第18話
◇
徳川康平ピンチ!
とか思うだろうけど、割とこんなのは慣れっこだったし、そもそも想定の範囲内である事は読者諸兄の皆様方に説明する必要もないだろう。こんなのは作戦会議中に死ぬ程話していた筈だ。さて虎新館には地下施設が存在し、何処か中世のコロシアムを思わせる闘技場のような籠に囲まれた一画が中央に存在している。
現在、僕は其処から横に入った牢屋(牢屋!)で鎖に繋がれて楽しい拷問タイムだった。
また、拷問する相手が武田ちゃんじゃないのが腹立たしい。
彼女だったら即座に噛み付いて殺してやったのに。
オレンジ色のスカートが短いので、この女子生徒も虎新館所属なのだろう。
神降ろしが機能しないので傷が全然塞がらない。
これだけは、想定していたとはいっても中々にハードだった。
「心美さまに嫌われるって、アナタ何をしたんですかぁ?」
「なんだっけかな?イジメを止めろとか、タバコを吸うなとか、動物虐待をするなとか、お年寄りに優しくしろとか、援助交際を止めろとか、薬で遊ぶなとか、割と普通の事だっけかな」
舌足らずな女の子だった。
左目を額から頬にかけて深く斬られ、両手両足の指を潰され、内臓から出血するぐらいに体幹を石斧で叩かれ続けて結構時間が経過しているとは思うんだが。
今一つ、この子のキャラクターが掴めない。
神降ろしが機能しないからダメージの総量も解からない。
だがこの程度。
母親から受けていた虐待に比べれば大したことない。
指先を潰すなら、母親みたいに爪を剥がすぐらいはして欲しいモンだ。
拷問するなら、そっちの方が心を折るには効果的なのである。
「アナタ。拷問されても声を出さないんですねぇ?普通、眼を斬られたら泣くと思うんですけどぉ?声を出さないだけじゃなく絶対に眼を閉じないのも変ですぅ」
「サムライってのは結局どれだけ自分を苛め抜くかなもんで…」
ドムンと。
石斧で胸を叩かれた。
ガラスが割れるような感覚がしたので、アバラが折れたのだろう。
「なんかもう拷問じゃ埒があかないからぁ?人工祟りと戦わせるって心美さまがぁ。アナタ、神降ろし無しで祟りとぉ、戦うんですよぉ?」
「人工祟り?待て、それはもしかしてヒミコってハンドルネームの誰かが係わってないか?」
「アタシはぁ、何も知らないのですぅ」
「武田ちゃんがヒミコと繋がっている、もしくは武田ちゃんがヒミコ本人…?なら、早く戦わせてくれと武田ちゃんに伝えてくれるかな?それと戦う前に自宅に電話しておきたい。遺言の一つでも残しておきたいし可愛い豆柴の引き取り先も決めておかなくちゃならない」
祟りの任意操作。
ヒミコ。
そして、人工祟りなる存在。
上杉さんを救出するという今回の任務。
事件性が、出て来たわけか。
岩手県全ての生徒会長も恐らくは脅されての参加の筈だ。彼等を巻き込まず何とかするにはその人工祟りとかいうヤツを何とかする必要がある。となるとアバラの骨折は余計だった。身体を捻る動作が出来なくなる。それは戦闘に支障が出るのは避けられないだろう。
「アナタ、自分が殺されるって思わないのですかぁ?人工物とはいっても祟りですよぉ?今は上杉の力で神降ろしも使えなくなってる筈ですしぃ?」
「神降ろしがまだ無かった時代の警察官はクマに民間人が襲われてると知って逃げると思うか?神降ろしが無かった時代の自衛官は国民が命の危機にあると知って尻込みしたと思うか?前時代的な生き方だと武田ちゃんは言ったけどさ?僕等は前時代を必死に生きて来た人々から引き継がなくちゃならない。それが若者の役割だろ?」
ゴッと。
斬られた左目を石斧で叩かれた。
出血は酷い。
酷いが、僕の心を折るには不充分だ。
折れて、自殺してんだから。
もう一度折るには相当気合い入れなきゃ出来ないってもんだ。
「…なんで心美さまがアナタを嫌いになったのか、解る気がしますぅ。連絡しておいたんでぇ、心美さまをエレベーター前で待つようにしなさいねぇ?」
「そりゃ光栄だ」
鎖から解放された僕はそのまま前のめりに倒れる事となる。しかし、本当に前のめりに倒れると大変な事となるので咄嗟に身体を横にして難を逃れた。
「…ん?今アナタ、不自然に身をよじりましたよねぇ?アバラ折れてんのにぃ?」
「解放してくれて、ありがとね」
「…あ⁉アナタ、もしかして身体に武器を仕込ん_。」
「まだ戦う力を残した手負いの獣を解放するか。バカだな、お前」
首を掴み、そのまま握力で握り潰す。
細い彼女の首からは、間を置かずに小気味の良い破砕音が鳴った。
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