第8話

 その日の夜。

 いつもの小料理屋・徳川。

 理事長からはムチャクチャ怒られるのを覚悟していたのだが。

 意外と意外。

 そうはならなかった。

 どうやらあの炎は、この町を護っているようなのだ。

 本来は怨嗟の炎なのに。

 街の皆を護るように機能している。

 それが何を意味するのかを解らない僕じゃない。

 つまり、怨霊様を怨霊にした原因。

 そんな人間の悪性が。

 此度の祟り騒ぎ。

 延いてはこれからの祟り騒ぎ。

 それに、繋がるからじゃないか?

 そして、炎が町を護るようにと機能している事が。

 怨霊と成ってしまった『あの方』の。

 元々あった深い慈愛の心を。

 何よりも雄弁に語っていた。


 しかしながら当然、理事長からは次郎焼亡は二度と使用しちゃいけませんの沙汰。使うのであれば、旧約聖書に記された『悪意を以て人々を惑わす類の悪魔』が相手であるに限るらしい。

 そんなもんがこんな東北の田舎町に現れた時点で東北そのものが終わるので。

 要は、使うなって事らしい。

 僕の切り札である切腹チェンジはこうして封印された。

 封印というか、凍結された。

 特例として。

 ガオガイガーの如く、承認が下りた時のみ。

 僕は妖怪の王様に変身出来る。

 ちなみにガオガイガーの主人公、獅子王凱はたっぷりと紅ショウガを乗せた牛丼が好物らしい。

 生姜も身体の毒素を抜く強力な薬草ではあるが。

 しかし、旨味の観点から考えれば紅ショウガではなく生卵とコチュジャンを僕は好む。

 確かに牛丼のコクを打ち消すに紅ショウガは便利だが。

 牛肉のコクを楽しむに傾倒し、拘泥したいのだ。

 だから牛丼自体はコクをとことんまで極め。

 食べた後でコンビニで黒烏龍茶でも飲めば良いと。

 そんな風にこだわっていた。

 自炊するにも牛丼はコストパフォーマンスが良い。

 安い海外産の牛肉を和風出汁と安い赤ワインと麺つゆとタマネギで煮込めばお店の味にはなる。

 あとは継ぎ足して行けば、味は深みを増していく。

 熱を加えれば腐る事は無いのだし。

 トッピングというのは本来足りない栄養素の補完であるので。

 ビタミン群が豊富なスライスニンニクのオリーブオイル漬けでも散らせば完璧だ。

 磨り下ろした生タマネギも栄養価的には良いし、口をサッパリさせるだろう。

 乾燥唐辛子のスライスを振っても良い。チリペッパーはビタミンの宝庫だ。

 生タマネギの摩り下ろしを活かす意味でも、花椒は欠かせない。

 仕上げにピリッとした味わいの薬草であるタイムのみじん切りを散らして。

 常備野菜だけで完璧な栄養素と完璧な秔ウィルス作用を持つ牛丼の完成である。

 乾燥タイムなんか百均で買えるしな。


 もう妖怪の王様、無関係。


「康平君の生みだした炎は祟りを祓う聖火となってこの町を護ってくれている。けれどそれ以外にも物質的な意味合いで問題が起きてる。最近雷が鳴らない日が無いだろう?それに大雨もだ。この断続的に続く大雨で地盤で緩み地滑りが起きたなんて話も山間部では起きている。三沢基地のイーグルを飛ばして確認して貰ったんだけどあの炎は成層圏まで達してようやく消えるみたいだね。酸素濃度が少なくなるところまで火柱が上がるなんてのは其処は流石の〈日本最強の怨霊〉だと言うしかないのだけれども」

「ですね。祟りを祓うという力は恐らく守護神としての力が機能しているのかと。本当に軽率な真似をしました。申し訳ありません」

 成層圏まで達する強烈な熱風は大きな積乱雲を呼び廃村周辺の草木を焼いた事で軽い山火事のような事もしばしば起きた。それでもヤオロズネットに負の感情が全く溜まらなくなったのは嬉しい誤算だったのだが。まるであの炎に脅えるように負の感情はその姿を見せないのだとお姫様は僕に説明した。それはそうだろう。あの炎は京の都を焼いた大火であり、その大火はそもそも人間の醜い部分に絶望し激しく怒り天狗となった〈日本最強の怨霊〉が生み出したものなのだから。

 しかし積乱雲がずっと新遠野市の上空に停滞している事は好ましくない。雷が大嫌いな茶太郎は自分の耳で自分の眼を塞いでブルブルと震えてばかり。その仕草は激しく愛くるしくその仕草に激しく萌えたが本当に燃えてるのは旧市街郊外の廃村であった。

 呪詛を込めた炎は場に停滞する。今までは霊的な意味合いと治安の悪さから廃村の活用を見送っていた新遠野市のお偉方はあの炎で周囲一帯が焼き均された事を良い事に畑として活用する事を検討中だとか。焼き畑農業はアマゾンの森林を失わせるという事で問題視されているが農業的に考えると焼いた炭が土に栄養を行き渡らせるので良いらしい。

 そんな場合じゃねえだろと誰もが内心ツッコんだ。

「摂氏二千度にも達する康平君が喚んだ炎は生態系にも影響を与えている。森の動物達は暑くて暑くて住めたものではないんだろうね。人里に下りて来たとの報告も多い。そしてあの炎が発する熱風で周辺の山々から緑が消えた。自然というのは人間の身体と同じで連動しているからね。胃を病めば消化不良で栄養が全身に行き渡らなくなりあちこちを悪くするのと同じように山全体の木々が枯れ始めているとも聞こえて来る」

「ガイア論がこんな身近にあったわけですね…」

 地球と言う星がそもそも一つの大きな命であるとする理論であり寿命間近である地球に突如発生した人間という生命を地球にとってのガン細胞であるとする考え方だったか。人間を地球のガン細胞だとする記述はまた別の理論だったか。お姫様はよくそんな話を僕にしてくれる。「海は体液でマグマは血液で、自分達はその地球を滅ぼす自殺因子なのかもしれないです」と。それに対して人間の手入れの行き届かない山には藤が蔓延り自然環境にも良くないと言えば「だから人間は善玉菌と悪玉菌の二種類が居るのかもです」なんて言っていた。今まさに僕が喚んだ炎が新遠野市の生態系を狂わしつつあるのだから完全に僕は悪玉菌に属する人間なのだろう。

 ならば明日からバイキンマンの着ぐるみを着て生活しなくてはならん。

 ハッヒフッヘホーと口癖のように言わなくてはならん。

 けれど、それについては吝かでは無かった。

 吝か以上に満更でもなかった。

 少しだけ楽しそうだなと思ってしまったからだ。

 どんな時でも悪ふざけをする。僕の悪い癖である。

「まあそれでも廃村の再開発事業は昔から案件として出ていたんだ。康平君はポカをしたかもしれないがそれは見る角度を変えれば廃村の解体費用を捻出せずとも良いわけだし、それは再開発に着手し易くなるとも言えるしね。ポカをする時まで生産的なのが康平君らしいけれど」

「消防はヘリを飛ばして上空から大量の水を散布したと聞きましたが?」

 キヨミンの母ちゃんは消防勤務なのでそうした話は入って来るのには暇がない。

 若い時には火消しの加藤としてブイブイ言わせていた。

 今は救急隊員として現役バリバリで活躍している。ちなみに若い時に加藤姓なのはキヨミンの父ちゃんが婿入りだからであった。人気絶頂の舞台俳優が田舎の消防士と結婚して芸能界を引退するというニュースは当時の世間を騒がせたらしい。

「ああ。しかし水蒸気爆発を起こし廃村周辺はそれこそ何も無くなってしまったようだね。不思議な事に酸素が無い筈なのに燃えるんだよ、あの炎は。市議会議員の中にはあの炎をいっその事消さずに街のシンボルとして扱えばどうかなんて意見も出ている」

「呪詛の炎で聖火ではないんだけどなあ…」

 それでも丁寧に供養をされれば守護をする概念に変化する。

 日本人はそうした信仰が昔から上手い。

 だからこそ荒れ狂う氾濫した川に若い美しい娘を投げ入れる人身御供の文化が産まれたのだが、それは昔の人間だし仕方がないと言うしかないだろう。僕の周囲で若い美しい娘といえば幕府三人娘が例に挙げられるが、あの子達の場合は人身御供にされても泳いで生還しそうな気もした。

 生命力半端ねえし。流れて来た流木で波乗りさえしそうである。

 大根おろしを作りながら僕は理事長との会話を楽しむ。

 いや楽しんでる場合でもないんだけど。

 毎晩理事長はこうして僕の家に御酒を飲みにやって来てくれる。

 本日提供するお酒はいつもの土佐の栗焼酎とは別に沖縄の泡盛を用意させて頂いた。

 肴はイカの塩辛を大根おろしと和えた物を。

 焼酎や泡盛には塩辛が一番美味しい。

 何で未成年の僕が焼酎の味を知っているかとは聞くな。

「こちら、沖縄の泡盛です。今帰仁村の友人から送って頂いたものです」

「本当に康平君は日本中に友人がいるね…」

「本多が商店街の福引で特賞の沖縄旅行を引き当てまして。僕と本多の両名は連休を利用して沖縄に行って来ようとも思うのですけど。娘さんの護衛を放棄するようになってしまうのが心残りでして」

「ああ。それならば問題無い。忠宗君のその運の良さが気持ち悪くさえあるけれど折角の沖縄旅行なんだ。四日間ぐらいならば大奥の親衛隊である弓道部の子に任せても問題は無いだろう」

 泡盛と一緒に送って貰った海ブドウにはポン酢ではなくマヨネーズと醤油を。

 皮を剥いた島ラッキョウはモロキューのようにこれも味噌とマヨネーズで。

 皮付きの豚バラ肉は塩を振り表面を軽く炙ってから数種類の野菜と一緒に蒸して柚子胡椒で。

 シークヮーサーの皮を細切りにして砂糖で甘く煮付けた甘露煮は娘の方の平坂さんの為に。

 残った果実は絞って、溶かした黄ザラメと混ぜてシャーベットにする。

「忠宗君の運の良さも気持ち悪いけど康平君の料理の腕も相当気持ち悪いけどねえ……。今日は沖縄尽くしじゃないか。東北で沖縄の食材を楽しめるとはなあ」

「暑い所のお酒は蒸留酒が美味しいと聞きます。だから酒の肴も必然的に蒸留酒に合うような物が作られて来たんでしょうね。皮付き豚の蒸し物だけは僕のオリジナルですけど」

 一度炙って旨味を閉じ込めるのがポイント。それでも溢れた肉汁を野菜が吸い込んで美味しくなる。それと蒸すという調理方法は余分な脂を落とすと言われるがその脂こそ野菜を一番美味しくする調味料であるので出来れば豚肉の塊を下茹でする際には根菜を入れてあげてください。

 豚の角煮の下茹でに輪切りにした大根や人参を入れるだけで良いのでね。

 タジン鍋を生みだした方は天才だな本当に。

 柚子胡椒でも良いし酢味噌でも美味しいだろう。

「あの炎にはやはり娘さんを近づけさせない方が良いのでしょうか?」

「だろうね。アンチアマテラスの力そのものであると言って良い」

 機能不全に陥るからだろう。

 確かにあの廃村があった地域には平坂は近づけさせてはならないような気がした。

「こちら、ミミガーとナカミィを筍や人参などの野菜と一緒に胡麻油で炒めたナカミィチャンプルーのミミガー入りです。沖縄では豚は鳴き声以外全てを食べると言いますからね。ミミガーは酢味噌で食べるのが一般的ですがこうして炒め物に加えると食感が良いので重宝しています。ミミガー単体だけで肉の旨味が出ないのは残念ですけどね」

「頂こう。そういや、そろそろ幕府の女の子達も此処に来るんじゃないかい?」

 僕の家の檜風呂が嬉しいと毎日のように風呂を借りに来る連中が風呂場で暴れて我が家の檜風呂はめでたく大破。今現在、近所の公衆浴場に女子組は行っている。忠宗は理事長が来るとの事で自宅にて得意のタルト・タタンを焼いて持って来るとの打診。

「これ。風呂の修理費用は何処に請求したら良いんですかね?」

「ああ私が引き受けよう。ヒメちゃんはちょっと落ち着きが無い娘だからね。私の家でも昔から風呂だの車だの壊されたもんさ」

 脅威的なあの落ち着きの無さを「ちょっと」と表現するのは親バカだからか。

 明るく元気なのは良い事だが…。

 なんせ風呂壊されてるもんでな。

 僕なんか忠宗の家でお風呂借りてるからな!

 稲穂さんの旦那さんである真田さんがまた優しくて良い方でな!

 風呂借りに行ってる筈なのに夕飯までご馳走になってな!

「今回の旧市街防衛戦。原因となったのはあの地域に執着する念だと報告があったが。恐らくはそうじゃないだろう。祟りは地縛霊と違って現在の私達人間の良くない感情が凝り固まった存在だ。何か、何かがある筈だ。たまたまそれがあの廃村に集まったと言うだけで」

「そうですね。あの廃村で昔何か事件があったのではないかと思って兄に調べさせましたたところ、やはり負の感情が集まるような事件があったそうです。戦後間もない頃の事件なので調べるのに苦労したと兄は言っていましたけど」

 それを聞いて僕は今回の防衛戦が一度では終わらないだろうと何処か不思議な確信めいたものを感じていた。そしてあの炎に脅えて負の感情が集まり難いという事も何となく「ああ、やっぱりな」ぐらいに思えたのもその報告を聞いたからに他ならない。

「一体どんな事件があったんだい?あんなに大量のヒトガタを生みだすなんて」

「報告前の事前知識というか事前情報なんですけど。一度犯罪が起きた場所や施設というのは人が寄りつかなくなるんです。それは殺人現場もそうですし自殺現場もそうです。あの集落にそうした悲しい事件があったのだと僕は決めてかかっていたんですけどそうじゃなかった。そうした事件が無いのに人が寄りつかなくなる事件が何か、理事長は解りますか?」

 賢いこの人が解からない筈が無いのだが。

 それは話を進める時のクッションのようなもんだ。

「人が係わりたくない事件だからね。それも戦後の話だ。察するに人買いや誘拐。若い娘を身売りするような風習が在った場合はその土地を忌むのが人間だ」

「ええ。そうです。悲惨で凄惨な当時では事件とも呼べない出来事です。一つの排他的な田舎の文化がそうさせたんでしょうね。遠野物語にさえ記されていないような小さな出来事です。勿論現代では若い女性の身売りは売春法に抵触する犯罪ですからそんな事は無いんでしょうけど。それでもあの土地に負の感情が集まったのはやはり昔に起きたその事件が原因かと」

 さして雪国の田舎では珍しくもない。

 デンデラ野と呼ばれる姥捨ての文化さえあるような土地だ。

 ただそれが現代の人間から見れば異常に見えるだけで。

「戦後。あの村の娘が器量良しだと地方紙に掲載されるや否や、帝都の豪商が妾にしようと村に押し寄せたという資料が残っていたそうです。更に時代を遡るとあの村はそうした娘を都に売る事で貨幣を得る文化があったようですね。食い扶持を減らす為に自分の子供を殺すという風習は遠野物語にも書かれていますけど、それよりも確かに効率的で生産的です。男子は殺され女子は売られる。山村の悲しい文化です」

「それが現代の祟りにどう繋がると康平君は考えている?」

 理事長は答えを僕に出させる事が多い。この辺りは教育者としての在り方を踏襲しているという事なのだろう。答えも何も無いのだけど。数学の証明問題でいえばどの方式に当て嵌まるのかを書いた辺りでしかない。

「ナンパな男性に対する女性の脅え。それが形に成ったのかと。大量のヒトガタは誰か自分を護って欲しいと願う女性の想いがそうさせたのでしょう。女子が不良より怖いと思うのは手段を選ばないナンパだと加藤も言っていますから」

「合格だ。ならば、女の子をあの炎は護っているという事だね。最強の怨霊様は、有難い事に守護神としての機能を果たしてくれているわけだ」

 炎が原因で負の感情が集まらないのはそのままあの炎が身を守る盾として機能しているから。だからある意味では消さないのが一番なのだが。

 まだ続く。

 匂いの原因を断たない限り。

 断つってもそれも現代の文化だから難しい所なのだが。

 別に僕は男女の出会いがどうであれ問題無いと考える人間だし。

 ただそれで女性が脅える事が在っては宜しくないだけで。

「しかし、この田舎でナンパなんかする男子いんのか?」

「旧市街は何処の誰なのかすぐにバレるからなあ。まあ新市街だよ、そういう現代文化があるのは。悪い事じゃないんだけどね、良い事でもない」

「僕と忠宗は一度ナンパを経験してみようと女性に声をかけたら強かに殴られましたが?」

「康平君はそういうのをしないのが魅力なんだろう。慣れない事をすると怪我をする。良い教訓じゃないか」

 僕は頬骨を折り、忠宗は耳が潰れた。そして忠宗に関して言えばキヨミンにバレて追い打ちで内臓破裂の大怪我をするまでに至った。

 慣れない事をすれば確かに怪我をする。

 そういう事なのだろう。

「それで理事長。次の祟りこそ本格的な戦闘になると思うんです。地縛霊が祓われると力を増すように地に張り付いた概念はドンドンと強力になっていきます。其処で大奥を戦力として戦場に投入したいと考えているのですが」

「生徒会長は君だ。康平君の好きなようにしなさい。あの炎がある内は考える事も出来るのだからね。そうやって大奥を投入する事を気に病む事が出来るからこそ君は生徒会長なのだから」

「有難う御座います」

「あ。娘達が帰って来たね」

 玄関からはキャピキャピと今どきの恰好をした若い姉ちゃんが三人。

 まず太ももを見せるなと言いたい。

 あと湯冷めするから肌を見せるなとも。

 湯冷めは寝冷えより怖い。

 風呂上りは暖かくしてるのが良いのだ。

「あ、お父さん何を美味そうな物を食ってんだい?」

「康平君が今日は沖縄尽くしを作ってくれてね?」

 お姫様がカウンター席のスツールに腰を下ろした。

 こうして父娘が並ぶと本当に親子なのかを疑うほどに似ていない。

 いや、鼻の形は似てると言えなくもないのか?

「会長さん。まだ沖縄料理は出来ますか?」

「ソーキ蕎麦がありますぜ、お客さん」

「じゃあ沖縄の食材で一つパスタを所望致す」

「話聞けよ」

 カウンターに座っていた幕府娘はそのまま茶の間に移動しコタツに入って何やらテレビのバラエティー番組を観てケラケラと笑っている。此処で漸く忠宗が手に焼きあがったばかりのタルトを持ち徳川家に登場した。理事長は甘党でもあるのでタルト・タタンを食べながら焼酎を飲むという荒業を披露してくれたのだが。

「じゃあ若者がやって来たから私は客間で仕事をしている事にしよう。ハメを外すなと、一応教職者としての立場から言っておくけど。忠宗君も今日の戦闘での指揮采配は見事だった。皆でゆっくり休んで大いに騒いで鋭気を養いなさい」

「ハッ!恐悦至極にございますじゃ!」

 ビシッと敬礼で返す忠宗。

 理事長はそんな忠宗の肩をポンポンと優しく叩くと二階客間に移動した。

 まだ終わりじゃないのだ。

 あの炎を消すのは僕の仕事じゃない。あの炎が消えてからが僕等の仕事だ。

 大鍋にお湯を沸かして塩を多めに入れ。

 考える事が多く、いつの間にか沸騰していた事にさえ気づかず。

 慌てて僕はパスタを茹でた。




 沖縄食材で作るパスタのレシピを知りたい方はコチラ!

 とか出来れば良かったのだが、残念な事に僕はホームページを作る技術が無い。簡単に説明すれば塩茹でして苦みを取り除いたゴーヤをピーマン代わりに使ってスパム缶を解してツナ代わりに使って炒めて絡めただけの簡単なパスタである。味付けは塩と胡椒、それと最後にニンニクバターを乗せるだけ。

 理事長が二階の客間で仕事をしている間、僕と忠宗は幕府娘が茶の間でパスタを食べている時にキッチンで簡単な夕餉を楽しんでいた。女子はパスタだが男子は玄米のお茶漬けだ。

 玄米茶漬けのレシピを知りたい方はコチラ!

 とか出来れば良かったのだが。「自分で考えろハゲ!」というレシピ本があったらきっと笑いになるのだろうなと僕は思った。

「まだあの炎が消えんのじゃな。夜じゃと遠くが明るく見えるのう」

「さすがに風情だとは言えんけどな。それで忠宗?」

「ワシは次の戦、大奥を投入する事に異存無い。ヒーラーを含めてじゃ」

 虚を突かれたように僕は驚く。そうだった、昔から僕等に意思の疎通こそありはすれ意思の確認など必要ないのだった。それこそ形而下で意識を共有出来るのは義経公と弁慶の関係に近いからか。それとも説教をいつもしているから僕という人間を理解しているからか。

「お前はいつも手っ取り早くて助かる」

「迂遠な生き方をしておらぬのでな。物事の真理のみを見つめるように生きているとその者の行動原理はシンプルになっていくとお釈迦様も言っておられる。シンプル・イズ・ベストじゃ」

 お釈迦様、素敵。

 出来るならば僕の人生もシンプルが良かったです。

「あの炎が平坂を機能不全にするから危惧してたけど考えてみりゃあの炎が在れば防衛戦は第二ラウンド始まらないんだから余計な心配だったわけだ」

「女好きなヘラヘラした男は総じて暴力に弱い。あの炎は暴力性の塊みたいな物じゃろうからな。じゃがあの炎が自ら何らかの目的を持ち消えないのであればそれはそれで問題じゃ」

「意思をもつ事象ってのは神道の考え方じゃなかったか?」

「神道というよりは民話じゃな。神風が良い例じゃ」

 玄米茶漬けは出汁を使うので和風出汁の良い香りがキッチンに広がる。トッピングも少ないので玄米の風味を楽しむ事が出来、また玄米は栄養価が高いので僕のような食の細い人間には嬉しいのだ。あの食欲魔人の幕府娘がパスタを食べている間に僕等は僕等で食べてしまおう。

 お茶漬けすら寄越せと言われかねん。

「民話信仰ってのも軸が不安定で困りものだな。何が起こるか判らないというかなんでもアリというか。絶対ナンパだけじゃないだろ、あの炎が掻き消してんの」

「その辺はまあ東北の田舎じゃからな。システムで管理されておるといっても1と0のデジタル的な物ではなくアナログ的なものなんじゃろう。そうしたアナログ的な感覚というのは人心を把握するには大事じゃ。殿には釈迦に説法じゃろうがな」

「白黒つけたがる人間は1と0で物事を考えたがるデジタル人間って事か」

「じゃから回路には無い不測の事態が起こると弱い。自分の事をエリートだと考えておる人間に多い傾向があるのう。信じられん話かもしれんがワシの義理の兄も昔はそんな人間じゃったらしいな。国立帝都大学を卒業したエリート県庁職員じゃし」

 真田さんは子供好きのする笑みを絶やさない優しいお兄さんだが。

 信じられん。一体どんな経験をすれば性格が真逆になるのだろう。

「まあ姉上に『貴方融通が利かな過ぎて魅力を全然感じませんわ。ポンコツロボットみたいですわ。この凡愚が。ただ頭が良いだけの凡愚が。臓腑を撒き散らし惨たらしく死にたくなければそのまま県庁にお帰りなさいな?それともまだ大福寺の耐震構造に問題があるとイチャモンを付けるようでしたら貴方の耐震構造がガタガタになるまで蹴ってあげますけど?』と言われて心入れ替えたらしいな。そう言われる頃には既に何発か殴られておったらしいが。その出会いをキッカケに義理の兄は姉上に一目惚れしたらしい」

「とんでもねえ出会い方もあったもんだな…」

 淡々と喋っからな、忠宗の姉ちゃん。

 今回の祟りが本当に稲穂さんの前世なんじゃねえかと思って来た。

「正論好きは優しくない。正論は正しいが優しくはない。正しさを武器にするような人間はこの町じゃ何も出来ぬよ。優しさを武器にする殿でさえテンヤワンヤなんじゃから」

「僕がテンヤワンヤなのは単に僕が何も出来ないポンコツだからなんだけどね…」

「英語が出来て料理の腕がプロ級で人間換算で百メートルを十秒四で走る人間が何も出来んと謙遜すればワシ等の立つ瀬が無くなる。崖っぷちの先っちょに立つしかなくなる。そういう事は言わぬが華じゃ」

「んじゃ何で僕は一日一日をやっとこさっとこ生きてるようになったんだ…?」

 ギリギリです、お母さん。

 日々、ギリギリです。

 みーんなギリギリで生きてるからこそ助け合いの文化が広がったんだとは理解してるけど。

 ギリギリです、お婆ちゃん。

 毎日、ギリギリです。

「ともあれ旧市街防衛戦は勝利に終わったんじゃ。殿がアホな判断でアホな火柱を廃村に残した事を除けば大勝利じゃと言って良い」

「あ、まだ説教モード終わってなかったんだ…?」

「説教というかもうこれは説諭じゃぞ?説して教えても殿は聞く耳を持たんし、説して諭すぐらいせんと殿のような『普段は冷静だけどスイッチ入ると直情型』みたいな人間を制御なんぞ出来ん。ワシは弁慶に同情しておる。お互い、自由奔放な者が主君じゃと胃に穴が開きそうじゃよなと」

「ゴメンって。浅慮でした」

「うむ。分かればええんじゃ」

 三つ葉と蒲鉾、それだけがトッピングなのでおかわりもし易いのが玄米茶漬けである。

 忠宗はこれに鰆の西京焼きを乗せて出汁をかけて食べるなんぞハイカラな事をするのだ。

 ハイカラさんめ。

 真似してみたら焼けた味噌の風味が出汁に広がって美味いじゃねえか。

「さて。ならばワシ等はワシ等で準備じゃな。あの炎がいつ霊力切れで消えるのかそれとも何か目的を達成して消えるのかは分からんが次の防衛戦は今回の比ではないじゃろ。戦力の増強もそうじゃが戦術の幅を広げる為にも大奥との合同訓練なんぞも必要じゃ」

「大奥は基本的に僕等の言う事聞いてくれないからなあ」

「それは殿がパイルドライバーしたりしてるからじゃろ…」

「まあね」

 実際にパイルドライバーを仕掛けたりリバーブローを決めたりしているのは二人だけなのだが。大奥年寄衆の油壷先輩と幼馴染で剣道部部長の柳生蓮にだけ。それでも相当インパクトが強いのか僕は大奥に暴力を振るう危険人物としてめでたく認識されたわけだ。油壷先輩は三年生なので前線には来ないだろうがあの中二病患者である部長は間違いなく前線に出て来るだろう。

 どう弄って笑いに繋げるか。

 既に楽しみである。

 毛皮一枚だけ身に付けて棍棒を持って祟りに吶喊すれば読者の皆に覚えて貰えるとでも言えば彼女は躊躇なくそれを実行するだろう。読者の皆様に覚えて貰う為ならばダンボールで鎧を作ってダンボールで脇差を作って戦うぐらいは迷わずにする筈だ。

 さて、どう弄ろうか。

 如何料理しても美味しい笑いになるからな、ウチの部長は。

「殿。その邪悪な顔は十兵衛を使って遊ぼうとしておるな?」

「バレたか」

「あんま女子を使って遊ぶのは殿の評判にも関わるからダメじゃぞ?まあ、十兵衛は弄れば弄る程に味を出すキャラじゃからやり過ぎぐらいで丁度ええというのも解るんじゃが」

 貴重なキャラだ。

 ロリっ子爆乳は基本的にエロ要員である筈なのに部長は完全にギャグ要員なのだから。

 貴重だからと言って大事にしようとも思わないのがまた良い。

「平坂との掛け合いはどうしても学園コメディ物を抜け出せない。あと一押しが必要なのにメインヒロインの美少女というアイツのキャラクター性が邪魔をするんだ。だが部長は如何だ。殴ろうが蹴っ飛ばそうが全てが笑いとなって反射してくる。女子版の井伊君に近い」

「井伊は井伊で問題じゃが、十兵衛の問題点はまた別の所にあるじゃろ…」

 知らん。

 僕はといえばパスタを召し上がったお姫様から追加注文が来るであろう事を予測していたのでお姫様曰く「こんなもん夜に食ったら太るじゃねえかよ!でもンマい~♪」で好物だというミニステーキをこしらえる事にした。味付けはニンニクとマーガリンとマスタードで作った超絶ガッツリ系のソースである。フライパンにマーガリンを溶かしてスライスしたニンニクをドッサリ。過熱してニンニクが薫ったらマスタードをどっさりと入れる。

 そして赤身のオージービーフをこれでもかと焼く。二キロぐらい焼く。

「殿、そんなテンコ盛りして誰が食うんじゃ…?」

「お腹いっぱいになれば誰もが幸せだ。お姫様を見てみろ。既に茶の間からキッチンをチラチラ見てるだろ。この匂いが何を意味するのか知ってるからだ」

「テレビよりキッチンが気になって仕方がないという感じじゃな。あのチラ見がムカつくのう」

「これをパンズに挟んでサニーレタスにマヨネーズにピクルス無いから代わりにカブ漬け入れりゃ康平バーガーの出来上がりだ。忠宗、まずは康平バーガーを茶の間に持って行ってくれ」

 康平バーガーだってテンコ盛りだ。

 片手で掴めるような大きさじゃないと言えば想像もつきやすいだろう。

「これ、寝る前に食うのかのう…?」

「モデル業でバイトして新体操で頑張るキヨミンはプロポーションを気にしなくちゃならないだろうけど。平坂とカズホッチはそんなもん何処吹く風だ。寝る前だろうが何でも食う」

「ヒーラーが食いしん坊なのは知っておるが。山内まで食うのか?」

「バイオリニストは肉が好きらしい。演奏ってムチャクチャ筋肉使うんだとさ」

「一見華奢に見えるが。山内も結構なパワーファイターじゃからな…」

「毎日腕立てを百回が日課だしな。女性の方が体型維持に筋力トレーニングをしているから男性より筋量が多いなんてのはザラだ。その辺のゲームする為に帰宅部してますって青びょうたんならワンパンでKO出来るんじゃないか?」

「山内ならそこそこ喧嘩も出来るじゃろうからな…」

「まず僕等がやってた子供の頃の遊びが子供の範疇に収まってねえんだって。ターザンロープの正面に立ってターザンロープで加速度的に重量を増すキヨミンの体当たりに耐えるとかさ?僕あれでアバラ折ったんだからな!」

 疑似的な交通事故であった。当たった瞬間、頭の中でガラスが割れたような痛みを覚えて眩暈と吐き気が止まらなかった。そんな僕等の遊びの発案者はキヨミンだった。昔のキヨミンは今のキヨミンからは想像も出来ない程に太っていたので体当たりの際の衝撃も半端無くてな!

「野山を駆け回るだけじゃなく野山で命懸けの訓練をしておったな…」

「つり橋からカズホッチが落ちた時は流石に焦ったよな…」

「あの時は山内死んだかと思ったわい…」

「でも僕も落ちてるからな!皆に置いて行かれるの嫌で必死に追いかけてたらストンさ!」

「あの時は誰も気づかんかった。コーヘー君お家に帰ったんじゃないかってのが総意じゃった」

「そうだろ!僕、谷底に落ちても自力で帰還したんだからな!岩肌登る時にすっげえ横風強くてさあ!いつまた落ちるのかってすっげえ怖かったんだぞ!落ちた時に頭を撃ったから眩暈はするし吐き気は止まらないしでさあ!」

「殿の強さの理由が分かったような気がするわい。お主、昔から不遇過ぎてその不遇の中を生き延びて来たから鍛えられ過ぎたんじゃ」

「助けて欲しい時にこそ誰も助けてくれないと僕は谷底で悟ったよね。だから誰も頼る必要が無いぐらいに身体と心を鍛えてから友達と遊ぼうと思ったほどだ」

 じゃないと次は死ぬと本気で思った。

 結局あの時はゲーゲーと吐いて一歩も歩けなくなった僕を兄貴が助けに来てくれたのだが。

 だから田舎の子供から大人は眼を離しちゃいけない。

 絶対遊ぶもんが無さ過ぎて危険な遊びを閃くからな!

 特にターザンロープを使ったターザンアタックには気を付けろ!

 あれ喰らうとマジでアバラ折れっからな!

 絶っっっっっ対真似すんなよ!

 真似して怪我しましたって言われても僕は何の責任も負わん!

「さ。焼けたミニステーキにソースをかければ安いオージービーフが美味しい美味しい肉料理に早変わりだ。これはヨーロッパの港町で食べられる肉料理なんだけど、このソースを使って白身魚だったりジャガイモだったりも食べられる。豪快だよな、アチラさんは」

「これを夜の十時過ぎに食べるという事の方が豪快じゃ…」

 沢山食べるから生命力に溢れているのか。全く食べないから僕は生命力に乏しいのか。

 食べるという行為は命を頂いている行為。だから食べる為以外の殺生は全てが殺人罪なんだよと僕に教えてくれたのは誰だったか。

 大皿に盛りつけたミニステーキを茶の間に持って行くとすぐさま平坂が飛び付いた。カズホッチも次いで飛びつき、プロポーションを気にしていたキヨミンも食欲に負けて飛び付いた。

 御神酒を飲むペースが速くなったのはそれだけ味付けが濃いからだろうが。

 僕はこの時フッと考えた事を暫く考え続ける事になる。

 防衛戦から始まる一連の事件は僕に否応なく考えさせることになる。


 女性の弱さと女性の強さとは、表裏なんじゃないかという事。

 この事を、何処までも考える事になる。


 片や、数を頼り。

 片や、己を頼り。

 あの二人はどちらが強く、どちらが弱かったのか。

 勝ち負けで物事を判断なんかしたくはないが。


 まだ戦闘は始まったばかりで。

 まだ物語は始まってさえいなかった。


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