第16話

 合併高校の校舎は虎新館だけのものであり、竜心館はそもそも既に校舎が無いらしい。何故合併というか統合されたのかには様々な憶測が飛び交っていたが、そのどれもがお金絡み・政治絡みの話だった。

 そもそも武田ちゃんは財界の第一線で活躍される大物資産家の娘。そして上杉さんは政界の第一線で活躍される大物政治家の娘だ。大奥への編入を可能としたのは恐らく上杉さんの御家族も動いていると考えて良い。そして虎新館がそれを赦そうとしないという事は財界こそこの国を牛耳っているのだという明確な証左であろう。

 リーダー研修会は受付が午前九時からだったので僕は忠宗の姉ちゃん、真田稲穂さんの運転で新市街入りした。理事長を使わなかったのは神仏庁付属高校が理事長を狙うかもしれない事を懸念したからであり、稲穂さんを選んだのは忠宗以上のパワーファイターである為に不測の事態が起こっても単体で切り抜けられると判断した為だ。

 振れれば壊れてしまうような美人の運転で送迎して貰うというのは優越感に浸る事も出来そうなものであったが、稲穂さん自身もかなりピリついている。恐らくは忠宗から聞いているのだろう僕の事情は稲穂さんでさえも心を張りつめさせるようなものだったらしい。


 新市街。

 虎新館高校正面。


 稲穂さんのハコスカを降り、昇降口に向かおうとした時。

 今日初めて稲穂さんから声を掛けられた。

「康平さん。御武運を」

 僕は黙ったまま頷き、応じる。

 本当にあの筋肉ダルマと血が繋がっているのかと脳が誤作動を起こす程の美人からの激励だ。

 日本男子、気合も入るってモンだろう。

 一般生徒ではない、職員玄関にて受付のテーブルは用意されており、各校の生徒会長は生徒手帳を見せて初めて参加となる。受付には二人の少女が座っており、一人は清楚なワンピースの制服に身を包みシャギーの入ったショートで銀物眼鏡。もう一人は制服を何処まで改造するんだと言いたくなるようなミニスカートで金髪のロリッコだった。

 言うまでもなく。

 二人の生徒会長だった。

 列に並んでいると他の高校から出向して来た生徒会長のヤル気は既に無い。

 なんでこんなのに参加しなくちゃならねーんだとの意見多数。

 他校の友人から名前を呼ばれたので一緒に順番を待っていると、友人は周囲に気を配って小さな紙切れを僕に手渡して来た。僕もその紙切れを一度生徒手帳に挟んでからメモを取るフリをして読む。

『康平。狙いはお前だ、気を付けろ』

 との事。

 解っている。

 そうじゃなきゃ、合併高校を会場にはしない。

 何処か、公立の研修センターなどを借りて行うのが普通だ。

 受付の両サイドには教育委員会からやって来たのであろう背広の方々が複数。そして列そのものを値踏みするような眼でニコニコと笑っている方々は恐らく企業の方々だろうか。

 その企業側、中には僕の肩を軽く叩いて来る方も居た。「よっ、康平」と声を掛けて来たのは僕がいつも使っている御神酒を仕込む酒造の社長さんだった。気を張り詰めている時に見知った顔を見かけるのは普通に嬉しい。社長は企業案内のパンフレットを僕に渡すと、手を振って再度企業側の列に戻る。

 順番待ちの手持ち無沙汰な間、パンフレットを視てみると。

『社有車に御神酒は用意している。ヤバかったら裏の駐車場に行け。鍵は開けてある』

 と、広告の備考欄に書きなぐったように記されてあった。

 忠宗が行った旧市街への根回しは機能している。

 しかし恐らく、僕はそれを使う事は無い。武田ちゃんはそういうのを許さない。僕が誰かから救われる事が大嫌いな女の子だ。本当にヤバかったらの最終手段として逃亡用に使うぐらいで記憶の片隅に置いておくぐらいにしておかないと社長に迷惑が掛かる。

 友人達と自校の生徒手帳を手渡し、受付を開始。

 テーブルに両足を載せて暇そうに椅子を傾けていた武田ちゃんは。

 此処で初めて、表情を変えた。

 オモチャを見つけた子供のように。

 命を弄んでも構わない虫を見つけた時の子供のように。

 邪悪に笑った。

 僕はそれを冷たく眺めていた。

 淡々と受付業務を完了させた上杉さんはそんな僕等に割り込むようにしてまずは全体挨拶を行うという議事堂への案内を開始。友人達は既に怖気づきだしている、この会が本当に僕を狙った物なのだと実感として理解したのだろう。

 他校の生徒会長とはどんな奴が来るのだろうと廊下は一般生徒でごった返していた。

 男子は女子の会長を視て騒いでいたし、女子は男子の会長を視て騒いでいたし。

 年相応な少年少女の反応だ。


 僕が校舎に入る。

 すると、校舎は水を打ったように静まり返った。

 今まで笑っていた生徒たちは表情を能面のように消し、ただ僕だけを視て。

 成程、練度は兎も角、統制はとれている等と。

 僕は歳不相応な事を考えていた。


 舞台に上がる側の人間である事にはもう慣れている。

 だから僕は、これから静かにミュージカルを始めるオペラ歌手のような気分であり。

 この気分は暗殺稼業を行う時にいつも感じているものであった。



 女の子の仲良しグループってのは本能的なモノであり、それはサバンナの牝ライオンがコミュニティを形成する事と同じらしい。生き抜く為には群れのリーダーに寄り添うしか女子の世界には無いのだと、いつか平坂が話してくれた。

 そうだなと理解したのは上杉さんの取り巻きの多さと練度の高さである。

 議事堂で僕は友人達と並んでつまらない話を聴いていたのだが、竜心館高校の生徒で上杉さんはガッチリと固められていた。議事堂上段の西側は真っ黒な生徒で埋まっており、あのお嬢様の集団にブッコみを掛ける事が出来る男子高校生は余程の胆力が無ければ無理だし余程の図々しさが無ければ不可能だろう。

 そして同じく議事堂上段の東側はオレンジ色と肌色成分の多い親が視たら泣くような恰好をした女子高生で埋まっていた。

この集団にブッコみをかけるのは割と簡単そうに思えたが係わりたくないとの男子の生理的な感性のところでストッパーが掛かった。籠釣瓶も無いことだし五月蠅い声さえ我慢していれば害は無かろう。


 上杉さんは真っ直ぐに壇上を見つめていた。

 武田ちゃんはずっと僕しか視ていなかった。


 どの程度、武田ちゃんの息が掛かった他校生徒会長が居るのかが解からない。生徒会長という事は神降ろしの出力と祟り抑制の実績が存在しているという事なのだし、敵に回ったら普通に面倒な事になる。武田ちゃんが虎新館だけを使って僕をどうにかするというならば、こんな研修会は必要ない。

(友人達は荒事が苦手だし、コイツ等に頼る事は出来ない)

(上杉さんと真っ先にコミュニティを作る作戦は平坂の立案だったけど)

(あそこに飛び込む勇気、僕には無えわ…)

 本当の本気のお嬢系が竜心館。

 すれ違い様に「御機嫌よう?」と言うようなだ。

 牝ライオンは牝ライオンでも華やか過ぎる。アフタヌーンティーを楽しみながら淑女の在り方を学ぶようなカリキュラムまで在るらしい。伝統工芸科のアトリエで冷たい麦茶を飲みながら刀を鍛えている僕が係わろうとすれば間違いなく警備員さんが飛んで来る。

 血統書付きの牝ライオンの群れに、狂犬病になった柴犬が近付くようなもんだ。

 そして僕が知らない他校の生徒会長がチラチラと僕を視て来るのも危険だ。

 有名人なんかになりたくなかったけど。

 有名人になってしまったのだ。

 次代の奥州源氏として。

 本来、激レアである筈の英霊タイプをクラスメイト全員がしているという伝統工芸科。

 その、筆頭として。

 じゃあ、何か?

 此処で皆に向かってピースでもすれば良いのか?

 しかし、そんな事をすれば平坂信条館全員がアホだと思われる。

 生徒会長になりたくてなったんじゃない。

 理事長が土下座までしたから、仕方なくやってる。

 その仕方なく、与えられただけの役割なのに。

 責任がデカ過ぎるし重過ぎるのはどうしたわけか。

 そもそもリーダー研修会というなら忠宗を参加させろ。

 祟り戦で指揮を執るのはアイツなんだから。

 素手でも国内最強の忠宗ならこんなまどろっこしい任務にならなかったのではないか?

 柔道の日本チャンプなんだし、空手の東北チャンプなんだし。

 僕は武器が無けりゃ雑兵と変わらないんだぞ。


「え~。それではリーダー研修会開会の挨拶と致しまして、会場となった虎新館高校・生徒会長である武田心美さんよりお集まりくださった皆様に一言ご挨拶がございます」


 議事堂がザワついた。

 誰もが思った。

 大丈夫か?と。

 マイクに身長が足りなくて届かないのは可愛かったが。

 踏み台に上り、彼女はマイクに近付いて声を発した。

 彼女は僕しか視てなかった。

 僕も彼女しか視てなかった。

 けど、僕は上杉さんにしか興味が無かった。


 物語は、動き出す。


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