第10話

 行政自治区の呼び出しに応じたのは僕等だけじゃなかったってわけだ。

 それは神降ろしを使う事が出来る全ての勢力に行われていたのだと僕は此処に来てようやく理解した。そして行政自治区と癒着している神仏庁付属が会合に参加している以上、平坂信条館の発言権は無い物と考えて良い。何かを発言すればそれがつけ込まれる隙を与える事となる。

 なるほど、今回の呼び出しは公開処刑にも似た幕府への中傷の場を設けたと言う事なのだろう。

 国立・神仏庁付属高等学校。

 そして新遠野市行政。

 どちらも、利に聡い嗅覚を持つ組織だ。

「神仏庁付属高等学校生徒会、生徒会長をしております。石田光輝と申します。光輝などと言う名前ですが戸籍上は女子です。今後とも宜しくお願い致します。この場にいる何名かは顔を存じておりますが、こうした公的な場でお会いするのは初めてですね?」

 会合の席で司会を率先して務めたのは神仏庁付属生徒会・テンプラーの代表だった。自分こそが正しく自分が世界の中心だと考えているかのような不遜な態度は僕の心をささくれ立たせる。そもそも礼を失した人間を見るのが僕は苦手だ。

 礼儀正しいのと礼を尽くすのは違う。

 礼儀は自分を良く見せる為の物じゃないと、この女子は解っていない。

 相手を安心させるのが礼だ。

「平坂信条館、生徒会長の徳川康平です」

「同じく副生徒会長の平坂陽愛です。」

会議室の大きなテーブルに座っているのは行政のお偉方と神仏庁付属のメンツが勢揃い。しかし信条館側からは僕と平坂の二人しか出席していない。この時点で何かしらの根回しがあった事は明白であり、根回しがあると言う事は間違いなく矢面に立たされるのは僕等信条館の人間だ。理事長が留守の時に狙ったようにこういう会を設けた事、それも気に入らない。

 出席者総勢三十人の内、少数派である僕等二人。

 まず、数で武装して来たか。

『何が火種になるか解らないから下手に喋らない方がいい。ここは二時間黙って我慢するぞ』

『らじゃーです。それにしても本当にアウェーって感じですね』

『理論武装にはこういう方法もあるって事だな』

『私達は普通に武装してきましたけどね!具体的には脇差とGSR持って来てます!』

 そうでした。

 ハナっから喧嘩のつもりでやって来たのだったっけ。

 まあ、僕はどうなっても世界に影響なんぞ無いが。

 もしも平坂の身に危険が及ぶような事があれば即座に喧嘩だ。

 このお姫様は何が何でも守らなければならない。

 ヤオロズネットの心臓部であり、ヤオロズネットのサーバーなのだから。

 それに、理事長が留守と言う事もある。出張から帰って来た時に「娘さん誘拐されました」なんて言ってみろ。理事長、あのセルシオで特攻かけてもおかしくない。

「それでは本日の議題です。以前から議会に提出されておりました。『神降ろし使用時における承認審査基準の強化と改定』についての議案ですが。現在、神降ろしの起動には事後報告の形としてではありますが報告書の作成と提出が義務付けられています。しかし、平坂信条館の生徒が神降ろし起動に承認無しで行っていると言う事。そして神降ろしを起動した際の報告が甘いとの指摘は常々されてきました。さて、この件について信条館側は何か意見はありますでしょうか?」

 ねえよ、んなモン。

 承認とか待ってたら祟りが暴れて街が壊れるんだから。

 それに報告書を書くだけの時間も無い。

 神降ろしを使うのは大半が本丸だ。

 実習だのバイトだので、そんな辻妻合わせに時間なんぞかけていられないんだ。

 テンプラ、絶対知ってて聞いてきてやがる。

「…」

「…」

 言わざる。

 なにも、言わざる。

 此方の切り札はでっち上げた報告書だけだ。

 そのカードはもっと温存して良い。

 切り札は、出し惜しみして良い。

「どうしました?何か意見は無いのですか?」

 何か言えば、その意見から粗を捜して重箱の隅を突きたがっているのは一目瞭然。そして意見を論破されると言うのは解り易く『負け』だと印象付けてしまう。それはボクシングで言う所のカウンターだ。そのカウンターは相手に解り易い形で『勝ち』を印象付ける。

 その『勝ち』に然したる意味は無いし価値も無いのだが、僕と平坂は全校生徒の代表としてこの場に来ている。どんな形であれ、負けるという印象は無いに越したことは無い。そもそも相手を否定する有効な手はまず相手に話させる事にある。そしてその耳にした意見を価値観を、根こそぎ否定するのが最も有効で、コストも少ない手法だ。ワザと打ち込ませて後の先を取る音無の構えの政治手法は、今現在でも割と多用されている。


 だから、『何も話さない』。

 それがこの場に置ける最善手。


「…」

「…」

 怖いのはカウンター。

 ならば、コッチが打たなきゃカウンターも何もねえ。

『いずれ痺れを切らして相手は必ずこちらを煽って来る。音声記録だけ忘れんな』

『白を黒にする。黒を白にする。それは多数派が権力を持つ多数決に絶対に付き纏う理不尽ですからね。少数派はいつも駆逐されます。そういや聞いて下さいよ会長さん。少数派と言えばですね。私は購買部で一番美味しいのはカスタードプリンパンだと思うんですけど、皆は大人気のアップルマンゴークリームパンだって言うんです。カスタードプリンパンなんか邪道だって。私が何を一番美味しいと思ったって勝手だろって話ですよね』

『この世の中は多数派に居れば安心だからな。本丸には購買部が無いから例えが食堂になっちゃうけど。僕もさ、お昼は必ずと言って良い程に天ぷら蕎麦とゴボウサラダなんだけど。それはお前絶対違うぜって何回言われたか判らない。皆が皆、コピー&ペーストしたかのようにさ、おろし豚しゃぶウドンばっかり食べて。おろし豚しゃぶウドン普及委員会でも非公式にあるんじゃないかと疑いたくなるほどだ』

『いや、普通におろし豚しゃぶウドンって聞いただけで美味しいって解りますし。皆さんが食べるのは普通に美味しいからだからだと思いますけど?』

『まず工業部の食堂にあるのが天ぷら蕎麦の自販機だけだしな。普通科の食堂でおろし豚しゃぶウドンは食べる事が出来るらしいんだよ。でも味の再現は簡単だ。其処で僕ならば麺つゆに本返しを使って更に鶏肉を加えて一煮立ちさせたものを冷やして使う。鶏肉の脂は冷えても旨い。それと具材が大根おろしと豚しゃぶだけってのも頂けない。三つ葉や蒲鉾、麺つゆを作る際に一緒に煮込んだ鶏肉を入れれば味わいも深くなる』

『いや、そりゃ会長さんは料理の腕がプロ級ですけど。普通科の学生が使う食堂に多くを求め過ぎですって。最近じゃ会長さんが作るご飯が美味しいって噂になり過ぎて大奥の学生食堂で働く三ツ星シェフが会長さんにライバル意識持ってましたよ?』

『ライバル視する前に天ぷら蕎麦の自販機がずらりと並ぶ工業部の食堂を何とかするための意見書を料理人としての立場から提出して欲しいけどな。天ぷらだけでも美味しい物をと思って食堂の中で天ぷら作って振舞ったら本丸生徒泣いて喜んでな?』

『会長さんの天ぷらは胡麻油で揚げるから風味が良いんですよねえ。ちなみにその時は何を揚げて振舞ったんです?』

『蕎麦に合うようにとゴボウとタマネギと桜エビの入ったかき揚げ、タラの芽の天ぷら、キスの天ぷら、トウモロコシと枝豆の寄せ揚げ、豚バラの肉天だ。天ぷらを食べる時の天つゆは市販の麺つゆをお湯で溶いた物というのが一般的だが、お湯で溶く前に和風出汁の素をほんの少し加えてから溶くと料亭の味っぽくなる』

『やべえ。腹減って来た……』

『帰ったら、なんか作るようにするか』


「聞いているのか!信条館、そんな態度でまかり通るとでも思っているのか!」


「…」

「…」

 声を荒げたのは、行政勤めのお偉いさんのお一人だ。

 確か、理事長と一番仲違いをしている人物のはず。

 暗部で、何度か暗殺依頼を受けたから覚えていた。

 自然、懐に忍ばせた包丁村正の在り処を確かめる。

「お前等が治安維持と言って祟りとかいう化け物と戦う度に街は破壊され、その度にこの街の財政は圧迫される!何故、組織的に、基本的に事を治めようとしない!」

 偶発的に発生する祟りをマニュアルに沿って鎮圧なんぞ出来るはずが無い。

 それは現場に出た事が無い人間の考え方だ。

 とは、言わない。

 何も、言わない。

 どんな思いで最前線に行っているのかを想像もしないのだろうな、こういう人間は。

 こういう、自分の都合だけで生きている人間は。

 自分が世界の中心だと、本気で思っているのだろうな。

 現場を離れると楽観主義が蔓延する。

 どうにかなるだろうと背広の連中が暢気に構えている時、現場のお巡りさんは命懸け。

 そういう話は兄貴から嫌という程に聞かされている。

 だから、こういう大人は信用に値しない。

 理事長と仲違いをするのも必然だったわけだ。

『ハゲ。さっきから人の太ももばっか見て。スケベ親父は黙ってりゃいいんですよ』

『絶対にそんな事、口に出すなよ?』

 それにしても中傷される時間が以外にも早かった事に驚く。

 もう少し真綿で首を絞められるような思いをするのだとばかり思っていたのだが。

 それでも僕等は何かを喋るつもりは無いが。

 何も話さずに良いように言われ続けるのは。

 此方が一方的に嬲られるだけ、そう演じる事にも繋がる。

 多数派に少数派が対抗するには、これしかない。

 弱者でなくては、可哀想な人達でなくては、世論を動かせはしない。

 判官贔屓が好きな日本人を動かすには、理不尽に叩かれ続ける可哀想な人でなくてはならない。

 宿す神様が〈クロウ〉の僕が判官贔屓を頼りにすると言うのも皮肉が効いてて泣きたくなってくる話ではあるが。

 確か、理事長と仲違いしているコイツは久米とか言ったか。

 いつか殺す。

「まあ久米さん。信条館にも事情がおありのようです。どうでしょうか?そんなに石のように硬くならずとも何か話してはくれませんでしょうか?」

『何にも話すかよ、バーカ』

『何にも話しませんよ、バァーカ!』

 命懸けで口を噤む。

 何のために?

 ただ、皆の為だ。

 そして命懸けで口を噤む。

 誰の為に?

 ただ、理事長の為にだ。

『ところで会長さん。大型連休の時に沖縄に行くとか言ってましたけど。一体どういった経緯でそうなったんです?私、幕府の皆と一緒に何処か行きたいななんて思ってたんですけど、これは大幅な脚本の加筆修正が必要になりそうな話ですよ?』

『たまたま沖縄行きのチケットを忠宗が商店街の福引で当てたんだ。たまには幼馴染水入らずで連休を楽しんでも良いかなって事で、神人の語源となったカミンチュがいる島に行こうって事になったんだよ。忠宗、キヨミン家で働き過ぎてノイローゼ気味だしさ。そろそろ息抜きと言うかガス抜きしないと死ぬと思うんだ』

『日に日に顔色悪くなっていってますもんね。でもそれなら幕府の皆で行った方が楽しいと私は声を大にして主張してみます!』

『幕府の皆が来たら息抜きにもガス抜きにもならんだろ。忠宗、このままじゃ坊主頭から本当の意味でハゲるぞ。僕ん家に嬉しそうにチケット振り回してやって来た時なんて、もう子供みたいにはしゃいでたんだから』

『それは女子がいるとつまらないと言う風に聞こえますけど?』

『楽しいし、退屈しないけど。沖縄にはあえて女子抜きで退屈しに行くんだ。理解してくれ』

『むー!』

『むー!じゃない。ただでさえ幕府の中で男子は僕と忠宗の二人で少数派なんだ。たまには水入らずでゆっくりさせてくれ』

『なんですか、そのくたびれたお父さんみたいな台詞』

『我慢するばかりが男の勤めでさ、疲れた身体に鞭を打って、綻んだ心をガムテープで補強して脳味噌に詰め込んで。休みだと思えば家族の為に何かをしなくちゃならなくて。休む間もなく月曜日を迎える。それが日本のお父さん。現代のサムライだよ』

『疲労を取り除くような画期的な温泉とかないんですかね…』

『あったとしても、すぐに泣くような小さな子供を連れて行くんだ。疲れはとれないだろう』

『その未来を絶望だと感じるのか楽しみだと感じるのかは、個人の裁量によりますねえ……』

『裁量ってか、器なんだけどな』

 子供か、大人かの違いだけ。

 そして僕らは普通に子供だ。

 高校二年生である。


 まだまだ黙る。

 ただ。

 二つの視線が。

 僕とお姫様を。

 射貫くように。

 向けられているのを感じながら。


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