きておる。女版の殿じゃと言い換えても良えじゃろ。顔の雰囲気も同じキツメの美人さん系じゃし』
『武田ちゃんはどの程度の力を持つんだ?僕、個人的にエロい恰好をしてるロリッコ嫌いだし、ムチムチな上杉さんが好きだから加勢をするのも吝かではないけど?』
『今はまだダメじゃろうな。上杉嬢が納得するまで、直接対決を見守る他あるまい。今現在、事務的な手続きをヒーラーとで行っておる。竜心館の編入はすぐ出来るようにしておく。女子寮も空きが目立っていた事じゃし、二号館をまるっと竜心館に使わせるで話は進んでおる』
この手際の良さはキヨミンとカズホッチによるものだろう。大奥の顔役であるキヨミンに逆らう女子はいないし、実務能力が天才的に高いコンサートマスターがカズホッチである。
なら懸念事項はやはり武田ちゃんの能力か。
友人は戦闘で気を失っている虎新館の女子生徒のパンツを写メしていたが。
怖い思いをさせられたのだし、此処は見逃そう。
竜心館側のパンツは撮影していないみたいだし。
「武田心美!私と勝負しなさい!」
「あー、面倒臭いのよね貴女。徳川康平を殺せなかったし。なんかもう全部ウザいわ」
上杉さんと対峙する武田ちゃんの姿が。
祟りそのものに、変化した。
全身に眼のある。
真っ青な肌を持つ女子に。
僕はその姿を視て確信した。
僕等が追っている祟りを操るヒミコ。
それは多分、武田心美の事じゃない。
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