第13話 生徒会長研修会、潜入

 生徒会業務も恙なく終わり(癒しの姫君は本日新市街で会合らしく邪魔が入らなかった)、僕はスピードトリプルの心地良い並列三気筒エンジンの吹け上がりを楽しみながら下校していた。官能的と言えばこれほど官能的なエンジンは世に無い。電動モーターで動いてるのかと思う程にどの回転域でも加速し、フロントのサスがしっかりと仕事をする。

 だから超がつくほどに乗り易い。

ただ制服のスラックスがエンジン・マフラーからの放熱に耐えられずに気付けば内腿が大変な大惨事になっているなんて事もしばしばであり、下半身だけ大火傷なんていう変態チックでも何でもない切実な問題への対応策として僕は制服のスラックスを皮パンに指定しようかと考えていた。生徒会長権限で、僕だけの為に。

『殿、今どの辺りじゃ?』

 と、ナノマシンの相互通信が入る。運転中の通話は当然法律違反なのだが、そもそもナノマシンの相互通信が行われると言う事自体が緊急である事を意味している為に僕は走行しながら通話を続けた。この辺りにバイクを一旦停めるようなエスケープゾーンが無い事もある。

『ちょっと遠回りして旧市街外周の環状線を走行中だ。この後給油して、もう一周ぐらい新遠野市をグルッと廻ろうかなと思ってた』

『うむ。殿が単車を転がすのは唯一の趣味じゃからな。しかし中断じゃ。今すぐ新市街の四番街に向かってくれ。他校の生徒が神降ろしを使って暴れておるという連絡が先程幕府に入った。殿には悪いが待機中の生徒全員が予定があるとかで、現在動けるのは殿しかおらん』

『僕だって予定あるぞ?』

『殿の場合は遊びの予定じゃろ。それに紀康さん直々に殿をご指名なんじゃ。全く、なんでワシが当直の日に限ってこうもアホが暴れるのかのう?』

 これで僕は次の信号で環状線を左折するしか無くなる。町から浮いた天使の輪の世界から、現実と言うつまらなくも愛おしい世界への召還命令。環状線を天使の輪と表現したのは僕じゃなくて僕以上にバイク好きだった父親だが。

 エンジンの回転数は今までのような叫び声から、赤子をなだめる母親のように優しいそれへと落ち着いていく。昼は淑女、夜は娼婦をそのまま体現するスピードトリプルとのデートもこれでおしまい。そのデートの時間、たった三十分。

 その内、僕はスピ子(僕はこの純白のバイクをこう呼んでいた)を寝取られるかもしれない。「ごめんな?次はもうちょっと邪魔の入らない時にデートしような?」と、愛車に語りかけて環状線を左折。スピ子からは「私は貴方の傍にいるだけよ?」と、返事が来た。

 ような、気がした。完全、僕に都合の良い妄想であった。実際は「テメエ!良いからオイル交換のスパン短くしろやオラァ!」と言われているのかも知れない。エンスーが自分の愛車を恋人扱いはよくある事なんだけど、僕の場合、スピ子は親父から譲り受けたものだしなあ。

 そう考えるとスゲエ複雑だった。

『スゲみたいに機械の声を聴くことが出来たら、スピ子と意思の疎通もしやすいんだけど』

『殿は人間の女性が怖くなった代わりにスピ子を本気で恋人扱いじゃからな…。まあ、事件を解決したらゆっくりとデートすればええ。スピ子は英国女子じゃから、主人の帰りを待つ事も礼儀だと知っておるはずじゃろ』

『スピ子スピ子と気安く呼ぶな!これは僕の物だ!』

『殿は本当にスピ子だけには所有欲丸出しじゃな…。兎に角、暴れておるのは他校の生徒じゃ。幸いにも神仏庁付属ではない。村正無しでも充分制圧は出来るじゃろうて』

 街中に入ると信号の多さにうんざりする。これが僕が新市街を嫌う理由の一つだ。そんなにも何回も赤信号で引っ掛っていたら車使う必要ないだろうと僕は考えるのだが、都市部の車両の使用は単に足としての役割だけではなく荷物を運搬する為に使われる事が多いらしく、其処で旧市街と新市街のカルチャーショックを受けたのだった。確かに新市街を走るのはワンボックスカーやライトバンが多い。無論、人を運搬する為のタクシーも多く。バイク乗りが調子こいただけのナンパ野郎だと言わんばかりの視線を道行く人々は僕に投げかけて来る。


 都会って、怖いっぺ…。


『四番街に到着。現場へのナビを頼む』

『了解じゃ。スピ子のサイレンを鳴らすぞい?』

『だからスピ子と_。』

『はいはい。警察用電子式サイレン・オン。パトランプ・オン。ほれ、サッサと行かんかい、トライアンフの白バイ隊員さん?』

 スピ子に搭載された警察用機器は幕府の遠隔操作でしか起動できない。これは盗難された場合の警察の職権の濫用を防ぎ、それの個人的な私的利用を防ぐ事を目的としている。つまりは僕の一存でサイレン鳴らしてランプを回しての白バイ隊ごっこは出来ないと言う訳だ。

 進んでやりたくもないが。父親の仕事の真似事など。

 望んでなりたくもないが。殉職した父親の仕事など。

 そもそも勝手にスピ子を弄繰り回した兄貴が悪い。

 僕のモンだぞ、スピ子は。

『何処だ?デートの邪魔したフテえ野郎は?』

『四番街駅前の交差点を駅裏方面に逃走中じゃ。どうやらお巡りさんが来たと知って逃げようとしておるらしい。バカな連中じゃな、白バイから逃げる事が出来るはずが無いじゃろうに。犯人は工具を使って民間人が経営する店舗を脅かしたらしい。幸いにも暴力が振るわれたと言う話はまだ無いんじゃが。急ぐんじゃ、此処は白バイの腕の見せどころじゃぞ?』

 どっこい、僕は白バイ隊員の訓練を受けていない偽物。今まで、何度か犯人を取り逃がした事があった。その場合、必ずと言って良い程に現れるのは癒しの姫君であり。彼女の狙撃で犯人は神降ろしの耐久値を超えるダメージを受けてはその場に倒れ込むという図式になる事が多い。平坂陽愛が動けない時は他の幕府の誰かがサポートをしてくれる。

 今日のように幹部全員が動けない時は委員会の委員長クラスがサポートに回ってくれる。

 心強いと、素直に思う。

 警笛を鳴らし赤灯を光らせながら、身体を大きく倒し右折。狭く人通りの多い路地を曲がる為に落としていたギアを一つ、また一つと上げ、エンジンは子守唄から怒りに震える怒号へ。

 この真っ白で折り目正しい英国女子も怒っていた。速度を上げると同時、線路に併設された緩い右コーナーでフロントのタイヤがアスファルトに噛み付く。

『見えた!犯人は四名。現在、神降ろし起動状態のまま逃走中!』

『殿はデータ転送が出来んのじゃが。口答でええ。スキャンで対象の個人情報を出来るだけ詳しく教えてくれい。犯人確保はその後じゃ』

 神降ろし、起動。

 サーチモード・スキャニング。

 逃げる犯人と距離を一定に保ちつつ、犯行グループ全員のスキャニングを開始。

 モニタの世界に映し出される犯人の個人情報を逐一忠宗に連絡。

 氏名、性別、身長、体重、血液型、宿した神降ろしから、密かに想うあの子の名前まで。

 当然、何処の学校に通っていて。何年何組かも。

 そして、これも当然。

 自宅と、父親の会社の連絡先もだ。

『オフラインだとこういう時に不便だよな。ナノマシンの相互通信にデータ転送機能もあれば良かったんだけど。取敢えず以上だ、これより犯人確保に移行する』

『確保だけでええからな?前みたいに暴れ過ぎて街を破壊とか無しじゃぞ?そもそも其処はワシ等の管轄外の新市街なんじゃ。やり過ぎは神仏庁付属につけ込ませる理由を与える』

 逃げる犯人の前方に先回りし、バイクで逃走経路を塞ぐ。

 スタンドをやや乱暴に立て、収納していたアタッシュケースを取り出し対峙。

 距離は間合い三つ分。

 話し合うには丁度良い距離で、斬りこむにも都合が良い距離。

「神降ろしの私的利用は犯罪だ。此処で大人しく捕まればそれで良し。親御さんと学校に連絡が行って停学処分で済む。抵抗するならボコボコにされた後で親御さんと学校に連絡が行って退学処分だ。それとその手にしてるバールだのレンチだのを棄てろ。その凶器で民間人を脅かしただけの今なら、君達は工具が大好きな工具マニアでしたってだけで済む。工具を凶器にすんな。誰かの生活の為に使われる道具を凶器にすんな」

 何も、犯人の少年達は言わない。

 ただ、ジッと黙って僕を警戒した目付きで睨みつけている。

 間合いを狭める為かどうかは定かでないが、摺り足で動いている。

 間合い三つ分も離れたこの距離で、摺り足なんかに何の意味も無いと言うのに。

「抵抗はすんな。痛い思いをさせたくない。それ以上に僕が痛い思いをしたくない。借り物の力で自分が大きくなったとでも勘違いしたのは良く解る。神降ろしを発現すれば誰だってそうだ。でもチート使って悪さすんのは最低の行為だ。良いか?世の中、僕のように無課金で課金組を相手にするような頑張るヤツも居るんだ。他のプレイヤーが伝説の聖剣を使っている時に僕はバールを使っている。だが僕はあえて其処で主張しよう。僕が無課金で使う強化したバールこそが聖剣エクスカリバールであると。ゾンビだろうが感染者だろうが動くマネキンだろうが、何でも破壊するバールの中のバールであると!」

 ホラーゲームでのバールの安心感は何処から来るものなのか。

 答えを知る人は是非、生徒会室まで一報を願います。

 下手なピストルよりもバール手に入れた時の方が嬉しいもんな。

 不思議な話だ。

「お、お、お前」

「ん?おお、ようやく話してくれたか。なんだか僕ばかり喋ってるから日本語が通用しないんだとばかり思ってたところだ。ちょっと寂しかったんだぞ。で、何だい?」

 犯人の中で一番身体の大きな少年がようやく僕と話す姿勢になってくれた。

 確か宿す神降ろしは〈ジキトガキ〉。地獄で死体を食っては吐くを繰り返す罰を与えられた餓鬼だったか。信仰的にはお地蔵様が最優先で救うべき存在だ。


「そ、そそそ、その後ろのマッチョ、なんだよぉ!」


 ふむ。

 後ろとな?

 そうして僕は振り向いてしまった。

 そう、此処で振り向くべきでは無かった。

 振り向いた眼前にあったのはまるでロダンの彫刻のように完璧に鍛え上げられたボディ。

 半透明になって僕の背後に居たのは、何を隠そう新遠野市の土地神様の代表者。

 弱き者から救う事で民衆に絶大な人気を誇る菩薩様。


 みんな大好き地蔵菩薩こと、変態マッチョ仮面だった。


『傷付くなあ、康平少年』

『おお!お地蔵様!これはこれは、本日も色の良い肌ツヤをされておりますな!』

『マッチョ同士で意気投合すんな。お地蔵様もなんでこんな新市街にまで自分を飛ばして来たんだよ。犯人の子達、泣き出しちゃっただろ』

 凶器になるはずだった工具をその場に投げ捨て、尻餅をついて泣き出す少年達。

 その場で「もうこんな事はしません」と誓約書を書かせ、脅した店舗に謝罪する事でその場は収める事に成功した。

 こうして小さな事件は解決。

 そして、お地蔵様が此処にやって来たと言う事は_。

『その通りだよ、康平少年。休憩も無いままで申し訳ないとは思うけれど、そのままの足で新市街二番街へと向かって欲しい。神降ろしを使った暴力や恐喝は確かに凶悪犯罪だけど、神降ろしを使ったテロはそれ以上に極悪だ。既に警察が二番街を封鎖してるけどね、犯人は間違いなく卑劣な存在だ。日常を破壊する程の事件は信仰へ悪影響を及ぼす。私も制限つきではあるけれど、康平少年の為に尽力しよう』

『忠宗、兄貴に連絡。依頼の事件は無事解決。僕はこのまま代行者として動く、と』

『了解じゃ。お地蔵様、ワシも合流致しますかの?』

『いや、本多少年はそのまま旧市街に待機してくれた方が良いかな?赤河童との契約者を私の為に動かしたとあっては不干渉の原則に触れるしね。それに本多少年と犯人は相性が悪い。犯人は刀を使っているんだけど、「大江山の鬼」を斬った刀のコピー品を使っている。それはモロに本多少年にクリティカルなアンチ兵器だ。此処は大人しくしていて欲しいかな』

『…了解じゃ』

 渋々、了解とは言った物の忠宗は何処か悔しそうである。

 しかし、気になるのはお地蔵様の言った忠宗にクリティカルなアンチ兵器との言葉。

 まず間違いなく、日本で一番有名な刀のコピー品であると言って良い。籠釣瓶で対抗出来るものかどうか、正直言って難しい所だろう。

『カタログスペックだけで戦力は測れないよ康平少年。要は使う人間の技量ありきだろう?』

「そうは言うけど。天下五剣の一振りに数えられているような日本刀を相手にするってなるとかなり厳しいと思うよ?まず、なんだってそんなプレミア価格のコピーを手にすることが出来たのかって疑問も生まれるし。籠釣瓶は強度と裁断力だけが概念化しただけの物で、鬼も妖怪も何も斬ったって記録が残っていないんだから」

 それに日本刀として活躍した歴史が違い過ぎる。

 信仰され内包する概念量はベテラン兵士と新兵ぐらいの差はあると思って尚足りない。

 存在そのものが既に神様扱いである天下五剣。

 そのコピー品。

 どう考えても籠釣瓶じゃ分が悪い。

「まあ、かと言って籠釣瓶以上の村正を再現出来るかって。それも無理な話なんだけど」

『ない物ねだりより、在る物探しだよ、康平少年』

 それは解っているのだが、正論を変態から言われた時のこのささくれ立つ気持ちを何処にぶつけたら良いものか。

 サイレンを鳴らしながら新市街二番街を目指していくとサイレン以上に五月蠅い排気音が何台分も木霊している。木霊というか反響というかだ。暴走族なんかこの時代に居たのかと嘆息しなんというかそれは噴飯物の事ではあったのだけど。

 警察以上に代行者として動いている以上、彼等は放っておかなくてはならない。


『なんなんだ。この時代に暴走族って…。まあ、僕には関係無いか…』

『いや、どうやらあれが目標みたいだよ、康平少年』


 ビル群が掃け、視界に入って来た。

 僕の眼に映ったのは。

 少女達が大型バイクを乗り回し、太刀を振り回して暴れている。

 何ともシュールな光景だった。




 真っ先に反応したのは意外な事に現場にはいなかった忠宗だった。

 怒りで声が震えている。

 テレパスだから、声が震えるというのも変な話だが。

『武田騎馬隊じゃと!殿、武田心美じゃ!お主を、お主を自殺に追い込んだ主犯格じゃぞ!』

 暴走族みたいな爆音が耳に入った時点でその可能性は在った。あのロリッコ以外にこんな反社会的な行為を楽しむ人間は居ないという確信があったからだ。

 武田心美。

 僕を自殺させても尚、自分の思い通りにならないと暴れる気質が変わる事は無かったか。

 ハーレーの集団の最奥。

 つまらなそうに暴れる様子を眺める金髪のロリッコをズーム機能で確認。

 うん、彼女だ。

『落ち着け。これから接敵する』

『なんでお主がそんなに落ち着いておるんじゃ!全てを奪った張本人じゃぞ⁉』

 そりゃ我を忘れて切りかかりたくもなったが。

 そうならなかったのは、あの集団にそぐわない集団を見つけたからだ。暴れる品の無いミニスカートの暴走族を遠目に眺めるように、ワンピースの制服を身に着けた品の良さそうな女子の集団がだ。

 理事長からの事前情報に感謝しなくてはならない。

『虎新館の暴走族に混じって竜心館のお嬢様が来てる。此処で僕が暴れるわけにはいかない。ヤオロズネットに挙がってる理事長が最近僕個人に出した依頼ってヤツを視てみろ。徳川康平フォルダの中に在るファイル名、リーダー研修会だ』

『それ、岩手県内の生徒会長が一堂に集まる研修会じゃよな…?』

 忠宗が息を飲む。

 そりゃそうだろう。

 敵地に単騎で乗り込めという内容なのだから。

『これ、引き受けたら絶対ダメじゃろ!会場は虎新館になってるんじゃぞ!』

『しかし、竜心館高校を大奥に編入させるには虎新館が行っている反社会的行為と竜心館へのパワハラやモラハラの記録が必要になる。僕が視ているあの騒ぎを警察に提出する為に保存してるけど、多分あれだけじゃ大奥編入の一手にはならない。虎新館が荒れてる学校だってのは周知の事実なわけだし、騒いで町を破壊しているだけで竜心館の生徒を傷付けているワケじゃない。ま、現場に連れて来ているという事は共犯関係を迫っているんだろうが』

 武田心美はそういうのが上手い女の子だった。

 いつまでも中学生みたいな、女の子だった。

 ワガママに他者を巻き込むような。

 自分が全ての判断基準というような。

 責任の所在を曖昧にし、自分一人が怒られるなら皆を巻き込むというような。

 中学生みたいな、女の子だった。

 そしてどうやら変わってないらしい。

 人間、人一人を自殺させた程度じゃ変わらないという事なのだろう。

『そして現場に来ている竜心館生徒の一人にこの距離だっつーのに気付かれた。僕が此処で暴れる事が出来なくなった一番の理由だな。流石の真面目系太もも姉ちゃんだ。女子剣道日本一は伊達じゃないらしい』

『武田、あの上杉嬢まで巻き込んでおるのか…!』

 僕は籠釣瓶を抜刀し、お地蔵様は具現化して僕の隣をノッシノッシと歩く。

 割れたガラスや砕かれたアスファルトが、新市街に撒かれていく。

 地域住民は既に何処かに避難しているらしく人の気配はない。

 竜心館のお嬢様は悔しそうに武田騎馬隊を眺め、その中でもとびきり存在感のある『彼女』だけは暴走族ではなく僕だけを視ていた。

 武田心美。

 反社会的な行為だけでは飽き足らず、ついに信仰の阻害にまで手を出したか。


『康平少年。殺しちゃダメだからね?此処は撃退だけで良い。それはあ_。』


 お地蔵様?

 どうした?

 急にテレパスが機能しなくなったんだが?

 というか、霊力が機能してない。

 神降ろしの再起動。

 ダメだ、うんともすんともいわね―。

 なんだ、これ?


“神降ろしが、使えない”


 違うな、それじゃ説明になってない。

 もっと具体的にしなくちゃ何が原因なのか第三者に伝わらない報告書になると怒られる。


“上杉さんから睨まれたら、神降ろしが使えなくなった”


 うん、これなら第三者が報告書を読んでも伝わるだろう。

『忠宗、聞こえるか、忠宗!』

 うんともすんとも言わない。

 身体が重い。

 霊力が無くなった?

 いや違うな。

 お地蔵様はすぐ隣にいる。

 気配で解る。

 ただ、声が聴こえなくて姿が視えないだけで。

 ならば上杉さんから睨まれて霊力が消失したという事にはならない。

 僕の霊力を媒介にお地蔵様は新市街に来ている。

 第二の可能性。

 この場からヤオロズネットを限定的に消し去った?

 それも無い。

 何故なら暴れるロリッコ集団の暴走族はあんな大きなハーレーを振り回している。

 神降ろしの力無しに大型バイクは転がせない。

 仕方ない、テレパスじゃなく声に出せば必ずお地蔵様は答えてくれるだろう。

 なんせ、本物の神様だ。

「お地蔵様、聴こえるか。神降ろしが使えなくなった。お地蔵様の声も聞こえなければ姿も視えない。黒い制服を着た少女たちの中にシャギーの入ったショートカットで眼鏡の女の子がいるだろ。あの子から睨まれたら急にだ。僕はあの子の能力を推理した。僕だけがこうして神降ろしを使えず、彼女達は変わらず神降ろしを使えているならば_。


 上杉さんの能力は。

“任意に選択した対象の、神降ろし強制解除”


 だとしか考えられない。そしてあの姑息で卑怯で陰湿な武田ちゃんの事だ。竜心館を此処に呼んだのは共犯関係を迫っただけじゃない。“狙いは騒ぎを起こせば必ず現れる僕”だ。此処まで理解したなら、その辺のアスファルトを踏み抜いてくれ。続きを話す」

 ブゴン!と。

 僕の傍で道路が急に陥没した。

 理解の速い神様で本当に助かる。

「だから天下五剣のコピー品なんてものを持ち出した。最近、僕はとある任務で神仏庁に係わる事があったんだけど、民間の研究機関が様々な装備を開発してるらしいんだ。すると虎新館と神仏庁は関連性があると考えられる。そしてこの距離で僕に気付いているのは上杉さんだけ。何故なら彼女も剣士の気位として観の眼を使えるからだろう。これらを踏まえて総合的に考えるとだ。上杉さんは『来るな』と伝えたくて僕の神降ろしを強制解除しているとしか考えられない。だってそうだろ?戦闘に入ってからこの能力を使う方がずっと効果的な筈なんだ。なのに彼女は自身の能力の露見さえ躊躇わずに僕を引きとめた。悔しいけど、警察に任せよう。僕等じゃ上杉さんに対抗出来ないし武田騎馬隊を止められない。一度、撤退だ」

 ブゴン!と。

 また、僕の傍で道路が陥没した。

 こうして僕はL1ボタンとR1ボタンを同時押し。

 軍神の温情で、逃げる事が出来たのだった。

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