第7話

 今回の祟りとの戦闘は「旧市街防衛戦」と銘打たれた。

 何が防衛なのかって、出陣した僕等伝統工芸科は大量の〈ヒトガタ〉を旧市街三区の住宅地に入れないように防衛線を張る事を任務とされたので人間の感情と信仰を求める祟りを通せんぼする事が防衛戦であると表現出来るのだが。ヒトガタと呼ばれる祟りは決して強力な祟りではない。ヤオロズネットに溜まった負の感情が形に成るのが祟りだがその負の感情が方向性の無い何となく嫌だなという物であった場合にはこうして何となく人間を襲う存在に成る。それは方向性の無い暴力とは常に数の暴力であるとも言い表す事が出来てしまう程に常に大量に出現するのが一般的だ。

 夜は人の感情を暴力的にする。

 犯罪が夜に多いのはその為であり。

 祟りが基本的に夜に現れるのもそういう事だ。

 伝統工芸科のサムライ、その数は四十。

 対する祟り〈ヒトガタ〉、その数は五百。

 どうやら祟りが発生しているのは旧市街三区に存在する廃アパートらしく僕等はその廃アパートが建てられてある廃村地区と現在の旧市街三区の住宅地を結ぶ山道でぶつかり合った。

 こうした拠点防衛の戦闘の際に指揮を執るのはいつも忠宗だ。

 第一次防衛ラインには祟りの数を減らすか、もしくは消耗させる為の戦力を配置。

第二次防衛ラインには祟りを祓う為の本隊を配置。

 最終防衛ラインには突破した祟りに備えての余剰戦力を配置。

 どんな陣形も三段構えが戦の基本形であるとは昔からよく言われる事であるが忠宗が指揮をする時はいつもこうした防壁を波状型に展開する事が多い。それは陣形がシンプルである為に兵士各々の役割もシンプルになる事で動きに無駄を排する事が出来るからなのだとは忠宗の弁。

 伝統工芸科は精神感応兵器に盾を構えての手槍や盾を構えての長剣に同期している生徒が大半であるのも陣形戦術を展開しやすい特徴に繋がっていた。決して出力も霊圧も高くない英霊タイプを宿す幼馴染のみで構成された伝統工芸科の勇者達は仏壇に日々のお祈りを欠かさず禅を組む事を日常に組み込み腕立て伏せを毎朝二百回するような真面目なマッチョなので神降ろしは骨太で宿主は身体がガッシリとしている。数が押し寄せてもそれを押し返す様な膂力で迎え撃つ事が出来るのも頼りになるサムライであると評価出来た。

 スパルタの兵士は三百人で万を超す兵士とぶつかった。

 ならば旧市街の田舎侍が四十人で五百の祟りに当たり負けする道理はない。

 指揮を執る忠宗は最終防衛ラインに待機し突破して来た祟りに備えている。

 僕はといえば第一次防衛ラインの更に外側、押し寄せる祟りに一番近い位置で遊撃である。

 これは僕が速度一極型である事と使う武器が打刀である事が理由で決して苛められて村八分にされているのでない。

 ないと、信じたい。

 僕と井伊直嗣の二人が遊撃として廃村間近の開けた空間で祟りと戦闘中。

 陣形から外れた兵士は基本的に乱戦に入る。

 揉みくちゃにされる乱戦に必要なのは強気を保つ事と流れに飲まれない事。

 これは運動会で騎馬戦を経験した事がある者ならば理解しやすいだろう。

 四方から挟まれて圧迫されてしまっては身動きが取れなくなる。

 だから戦闘に必要なのはどんな場合でも止まらないという事なのだろう。

 特にこうした地上の乱戦や空中戦なんかはそうなのかもしれん。

 だから敵の中に放り込まれる事は空で戦う戦闘機乗りに感覚は似ている。

 それか、宇宙空間で戦うモビルスーツ乗り。

『殿。撤退は神降ろしの損耗度が四割を切った時で良いんブヒよな?』

『確かそうだな。ブタ君大丈夫か?あんまブタ君はこうした最前線に来る事が無いし乱戦に向かないから心配で心配で』

『俺じゃなくてジョーのヤツをバディにすれば良かったんだブヒ!俺は遠距離支援が戦闘時の仕事であってその俺がこうして最前線で戦うのは適材適所だとは言わないぞブヒ!』

『ジョーは第一次防衛ラインで露払いって忠宗から言われてたし、仕方ないよブタ君。それに人形遣いであってもブタ君立派に戦えているじゃないか』

 井伊直嗣は人形を媒介にして霊力を相手にぶつける。

 世界で唯一の音遣いはカズホッチだが世界で唯一の人形遣いはブタ君だ。

 その全ての人形がエロエロなフィギュアであるのだが、その十体近いエロいフィギュアがそれぞれ手にした武器で祟りを殴りつけるさまは見ていて何ともシュールだった。

 ブタ君の近接戦闘方法はその人形を自身の周囲に展開させて自分は逃げ惑うだけなのだが。

 イケメンメガネが頭を押さえながら逃げ惑う姿もまた、シュールだった。

 本来は遠距離から超高火力の支援砲撃をするのが役目。

 僕が一人だけ遊撃というのは寂しいのでブタ君をバディに指名したのだ。

 言うなれば巻き添えである。

 籠釣瓶の刃が斬った祟りの残滓が付着し夜の月明かりを受けて蒼く光る。血振りをせずとも切れ味が落ちない頑丈な造り込みの村正ブランド製品はこうした連続戦闘に本当に便利だ。

 両手を広げて飛び掛かって来るヒトガタの口元を一閃、横薙ぎに切り払う。

 続けざまに走り近寄って来たヒトガタに此方から飛び込み唐竹割り。

 すぐさま身を屈め隣のヒトガタの両足を逆胴で斬り落としまた別のヒトガタの喉元を切り上げ切り裂く。動きがある程度素早い相手に後退するのは愚の骨頂だ。相手の速度が速い時こそ強気を保って自分から突っ込む事が大事。

 後の先を取ると考えるな。

 先を取るとも考えるな。

 圧し切れ。

 斬り続けろ。

 息を止めて。

 零距離を保て。

『殿は良いブヒよ!刀で戦うの慣れてるブヒし運動神経の塊みたいなヤツなんブヒから!でも俺はインドア派で頭脳労働が得意なんだぞブヒ!お前は医者の息子に何を期待して遊撃剣士のバディにしたんだブヒブヒブヒ!』

『僕だってインドア派だ。休みの日はゲームだけしていたいモン』

『そうなんだブヒよなー。殿って昔から人一倍運動は出来るくせに部屋に篭るのが好きだったブヒよなー。子供の頃は外で遊ぶの誘うのさえ無駄だったブヒー』

『子供の頃は母ちゃんが友達と遊ぶと頭が悪くなるって言って誰にも会わせてくれなくてな』

 井伊君が蜂の大群に追いかけられるような有様で逃げる。

 周囲に展開した人形が井伊君の周囲の祟りを弾き井伊君の周囲だけポッカリと空間が出来たように凪の空間が産まれる。遠距離支援型のブタ君は近接戦闘を撤退術としてバリアを周囲に展開するという攻撃方法しか持っていないので、ならバリア展開したまま乱戦に放り込めばまとめてヒトガタを倒せるんじゃないかという僕の予想は当たっていた事になる。

 本当に便利な変態だ。

 好き勝手に逃げるだけで祟りをバラケさせてくれるんだから。

 井伊君が集団から個にしてくれたところで僕の斬撃を与えて各個撃破。祟りの軍勢を押し込み、村の入り口から廃村広場に僕等はフィールドを徐々に変えていく。

 本部に連絡をする為にテレパスのチャンネルを忠宗に切り替える。

『忠宗。遊撃隊は廃村手前から廃村内部に侵入。徳川、神降ろし損耗度二割。井伊、神降ろし損耗度一割。これからの指示を乞う』

『お疲れさまじゃ殿。この様子ならば第一次防衛ラインを押し上げ殿の援軍に向かわせても大丈夫じゃろ。ジョーに二人分の御神酒を持たせてあるからその場で暫く祟りの数を減らしてくれると助かるぞい。しっかし井伊もこうして遊撃出来るのには驚いたのう?』

『あれを遊撃って言って良いのかどうかは微妙だけど』

 するとサブカメラに泣きそうな表情をしたブタ君が映し出された。

 現在必死で逃げ回っている井伊君が念話に参加して来たのだ。

『お前等ホンット適材適所って言葉を知った方が良いぞブヒ!俺は陸上部並みに走ってるブヒ!絶対今日の夜にお尻の辺りが筋肉痛になってるのは間違いないブヒブヒ!』

 お尻の筋肉は短距離選手にとって最も重要な部位である。

 ブタ君、スプリンターデビューを間近に控えていた。

 飛び掛かって来たヒトガタの首を飛ばし隣のヒトガタに袈裟懸けに斬りつける。

 撃破の文字が視界に浮かび上がるのを数える事を辞めたのは何体目の事だったか。

 霊力残量もまだまだ充分に残っている。

 ダメージも少ない。

 補給はまだ必要ない。

 此処で暴れ続けて後続の部隊が少しでも楽が出来るようにするのが遊撃隊の仕事。

 拭い紙で籠釣瓶に付着した粘液を祓い再度斬り込む。

 僕が斬撃の際に霊力を散弾銃のように飛ばすのは脚で打ち込みを行うからだ。

 剣道は踏み込みの勢いを乗せるだけで重さを変化させる事が出来る。

 だから大きく踏み込む。

 大きく踏み込んで思い切り地面を踏みしめる。

 刀は自然とそれに倣って付いて来る感覚。

 腕で振っては骨は断てない。

 斬る。

 血液が黒く沸騰しそうな耐え難い破壊衝動をそのままに。

 多数派である事で安心しきってモラルを失うような人間に対する怒りをそのままに。

『速度一極型に超高火力の武器を持たせると殿のような地上の零戦になるわけじゃな。零戦に積まれておった大口径の機関銃こそ日本人らしい一合で敵を斬り伏せる日本刀のような物じゃとも言われておるしのう』

『でも殿だけが高機動型なのも問題ブヒな。殿は速いけどスタミナは無いブヒ』

 その通り。

 僕はハッキリ言って疲れていた。

 僕のこの体力の無さは単に摂食障害によるものである。

『さすがに疲れて来たぞ?もういい加減、コイツ等家に帰れよって思い始めて来た』

『井伊の言う通り、殿以外の高機動型の育成をせぬと殿が冷却時間に入った場合の戦力低下は如何ともし難いのう。殿に次ぐ身体能力測定の上位者はジョーじゃが』

『ジョーは火力重視に能力を使っているから今更の方向転換は無理ブヒな。奥平と池田の二人も運動が出来るブヒがアイツ等もそれぞれ自分の役割をハッキリ決めてしまっているブヒ』

 僕等は伝統工芸科の二年である。二年生は祟りとの戦闘の根幹となるので自分に何が出来て何が出来ないかを決めている者が大半であり、逆に決めていないと戦闘時に邪魔にしかならない。

『オックーもイケイケダもバランス重視の優等生だしな。あー、疲れた』

『殿は一旦下がるんじゃ。井伊は殿の護衛を』

『了解だブヒ』

 息を整える為の時間。

 戦闘でも進軍でもない、今度は時間としての凪を生みだすブタ君。こうしたリロードタイムを作り出してくれるタイミングが上手いのは本来支援を役割とするブタ君だからか。

 大きく息を吸い込んで、大きく息を吐き出す。

 深呼吸。

 深い、呼吸。

 肺に酸素というより。

 心に霊力を貯めるイメージ。

 大地からエネルギーを貰って、毒素を大地に還すイメージ。

 中国の古武術に伝わる、練丹呼吸法だ。

 これは徳川剣術道場、初伝の技である。

 一分かけて息を吸い、一分かけて息を吐く。

 慣れたら三分かけて息を吸い、三分かけて息を吐く。

 御神酒を使わずとも、霊力と体力を僅かながら回復出来る。

 これ、ガチで現実のアスリートもやってる休憩術である。

 両手を横に伸ばし、息を吸いながら腕を上げて。

 両手を横に伸ばしたまま、息を吐く時は腕を下げる。

 これをやると身体や心に毒素が溜まっている場合、尋常じゃない量の汗を掻く。

 だから兄貴は悪酔いした時、居酒屋で急にこれをやる。

 気持ち悪い量の汗を掻いて、またガバガバと呑むのだ。

 スミレさんも結婚してからこの呼吸法を覚えて、悪酔いした時は夫婦揃ってやっていた。

 変態警察官夫婦と。

 お店のお姉さんに言われるのも当然だった。


 練丹呼吸法は五回繰り返しましょうね。

 興奮を鎮めるだけじゃなく不安症や神経症にも効果があるらしいので。

 八極拳や八卦掌、ジークンドーでは鍛練後のクーリングに今でもやってますのでね。

 これ、医学的には自律神経調整法だとかで漢方分類の治療法になってますので。

 身体が疲れてる時や心が弱ってる時、試してみてくださいな?

 そんで大量の汗を掻いた場合。

 お医者様に、往きましょうね?

 内蔵悪いとそうなるってもんよ?

 これから楽しい事、たっくさんあるんだから。

 その為にも健康は努力しなきゃ継続出来ないからね?


 あ、物語続けます。


 道場開祖である祖父は、道場を開く為だけに中国拳法を学んで来たそうな。

 警察の仕事を貯まった有給全部使って休んでだ。

 いつか、ジイちゃんが主役の徳川千本桜~零~とか出るかもしれない。

 出るとしたら、主役は親父になるのだろうがね。

 若かった時の理事長と親友だったらしいのだが。

 理事長も何故、父親について何も話してくれないんだろう?

 いつか、問い質してみても良い。

『運動が出来るといえば一年に榊原入って来てたろ。アイツなら僕等の幼馴染だし僕等先輩組に付いて来ようと昔から後ろを走っていたんだし運動能力には問題ないんじゃないか?』

『榊原のう、宿主は速度に特化しておるが高機動型の神降ろしをしておらん。旧市街生まれの大神降ろし関係者じゃから妖怪モードを持ってはおるが』

『二次元にしか興味ありませんって榊原は俺とキャラが被るから登場しなくて良いブヒ!』

 近所の弟分である榊原康正も本丸伝統工芸科の一年だ。でもサカキンの場合は確かに僕の自殺に関わっているので神降ろしが速度一極型だとは思えん。もしかしたら妖怪モードしか宿していないのかも知れない。

 宿主も神降ろしも高機動型である人間が居れば本当に助かるのだが。

『大奥には誰か居ないのか?』

『高機動型というか…。ちょこまか動くといえばヒーラーじゃが…』

『ヒーラーは医療系の奇跡を使える超絶レアな神降ろしをしてるブヒ。敵本陣をかき乱す為に使うのは勿体無いブヒな。黒髪が綺麗な優等生っぽい美少女が落ち着きが無い天真爛漫だというのも俺的にはポイントが高いブヒブヒブヒ!』

 平坂はダメだ。アイツこそ本陣で動かないようにと言い付けしなくてはならない。

 まあ幾ら落ち着いていろと言っても落ち着く事は無いのだが。

 三歳児と変わらん。

 眼を放したらチョロチョロするのは仕方がない。

『考えてみると速さで敵陣を掻きまわすタイプの神人ってのもレアなんじゃな。殿が身近に居過ぎて気付けんかった。じゃが大奥におったとしても大奥の生徒はパトロンの娘じゃから最前線に送る事は出来ん。大奥の生徒で戦力になるのは旧市街生まれの者に限定されるじゃろうな』

『肉屋の娘と魚屋の娘、それと有名道場の娘は即戦力ブヒな。十兵衛も俺と若干キャラが被るブヒから戦々恐々としてなくちゃならないブヒが』

『つーか全員火力に特化し過ぎなんだよウチの学校。だからこういう強くも弱くもない祟りが集団で来るってのに弱いんじゃないか?化けモンみたいな祟りが相手の時は心強いけどさ』

 キヨミンは〈ヒマラヤからの雪解け水を堰き止めた意地悪な悪龍〉を一撃で倒すような女傑であるのだが、やはり使いどころが難しくこうした数の暴力に出陣させる事は出来ない。彼女は周辺環境を破壊してでも良いから討伐を試みるような重要任務にしか使えない。

 エースだけじゃ軍は機能しない。ガンダムだけじゃ連邦はジオンにすぐに負ける。だからこそ僕等のような量産型が頑張る事が望まれるフィールドがある。

 ジムはジムで活躍する機会がある。

 ジム。脚、ほっそいけど。

 ローキック一発で折れそうなぐらいに、ほっそいけど。

『忠宗。もう廃アパート突っ込んで終わりにしないか?』

『後続の部隊も視えて来てるブヒ。匂いは元から立つのが良いブヒ』

『それはええんじゃが。原因となった物から産まれる祟りは例外なく強力じゃぞ?そんな一気に負の感情を外に出さんでも小出しにさせて各個撃破の方が楽じゃと思うが?』

 息を整え、後詰めの幼馴染と共に再度廃村広場まで前線を押し上げる。

 剣戟と祟りを斬り裂く音が限界を迎えた停滞した土地に木霊する。

『ヒトガタがこの数出て来る方が僕としては問題だ。さっきも言った通り強力な祟りに対して有効な手段を持つ生徒は多い。けど雑魚を引き付け雑魚を散らす生徒が足りない方がキツいんだ。爆撃機とマルチロール機しかいない。戦闘機が僕一人じゃ数で押し込まれるぞ?』

『なんなら強力な祟りが現れた瞬間に俺がフルパワーで吹き飛ばしても良いブヒ』

『超高火力タイプの井伊がおれば確かに何とかなるような気もするんじゃが…。殿、第一次防衛ラインの戦力を広場の制圧に使うんじゃ。それでコッチに祟りが確認出来なくなった時は廃アパートにカチコミをかけようが廃アパートを倒壊させようが好きにすればええ。ただ地縛霊のように地に執着する念というのは刺激されるのを嫌うぞい?トンデモない祟りが発生した場合はワシの到着を待つんじゃからな?』

 今回祟りの発生に繋がったのは地縛霊の様に地に執着する念か。

 ならばこの廃村で昔何か事件があったのかも知れない。廃アパートをどうにかしてもその何かあったのかも知れない事を解決しなければまたこの地に負の感情が溜まる事は必至。戦闘が終わったら兄貴にこの事を報告してみよう。

 僕の隣で待機するブタ君は周囲に展開していた人形群を大切そうに鞄にしまい、神降ろしの力を最大出力で行った。その姿が小忌衣に変化し膨大な霊力が凝縮されていく。卑猥度合いがさっきまでのフィギュアよりも更にドギツい最早危険域とさえ呼べるエロエロな人形を手にし、ブタ君はフルパワーの状態で強力だと言われる祟りの発生に備えた。

 ドス黒いエロエロ願望の塊であるブタ君が、聖なる力で満たされていく。

『忠宗。俺はいつでもOKだブヒ。この廃村を地図上から消すぐらいは出来るブヒが?』

『阿呆。そんな事をすれば負の感情があちこちに散乱するじゃろ。お主は少し加減と言う概念を覚えるんじゃ』

『ブタ君は変態だけど宿したのは安倍清明だからな…』

 霊撃力だけなら大奥さえ上回る。

 変態だけど。

 少し広場を警戒してヒトガタの祟りの発生も落ち着いてきた。

 その時である。

 廃アパートの二階にカツンカツンと人が歩く足跡が聞こえたのだ。

 僕は廃アパートに視線を送り、ブタ君は既に走っていた。

「ブヒッ!オナゴだブヒ!井伊、行きまーす♪」

「あっ!ブタ君、隊列乱すなって!」

 廃アパートから出て来たのは真っ青な着物を身に付けた妙齢の女性。だけどこんな所に女性が居る筈も無く、間違いなくあの女性がヒトガタを生みだしていた忠宗が言う所の強力な祟りである事は間違いない。だけどブタ君は喜び勇んで行ってしまった。

『忠宗!ブタ君が女性型の祟りに吶喊しやがった!』

『女なら祟りでもええんかアヤツは…』

 生命感がまるで無い女性は見慣れている。忠宗の姉ちゃんである真田稲穂さんがそうだ。雪のように真っ白な肌と漆を流したような黒い髪はあの祟りと稲穂さんに共通する。稲穂さんの場合はスレンダーな美人でも中身がパワフルなので見た感じの生命感は無くても生命力に満ち溢れているのだが。

 廃アパートの階段を下りて来た祟りにブタ君は走り寄った。確かに顔は此処からじゃ見えないが小顔で細身で稲穂さんに近い美人であると言える。違うのは身に付ける着物に黒ずんだ染みがある事ぐらい。そしてその染みは恐らく元々血痕であったのであろう事が伺える。

 井伊君はその着物姿の女性型の祟りに近付いて、顔を覗き込んで_。


 思い切りビンタされるブタ君。


 まるでドラゴンボールのような有様でブタ君はキィィィィィンと効果音を出しながら空中を滑空。そしてドラゴンボールのような有様で手頃な岩に激突し大きな土煙を舞い上げた。

 一応、生存を確認する為にテレパスを開く。

『ブタ君。死んだ?』

『…死んだ』

『動ける?』

『…無理』

 ブタ君は今まで纏っていた小忌衣も光となって飛散。服装は本丸の学生服である真っ黒なスラックスと上半身は私服であるグレーのパーカーに変化した。イケメンメガネが頭から岩に突っ込んで動けなくなるのは面白かったが、あの祟りがどれだけ強力なのかを知ったので笑える状況じゃない。第一次防衛ラインの戦力である幼馴染も皆一様に武器を手にその祟りに飛び掛かるが全員が同じようにビンタをされて同じように吹っ飛んで来る。

 ビンタの祟り。

 女性のヒステリーが形にでもなったのだろうか。

『殿。レーダーで見ておると空を飛ぶかのような動きを何人もしておるのじゃが?』

『サイヤ人気分を手軽に味わえるビンタをしてくる祟りだ。触手だの複数顔があるだのの祟りみたいにグロ成分は少ないけど。能力的にも見た目的にもお前の姉ちゃんに近い』

『ワシの姉を祟り扱いするでない。まあ祟り並みに頑丈でパワフルなんじゃが。しかし相手が女性タイプでワシは安心しとる。殿には籠釣瓶があるしのう?』

『女切りの妖刀があのヒステリーにビンタしまくる姉ちゃんにどれだけ通用するかだけどな。蒼白い肌も真っ青な着物も静かな印象を与えるのに必要最小限の動きで確実に顎先を狙ってビンタしてくる猛々しさを持ってる。生前はきっと女子ボクサーだったんだろう』

『それじゃあの祟りは殿に任せちゃうぞい?ワシは最終防衛ラインを警戒しておかねばならんから動けんしな。廃村に入った連中は殿が好きなように指示を出して使ってくれてええ』

『あいよ、了解』

 指揮系統を忠宗から僕に移して貰う。この廃村周辺を索敵するレーダーには忠宗の指揮下を意味する緑色で表示される幾つかの光点が僕の指揮下を意味する青色の光点に変化した。頭から岩に突っ込んで身動きの取れない井伊君を放っておいて十名前後の幼馴染が僕のグルリを囲む。彼等が構えた盾や長剣はボロボロになっていたがそれでも頼もしい事この上ない。

「殿。作戦はあるのか?奴さん、母ちゃん並みの遠慮の無いビンタしてくるぞ?」

 グローブが精神感応兵器であるジョーが言う。

「殿。どうするっち?俺っちは美人に優しいがモットーなんだっちゃが?」

 盾を祟りに構え脇差をだらりと下げた構えでイケイケダが言う。

「殿。その服、タグが首にまだ付いてるべよ?プククク。奇抜なオサレだべな?」

 僕はそう言ったオックーの首根っこを掴み祟りに向かって放り投げた。

 でもビンタされてすぐさま帰還してくるオックー。ジョーは黙ったまま僕の上着のタグをブチリと引っこ抜き、自分のスラックスのポケットに入れてくれた。

「殿。奥平っちが早速戦闘不能になったっちゃが?」

「この服、昨日ユニクロで買って来たばっかりでね?」

「誤魔化すな。コッチまで恥ずかしくなって来る」

 こういうのは本人にコソッと教えるのが人情だろーよ。

 上着だけ私服が認められてる本丸は基本的にユニクロ製品が半分制服みたいなもんでな!

 さて。

 廃村広場にて祟りと対峙する僕等伝統工芸科。

 此処は遠野物語にも記述されている平家の亡霊が出る地区ではないのだが、其処から少しだけ離れているだけなのであの着物の女性も平家に関わりのある概念なのかもしれない。神降ろしをサーチモードにしても該当する情報は無いと伝えて来るし。そもそも廃村というのは其処で生活していた人間の記憶が凝り固まるような霊的スポットであるからこの村がまだ村として機能していた頃の女性なのかもしれない。生前はビンタで有名な女性だったのか。

「生きてたとしたら。俺等のバアちゃんぐらいっちゃかね?」

「あの服装は完全に庶民の私服であった頃の着物だ。俺等のバア様が江戸時代から生きている筈が無いだろう。それにお前のバア様は今朝、池田会計事務所の草取りをしていた筈だ」

「バーちゃん達が江戸時代から生きてたら普通に怖いよな…」

 健康で長寿なのは何よりだが。

 地域の日中独居老人宅の訪問もしなくてはならない。

 寂しいのだ、御年寄りは。

 だから僕等のような孫世代の人間との会話が一番喜ばれる。

 近所のジイちゃんとは将棋をしなくちゃならないし。

 近所のバアちゃんにはヨモギ餅を作って貰わにゃならんし。


 弱い者から順番に。

 弱い者こそ優先的に。


「サッサと片付ける。イケイケダもジョーも他の皆と協力してこの広場を封鎖するようにしてくれ。あの祟りに逃げられるのが一番怖い。僕等のバアちゃんが作ったヨモギ餅だの小豆カボチャだの早く食べたいしな。妖怪モードを使う。全員僕から離れてこの広場を封鎖。復唱要求」

「了解。城は広場を封鎖、德川から避難する」

「了解。池田は広場を封鎖。徳川から避難するっちゃ」

 周囲に居た仲間が廃村の出入り口を固め僕から離れた。

 そうだ。

 独りが良いんだ。

 この技を使う時は独りじゃなきゃ使えない。

 妖怪モードになるって事は自殺で頭がパーになってた頃に戻るって事だ。

 思い出す。

 強いられた理不尽を。

 思い出す。

 虐げられただけの悲しい時間を。


 そして僕は籠釣瓶を自分の腹部に突き刺した。




「全く!お主は妖怪モードを使ってはならんと理事長からあれだけ言われてるのに自分一人で簡単に決めて使いおって!ワシを呼べば良かったじゃろ!見てみい!廃村が今もまだ火柱に包まれておるんじゃぞ!あんな空高く立ち昇る火柱がずっと現世に停滞したら積乱雲が発生して大変な豪雨が降ると考えられんお主では無いじゃろ!腹の傷も深いしワシはお主をどれだけ心配したと思って_。」

 忠宗の説教なんぞ何処吹く風。

 僕はチューチューと紙パックの御神酒を飲む。

 未だ火柱に包まれる廃村のその火柱の中心にはあの祟りが居た筈だ。

 今はもう影すら残らないぐらいに焼却処分をしたあの祟りは間違いなく強力だった。

 あの炎に五秒も耐えたのだから。

 腹部の傷は御神酒を飲んだ事で自然と塞がる。それでも痛みだけは残る。

 自殺という痛みは、いつまでも残る。

「霊力切れで妖怪モードが解けたから良かったものの。一発逆転の賭けはもう勘弁じゃぞ…?」

「サッサと祓って地域の御年寄りに会いたくなったんだ。そしたら自然とこうするべきなんだろうなって思ってな。幾ら籠釣瓶でも時間が掛かりそうだったし」

 祟りを祓った事でお巡りさんが現場の保全と現場の周辺の警戒をしてくれている。幼馴染は既に本丸校舎に戻り授業を受けているが僕と忠宗は報告義務があるのでこうして現場に残っていた。お巡りさんが近くに居る時に御神酒による霊力補給をするのは本当に精神衛生上良くない。

「太郎焼亡ならばまだええ。あれは妖怪モードの一部を借りて来る技じゃ。じゃが妖怪モードに強制的に切り替わる次郎焼亡だけはダメじゃ。無理やりソフトを起ち上げれば殿の身体に不具合が出てもおかしくは無いんじゃからな?」

「太郎焼亡で倒せる相手なら太郎焼亡使ってたよ」

 まだまだ廃村は炎に包まれたまま。

 太古の昔、京の都を焼いた呪いの大火に包まれたまま。

「ワシが警察には報告しておくから殿は休んでおれ。まだまだ説教したい事は山ほどある。もう今日一日は説教の日じゃ。ワシの舌がモゲるほどに説教じゃ」

 それでもきっと僕は何処吹く風。

 毎日みたいに説教されてるので既にその説教に有難みは無い。

 チューチューと御神酒パックを飲む。

 こうして旧市街防衛戦は幕を下ろしたが。

 一つ問題が浮上した。

 僕の妖怪モードの炎が、待てど暮らせど全く消えないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る