第12話

「上杉心を知っているね?」

「竜心館の生徒会長ですよね。学連会議で何度か見かけた事は在ります」

 大奥職員トイレにての密会。

 理事長から僕個人に向けての任務が発生した事を意味する四畳間ぐらいの空間がある個室トイレでの密談。個人的に運び込んだ簡素なテーブルに持ち運びに便利な小さな端末、それと僕に支給された拳銃であるXDM.40に弾薬を二百発。勿論スペアの籠釣瓶も備えた僕専用のトイレはそのままセーフハウスとしても使える。

 お隣さんから聞こえる『独り言』に僕も『独り言』で返す。

「その龍心館から救援依頼が届いている。私と通じている情報提供者の話では合併した虎心館が相当荒れている学校のようでね。竜心館の生徒は勉学に励むどころか奴隷のように生きなくてはならないらしいんだ」

「昭和の不良漫画みたいな話ですけど…」

「そして虎心館の生徒会長、武田心美ちゃんは康平君を自殺に追い込んだ『加害者』の再重要参考人の一人だ。その事を踏まえても龍心館側のSOSを無下にする事は出来ない。それに龍心館は元々優秀なお嬢系でね、経営的な話を康平君にしても詮無き事だろうから割愛するけど、大奥に龍心館そのものを『編入』させて欲しいと打診が来ている。我が平坂信条館女学院は生徒を受け入れるだけのキャパシティは充分にあるし教職員もそのまま『編入』させてしまえば大奥・龍心館コースなんて形で彼女達の青春を保護する事も可能だ」

「この学校の潤沢というか膨大な資金力と政治力が在って初めて可能な荒業というか裏ワザですけど。確かに僕の噂には聞いた事が在ります。虎心館は共学だった為に女子校である龍心館が迫害されているなんて巷では言われていますか」

「そうだ。何でも情報提供者が言うには学連側に何度も虎心館の素行調査を依頼したそうなんだが、学連を取り仕切る人間が神仏庁付属だからね。誠意を持つという事が無く、損するような事は絶対にしたくないと考える神仏庁付属に頼んだところでそれは徒労に終わったというワケなんだ。現在、龍心館の女子生徒はそれこそピラミッドを建設させられている奴隷のように虎心館の生徒にこき使われているらしい」

 確かに、この前の学連会議で上杉さんは何かを訴えるような表情をしていた。

 そして武田ちゃんはサディスティックな笑みを浮かべて僕と平坂を見ていたのだ。

「しかし、龍心館を丸ごと『編入』させるというのはどうすれば良いんでしょうか?社会的・組織的に言えばそれは吸収合併になるんでしょうけれど、まさか虎心館を潰すなんて事は出来ませんし、そもそもどうやってあの合併高校に潜入すれば良いのか。武田ちゃんにも上杉さんにも僕の面は割れていますから変装して潜入という方法も使えません」

「其処で今回、龍心館・虎心館の校舎を会場としたリーダー研修会が開催されるんだけどね。康平君はそれに参加して貰いたいんだ。神仏庁が教育委員会に打診し、岩手県内の高校の生徒会長が一堂に集まりリーダーとはどのようにあるべきかを考える研修会が開催される事となったんだ。それならば潜入も容易だし変装する必要も無い。なんせ康平君は生徒会長なんだ。君が参加する事に何の疑問も持たないだろう」

「また退屈そうな研修会ですね…」

 全国の教育委員会が実施する事でも有名だ。

 リーダー研修会などと銘打ってはいるが、その実は生徒会長同士のコミュニティ構築であるだろう。

「そう言わないであげてくれ。教育委員会も各校の生徒会長に興味があるだろうし、参加する企業も多い。生徒会長というのは生徒の代表だ。其処で参加している企業に好印象を持たれればウチの卒業生の就職先も増えるというもんさ」

「生徒会長は営業じゃないんですけど…」

 だが確かにその側面は在る。

 だから生徒会長は学内よりも学外で行動を律さなければならない。

 今のところ就職先は幕府の活動が影響したのか社会福祉サービスや民間警備会社、それと地元の銀行に自衛隊、保育園や警察などから多く求人票が届いているらしいが。平坂信条館の実績が気に喰わないのか今年は神仏庁職員採用の募集要項が届かなかった御様子。

 子供っぽい嫌がらせが好きだなと僕等は閉口したもんだ。

「今更名刺交換をしろとは言わないさ。康平君の活躍は〈次代の奥州源氏・筆頭〉そして〈巷で話題の紅い武者鎧の神人〉として過ぎる程に有名だからね。しかしその有名な康平君が研修会に参加しないというのもイメージダウンに繋がってしまう。どうしても政治がね、発生してしまうんだよ。私はバイオテクノロジーの第一人者として、君は『イジメによる自殺を糧にした者』として、周囲が期待しちゃうんだ。そういう知名度のある人間が会場に顔を出すだけで安心する人間もまた存在する」

「参加するのは良いんですけど。でも龍心館・虎心館の校舎は新市街でしょう?僕はオフラインですからあまり関係無いですけど、ヤオロズネットの交信速度は遅いですしバックアップに入る他の生徒の事を考えると動き難くなるのは必至というか」

 此処で理事長は僕の憂いを斬り捨てた。

 それはあまりにも自然に、あまりにも鋭く紡がれた言葉であった。


「バックアップは無しだ。この任務は康平君が独りで行わなくてはならない」

「え…、いや、その、マジっすか…?」


「リーダー研修会という事は県内の高等学校に在籍する全ての生徒会長が集まるんだ。逆に言えば《生徒会長以外は其処に入れない》んだよ。そしてこの研修会には学連も共催という形で絡んでいる。当然、合併高校周辺は警戒され多くの神人が配置される事になるだろう。ヒメちゃんや忠宗君に頼りたくなる気持ちは解るが…。この任務は康平君が独りで完遂しなくてはならないんだ。何故なら大前提として《生徒会長である康平君しか出来ない》んだから」

「となると、それぞれの高校から一人でやって来た僕以外の生徒会長と如何に早く協力体制を築くかが勝負になりますね。近所の高校の奴等なら知り合いですし、たまにゲームしたり釣りしたりで遊んだりもしますけど…」

 しかし彼等は神人でも戦闘には不向きだ。

 有事の際に頼るわけにはいかない。

「更に此処でこの任務の難易度が高い事を裏付ける事情があるよね?《上杉心と武田心美は協力関係、もしくは主従関係にある事が確定してしまっている》んだよ。女子の仲間意識は異常だ。特に武田心美ちゃんはそういう仲間を作る能力に長けているらしい。政治力というか軍事力というか、自分で動かずに他人を動かす事に傾倒するタイプらしいね。康平君が嫌いな《数を集めて自分の意見を通そうとする人間》といえるだろう。それとも武田心美ちゃんを知ったからこそ、そういう人間が嫌いになったのかな?」

「そもそも人間好きって言えるかどうか微妙ですからね。お前は大した人間じゃねえだの何をやっても遊び半分だの誹謗中傷のオンパレードを自殺するまでされて人間好きっていえる奴なんか居ないとも思うんですけど」

 今は人間の事が大好きだけど。

 そうした奴等も含めてというか、そうした奴等こそ大好きだけど。

 人殺しをしておいてその罪から逃亡するなんて、ゴミクズみたいで最高だ。

 本当は研修会なんか行かずに日中独居老人宅の訪問やシングルマザーの未就学児童の預かりとか幕府がするべき案件は多いのだが、そういう中身の伴っていない殺人犯の顔をもう一度拝みに行くのも一興かもしれん。


 機会が在ったら、殺せるかもしれないしな。


「理事長。僕が行くのは良いんですが、その間、旧市街の日中独居老人のところに本丸伝統工芸科を派遣したりシングルマザーのお子さんを僕の家で預かったりする通常業務を娘さんに任せる旨を伝えてくれますか?バアちゃん達は僕等が来るのを楽しみにしてるし、お母さん方は子供を預かってくれるのを頼りにしてるしで、休業するわけにもいかなくてですね?」

「ああ。請け負うとしよう。そういう弱者から順番に救っていくというお地蔵様の契約者としての康平君には結構多くの賛同者が現れていてね。中学を卒業したら平坂信条館に入学して康平君の弟子になるなんて騒いでる子も居るようだよ?」

「僕の弟子は既に十人ぐらい居るんですけど…」

「それは徳川剣術道場で剣道を教えてる小学生だろう?最近は剣道というか皆で楽しそうに放課後の時間を学童クラブとして過ごしているみたいじゃないか。良い事だ。ヤオロズネットも康平君が企画したお年寄りや子供に対する事業が影響して負の思念が溜まり難くなっている」

「なのに龍心館・虎心館みたいなのが居るからトントンで結局は祟りに繋がるんだよなあ…」

だから若者が負の思念を溜めやすいと言われるのだ。弱者の味方である幕府が頑張っても、ヤオロズネットに瘤を作るのは決まって目に見える幼い結果ばかりを求める人間。

「康平君にリーダー研修会は必要ないとも思うんだけどね。まあ、付き合いってのもあるよ。それにたまには堅気の素人さんと過ごす時間も悪くないんじゃないかな?」

「堅気の素人さん、ねえ…」

 本当にそんな人間が居るのだろうか?

 僕はその堅気の素人さんに殺されているのだけど。

「それと竜心館を命からがら逃げてきた女子生徒。名前を直江愛子さんというのだがね。緊急事態だという事で大奥にて保護している。口外無用だ。警察が動けば虎新館は証拠を消すようにと動くだろう。だからこそ康平君を尖兵として送り込む必要がある」

「ならば、大奥生徒にも視られないような場にお願いします。最終的には僕の家を使っても良いので。護衛には女子生徒を。出来れば、娘さんを付けてくだされば」

「承知した。娘には私から任務として打診しておこう」

「お願いします」

「直江さんは上杉さんの腹心だった。色々と事情を知っているようなのだが外傷も酷ければ精神状態が憔悴しきっていてね。色々とお話を聴くにも時間は少し必要かもしれないなあ」

「ならば、尚更娘さんを。身体の傷だけじゃなく、心を癒すからこその癒しの姫君です」

「ヒメちゃん、信頼されてるなあ…。父親として誇らしいよ」

「外傷が酷いという事が気になります。逃げようとして危害を加えたならば、これはもう傷害事件だ。警察には提出しないようにしておきますが、これも虎心館を叩く材料として使えます。直江さんの状態が回復したら調書を」

 いよいよキナ臭くなってきやがった。そしてそれは、僕の狩場でもある。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず。

 可愛いだろうとは思うが、トラの赤ちゃんなんぞ要らねえ。

 虎穴に入る理由は太ももがエロい龍。

 そして、トラを滅ぼす証拠。

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