第20話

 闘技場に集まった聴衆というか他の高校の生徒会長は随分と賑わっていたのだが、まずそれは他人が死ぬ様子を見るのが好きな変態と何が違うのだろう。

 他者の苦悶と悲嘆にのみ愉悦を感じるという畸形の感受性を持つ武田心美は観客席で友人の女子と一緒になって『徳川康平には興味がありませんよ』、『これは私が仕掛けた事ではありませんよ』といった様子を装って笑っている。

 それを僕は円形の闘技場中央に立ち、黙って睨める。

 石造りのコロシアムは本家程に広くもなく観客席も多くはなかったが学校施設に用意されてある体育館ほどの広さがあり、そのバトルフィールドはバスケコート二面分ぐらいだろうか。

 上半身裸でハーフパンツ。

 他に装備としてはそれこそ闘技場で戦う剣闘士が身に付けるようなサンダルを用意されたが指が潰れ血が流れているので滑る事を嫌ってそれは身に付けなかった。

 その事にも武田騎馬隊はカチンと来たのだろう、待合室で拘束されている時に二度ほど割れた竹刀で顔を叩かれた。顔の側面を少し切ったが、それは瞼より下の頬だったので問題は無い。こんなの虐待で慣れっこだ。

 _そして考えなくてはならないのは上杉さんの編入について。

 既に昨日、幕府に直接助けを求めて来た直江愛子さんの保護は出来ている筈だ。でなければ平坂が僕の家で大人しく留守番をしている筈は無い。それと同時に龍心館がどのような扱いを受けているのかの取り調べも理事長によって行われた筈。その事情聴取の結果は当然のように学連に伝わるだろうし学連そのものが機能しないという事を知っている理事長はまず間違いなく第三者委員会を発足させ、その第三者委員会には警察関係者が複数名潜りこんでいる。そもそも新遠野市の教育委員会が神仏庁付属の更に上の権力で抑えられてしまっている以上、この町はイジメをゴリ押しで無くす文化なのだしイジメだけでなく迫害などの虐げる行為そのものを見て見ぬ振りする事が出来る。

 ならば、今回のリーダー研修会にも捜査のメスが入るは必然。出来得る限りの情報を持ち帰り、虎心館側の卑劣な行いを世間に知って貰わなくてはならないだろう。

 __更に上杉さんの編入についての懸念。

 此処で僕が断罪用の祟りなる謎の祟りを祓えたとして、上杉さんの救出にそれが直接結びつくかといえば決してそうではない。祟りを祓った瞬間、武田ちゃん達の興味は僕ではなく上杉さんに向かうだろう。彼女達は自分が傷付かずに一方的に嬲る事を目的としている。龍心館の生徒を守る為に言いなりになっている上杉さんが反撃に出る機会なんぞ望むべくもない。

 ___そして僕自身の懸念。

 正直言えば、神降ろし無しの完全な人間状態で祟りと戦うなんてのはこの僕がいうのも何だが自殺行為だ。よしんば勝てたとしても、やはり武田ちゃんは人心掌握した仲間を総動員して僕と上杉さんを今度こそ死ぬ一歩手前まで傷付けるだろう。フェアな取引ではなかったし、そもそも世の中にフェアな取引なんてものは存在しないと理解していたが、なんとか上杉さんを救いだす為には僕が人間状態で断罪用の祟りとかいう訳の解らない存在に勝つしか道は無い。

 ____最後に武田ちゃんについての懸念。

 上杉さんの神降ろしの力が『神降ろしの無力化』である事は確定であるけれど、意外な事に双璧を成す武田ちゃんの神降ろしの能力は全くの未知数だ。何を宿しているかも解らなければ、それがどんな能力なのかも解らない。推測というか推察するに彼女の能力は一対一の決闘ではなく多対多の戦争に特化した能力である可能性が高い。戦術的な神降ろしであると考えれば彼女の人心掌握に長けたその人格も神降ろしに有利な補正となって機能する。そしてその裏付けとして歪んだ欲望と歪んだ人格を隠しもしないで他人に攻撃的になるその人格は痛みを抱える同世代の女子にとってある種のカリスマ性となっていた。という事は僕は最悪このリーダー研修会に参加している人間全員と戦わなくてはならないという展開だって浮上してくる。

 _____本当に最後に僕等と武田ちゃんの能力差。

 神人化を果たしたと仮定した場合、唯一助勢を得られると期待出来る上杉さんの能力は単純に表現すれば『相手の神降ろしを無力化する能力を持つ剣士』に過ぎず、恐らく上杉さんの能力は僕以上に決闘に偏った物であるだろう。

 彼女はずっと道場剣術である剣道を学んで修練してきているし、その腕前はウチの部長を負かして日本一になる程だ。しかし、いざ尋常に勝負であればそれで良いのだが神人になった場合はそのままの意味で戦争だ。揉みくちゃになる中で剣道はあまり効果を発揮しない。

 対して僕の能力であるが、スピード一極型である無印というかプレーン味の〈クロウ〉ならば武田ちゃんと戦うことはせずに上杉さんをお姫様抱っこして逃げる事しか出来なかったが、このリーダー研修会に参加する直前の僕は神降ろしをチューニングした状態、それも火力特化型とした複合概念〈ウシワカ・ライコウ〉を内奥に宿しているので揉みくちゃにされようが背中に背負った大太刀である童子切安綱でまとめて掻っ捌ける。そしてライコウを宿す際に使える固有スキル、『神便鬼毒酒』は無理やり相手を弱体化出来る。ならば祟りを祓った後、上杉さんをこの闘技場内輪に呼んで二人で戦闘を行うのが最適解か。


 闘技場の床がせり上がる。

 出て来たのは真っ白なマネキンだった。

 人工祟り。

 ヒトガタによく似た、祟りのような祟り。

 上杉さん達、竜心館の皆は血だらけの僕を視て泣きそうだった。

 武田ちゃん達、虎新館の皆は血だらけの僕には既に興味が無かった。

 警棒代わりにと、鉄パイプを折ってTシャツを巻き付けただけの武器を構える。

 戦闘開始の合図なのだろう。

 銅鑼が鳴った。

 前時代的だなと、僕は苦笑いした。

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